兵器ブローカー
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──兵器ブローカー
フェリクスは自分が完全に権限から外れた捜査を行っていることを知っていた。
知ったうえで捜査を続けていた。
「兵器ブローカーの名前はグリゴリー・エメリヤーノヴィチ・ザハロフ。亡命ルールクシア人だ。ここ最近、“連邦”と多額の取引をしていることを我々も確認している。だが、本当にそれにドラッグマネーが関わっているんだろうな?」
フェリクスの前にはエルニア国の国家憲兵隊少佐が座っていた。
「間違いない。“連邦”のドラッグカルテルは不自然に強力な武器で武装している。ドラッグカルテルと直接取引してないにしろ。武器そのものはドラッグカルテルに流れている。犯罪者との取引はそちらの国の法律でも禁止されているだろう?」
「ああ。その通りだ。だが、証拠はあるのか?」
「兵器の刻印番号がある。刻印番号から最終使用者証明などを当たったところ、グリゴリーの名前が出てきた。間違いなくドラッグカルテルは奴の渡した武器で武装している」
「待て。本来の最終使用者証明は誰になっていたんだ?」
「メーリア陸軍。だが、メーリア陸軍は購入した記録がないと言っている」
「それが全て事実なら挙げられるな」
それが全て事実ならば、と国家憲兵隊少佐は繰り返す。
「事実だ。確認してもらってもいい」
「分かった。負けたよ、フェリクス・ファウスト捜査官。グリコリーを挙げよう。奴はまた新しい取引を抱えている。うちの国から軍用装甲車を購入していく手はずになっている。それを押さえることになる」
国家憲兵隊少佐は続ける。
「検挙までの捜査は我々が全て行う。あなたが手を出せるのは、逮捕してからの3時間の取り調べだけだ。それ以上の関与はそっちがエリーヒルから正式な協力要請を取り付けてからになる。いいな?」
「分かった。感謝する、少佐」
「上手くいくといいんだが」
国家憲兵隊少佐はそう愚痴った。
「シャルロッテ。まだオフレコだが、グリゴリーの検挙が決まった。奴がドラッグマネーに関わっていれば、そこから政権まで辿れるかもしれない」
「事件が大きく動きますね」
「ああ。とても大きく動く」
フェリクスは確信に近いものを感じていた。
この捜査でグリコリーが誰の名前を吐くか。アロイスか? それとも“国民連合”政府の人間か? いずれにせよ、“連邦”で非合法な武器取引をしている人間は判明した。誰に売っているにしてもそれは“連邦”のためになっていない。
何としてもグリコリーを挙げなくては。
とはいえ、国家憲兵隊少佐が警告したようにグリゴリーの検挙そのものを行うのは、エルニア国当局だ。
彼らがグリゴリーを検挙し、奴の取引について調べる。
その捜査は直ちに始まった。
まずはグリゴリーを逮捕するために奴の船を監視する。“アトランティック・ゴースト号”が奴の利用している貨物船だった。この船で何度も“連邦”やサウス・エデ連邦共和国、そしてエルニア国を行き来しているのだ。
エルニア国国家憲兵隊は船の周囲に展開し、特殊作戦部隊が待機し、襲撃の合図を待つ。グリコリーが姿を見せて、司法取引に応じた中古兵器市場の社員と接触したら襲撃が開始されることになっている。
『グリゴリーを視認』
監視を行っている捜査官から連絡が入る。
「社員との接触を待て」
『了解』
妖精通信でやり取りが行われ、監視が続けられる。
『社員と接触。書類を渡しました。合図です』
「全部隊、突入っ!」
エルニア国国家憲兵隊の特殊作戦部隊が一斉に突入する。
「動くな! 国家憲兵隊だ! 両手を頭の上に置いて跪け!」
「分かった! 分かった! 撃たないでくれ!」
魔導式自動小銃を装備した国家憲兵隊の兵士たちに銃口を向けられて、グリゴリーが跪く。グリゴリーは40代ほどのスノーエルフの男で、少し肥満体な体をしている。
国家憲兵隊の兵士はグリゴリーを取り押さえ、武器の所持を調べる。武器は所持していなかった。それからアトランティック・ゴースト号の船内にいるグリゴリーの部下が拘束され、船外に連行されて行く。
襲撃は大成功だった。
グリゴリーはメーリア陸軍に売却するとして装甲車を中古市場から購入したものの、メーリア陸軍は購入の予定はないと断言してきたのだ。つまり、グリゴリーはこの時点で罪を犯していることになる。
「当たりだったな」
「だが、まだドラッグマネーとのかかわりが分からない」
捜査を指揮した国家憲兵隊少佐が満足げに言うのに、フェリクスは首を横に振った。
「それはこちらでも調べるが、約束だ。3時間の聴取をしていい。“国民連合”政府から要請が来たら、それ以上の協力もしよう」
「取り調べの立ち会いには?」
「必要か?」
「一応」
完全に管轄外であるフェリクスよりも、エルニア国の国家憲兵隊が立ち会った方が、グリゴリーの口も滑りやすくなることだろう。
「では、3時間だ。始めよう」
国家憲兵隊少佐はそう言って、グリゴリーを取調室に連れてくるように命じた。
「グリゴリー。あの武器は本当は誰に売るつもりだった?」
テーブルの金具に手錠を繋がれたグリゴリーの向かいに、フェリクスと国家憲兵隊少佐が座る。フェリクスは3時間で成果を出さなければならない。
「メーリア防衛軍だ。反共民兵だよ。あんたらの仲間だろう? 同じ自由世界の住民だ。俺は独裁者や共産主義者には武器は売ってない」
「メーリア防衛軍の購入する武器の資金を出したのは誰だ?」
「それは、そのメーリア防衛軍だ」
「メーリア防衛軍が金を出したのか? 連中はドラッグマネーを扱っている。それならば罪はより重くなるが、構わないんだな?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。メーリア防衛軍がドラッグマネーを扱っている? 畜生、聞いてないぞ……」
グリゴリーは頭を抱える。
「どのような金で武器が購入されたのか自分から明らかにすれば、多少なりと罪は軽くなるかもしれないぞ。ドラッグマネーか? それとも政府の金か?」
「言ったら殺される」
「言わなくても、お前はお終いだ。話せばエルニア国の保護が受けられるだろう」
殺されるということはドラッグカルテルか、あるいは“国民連合”政府か。
死なせはするものか。ようやく掴んだ証人だ。
「さあ、話すんだ。誰がメーリア防衛軍に武器を買ってやっていた?」
「あんたには話さない。あんたはそのイントネーションからして“国民連合”の人間だ。これが“国民連合”との合同捜査なら、もっと大勢の捜査官やら、特殊作戦部隊やらが投じられていたはずだ。だが、俺が見たのはエルニアの捜査官だけだ」
「今後の推移によっては分からないぞ。後で後悔するような羽目になるかもしれない」
「さてな。いずれにせよ、俺の取引相手のことを知りたがっていることは分かった。エルニア国から証人保護と司法取引が受けられると決まってから喋る。その時はあんたもエルニアに来て、話を聞くといい」
畜生。がっつきすぎたか。もっと他のことから尋ねるべきだった。
それからフェリクスは3時間粘ったが駄目だった。
「あの野郎についてはこちらでも調べておく。そちらも公式な協力を取り付けろ」
「分かりました」
フェリクスは仕方なく、“国民連合”に帰国する。
飛行機の中でことの推移をフェリクスはシャルロッテに語ったオフレコで。
だが、その話も無駄になる。
フェリクスが“国民連合”に帰国したとき、護送中だったグリゴリーが車両ごと爆殺されたというニュースが飛び込んできたのだ。
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