報道の自由
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──報道の自由
フェリクスはそれから数日、エリーヒルに滞在した。
新聞が、エリーヒル・タイムスが報道した衝撃の知らせにエリーヒルが震撼するのを感じていた。フェリクスが投げ込んだ爆弾は炸裂したのだ。
エリーヒル・タイムスはこう報じた。
『世界最大のドラッグカルテルのボスの正体がついに判明』
『“国民連合”政府はどうして彼を捕えないのか?』
記事は明確にヴォルフ・カルテルと“国民連合”政府との癒着がある可能性を記さなかったが、過去に疑惑になった戦略諜報省のドラッグ絡みの作戦を同時に掲載し、暗に今回もそういうことではないのかということを読者に示した。
エリーヒルは火消しに躍起になっている。
大統領官邸の報道官は『悪意に満ちた根拠のない報道。現段階でアロイス・フォン・ネテスハイム氏をヴォルフ・カルテルの首魁だと見做す証拠はないし、“国民連合”は今現在もドラッグ取り締まりに力を入れている』と宣言した。
彼らはさらなるドラッグ犯罪の厳罰化と今“連邦”で起きているキュステ・カルテル内戦の迅速な終結への支援を掲げ、ドラッグマネーとは関わっていないことを示した。
そして、大物が動いていた。
戦略諜報省長官オーガスト・アントネスクだ。
「我々が過去にドラッグを扱った作戦を行ったというのは全くの事実無根な話である。我々を不当に貶めるような報道には法的措置も含めて検討していく。確かにこの国では報道の自由が認められているが、それは無責任にデマを垂れ流すことではない」
このオーガストの宣言から1週間としないうちに、全てのマスコミがこの件を報道することを止めた。
フェリクスは知る由もなかったが、オーガストは戦略諜報省長官という地位を利用して、左派活動家やジャーナリスト、政治家のスキャンダルを収集していたのである。彼のブラックメールリストは数千名に及び、この件から手を引けと各マスコミの上層部は脅されて、報道を止めざるを得なかった。
そして、戦略諜報省が国内で活動していないというのは虚偽だった。
彼らは国内に非合法な特殊作戦部隊を擁しており、それが最初の切っ掛けとなったエリーヒル・タイムスの記事を書いたウェンディを拉致し、尋問した。
誰からアロイス・フォン・ネテスハイムの情報を受け取ったのか。どうして今の政権とドラッグマネーを結びつけたのかを彼らはウェンディを尋問して問い詰め、ウェンディはフェリクスの名前を出した。
それから記事になったのはウェンディだった。
自分が虚偽の報道をしたことを後悔しているとした遺書を残して、彼女は飛び降り自殺した。いや、そうしたように見せかけて殺害された。彼女の死もあまり報道されることはなく、事実は闇に葬られた。
「危険なネタだったんですね」
「ああ。警告はした。だが、無責任であったことは認める」
エリーヒルの公園のベンチでシャルロッテとフェリクスが会っていた。
「報道すると決めたのはきっとウェンディさんでしょうから。それで、捜査に見込みはありそうですか?」
「ウェンディ女史より彼女が死ぬ前にドラッグマネーと政権を結びつけるための方法について教えてもらっている。それを試すつもりだ」
シャルロッテが尋ねると、フェリクスはそう言った。
「どんな方法です?」
「兵器ブローカーを当たる方法だ。兵器ブローカーはドラッグマネーと関わっていると思われる。資金洗浄が行われていたとしても、国民連合が金を出し、ドラッグカルテルが兵器ブローカーから武器を買って反共勢力に供与していたら、それが証拠として残る」
そう、ウェンディの本命はそれであった。
彼女はまずは観測気球を上げてみて、大統領官邸の反応を見ようとした。それで反応があれば、いよいよ兵器ブローカーを調査して、反共主義とドラッグカルテルを結びつける証拠を掴むつもりであった。
だが、その前に彼女は殺されてしまった。
今やその役目を果たすのはフェリクスの義務だ。フェリクスが証拠を掴み、政権と反共勢力とドラッグカルテルという組み合わせを明らかにしなければならない。
「それ、私が手伝いますよ」
「君が? 何を言うんだ。危険すぎる」
「でも、あなたは麻薬取締局の捜査官で兵器ブローカーは捜査の範囲外でしょう?」
「ドラッグマネーとのかかわりを見つけられれば捜査の権限は与えられる」
「どうやってそれを掴むつもりなんです?」
「……単独で捜査することになるな」
「それもまた危険。そうでしょう?」
シャルロッテはフェリクスにそう言う。
「そうだ。危険だ。だが、君までその危険にさらされる必要はない」
「いいえ。あります。ウェンディさんを紹介したのは私です。フェリクスさんが責任を感じているように私も責任を感じているんです」
「だが、相手は兵器ブローカーだぞ?」
「それが何だっていうんですか。私はドラッグカルテル相手に報道を行ってきました」
確かにドラッグカルテルより兵器ブローカーの方が安全ではある。連中は拷問をしたり、死体を見せしめにすることはない。粛々とビジネスを進めていくだけである。
「しかし、まるで見当がついていない状態だ。この状態でやれることは限られる」
「そこは記者のコネに任せてください。国際問題担当の記者から、ここ最近動きが活発な兵器ブローカーについて聞いて来ますから。見当がついたら、お知らせします。その時は一緒に調査に当たってください」
「分かった。君に任せよう」
フェリクスはシャルロッテを信じて、兵器ブローカーの件を託した。
エリーヒルに投げ込まれた爆弾は既に処理された。大統領官邸の関与は完全に否定され、戦略諜報省の関与もまた否定された。
大統領官邸はキュステ・カルテルの引き起こした内戦を鎮めるべく、“連邦”への軍事支援を約束し、メリダ・イニシアティブという軍事支援が行われた。“国民連合”からヘリや偵察機、銃火器が“連邦”政府に渡される。
その件だけは大々的に報道され、“国民連合”のドラッグ戦争の大きな方向転換と称された。だが、フェリクスは思う。何が方向転換だと。相変わらずヴォルフ・カルテルは野放しじゃないか。メリダ・イニシアティブで供与された武器もどこに流れるか分かったものではない。
フェリクスはエッカルトと定期的に連絡を取りながら、シャルロッテからの知らせを待つ。エッカルトの方はキュステ・カルテルの内戦に対処していた。話を聞いているだけでも人の焼ける臭いがしてくるような状況が“連邦”東部では繰り広げられていた。
フェリクスがシャルロッテからの知らせを待つこと、7日。
『フェリクスさん。心当たりのある兵器ブローカーが分かりました。エルニア国の兵器ブローカーです。ここ最近、頻繁に“連邦”の顧客と取引していたそうです。エルニア国、行けますか?』
「試してみる」
フェリクスは海兵隊時代の伝手を伝って、エルニア国の捜査機関に協力を要請する。エルニア国側からは渋々という返事が返ってきた。
そして、フェリクスとシャルロッテはエルニア国に向かう。
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