伝手を辿って
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──伝手を辿って
フェリクスが頼りにしたのは他でもないシャルロッテだった。
「どうしたんですか? 用事だと聞きましたけれど……」
シャルロッテは今は出版社のエリーヒル支社に勤めていた。
彼女の経歴を見れば、“連邦”関係の記事がよく書けるのは分かる。シェルロッテの勤める出版社はそこまで大きなものではないが、“国民連合”と“連邦”のニュースや話題を扱っている会社だった。
「エリーヒルの政治に詳しい人間を紹介してほしい。つまりは“国民連合”中央の政治について詳しい人間だ。戦略諜報省や国務省、国防総省、それから大統領官邸について詳しい人間を紹介してほしい」
「何か掴んだんですか?」
「掴むかもしれないというところだ」
「ニュースにしていいなら、うちの会社にも紹介してくださいね」
「すまない。今のところは何の証拠も根拠もないことなんだ」
シャルロッテが笑みを浮かべて言うのに、フェリクスは苦々しい表情でそう返した。
「分かりました。とりあえず、一番詳しいのは他社の記者になります。紹介状を書いて、連絡を入れておきますので訪問してみてください」
「ありがとう。感謝する、シャルロッテ」
「ここでこうして働けているのもフェリクスさんのおかげですから」
シャルロッテはそう言うと、フェリクスのために紹介状を作成し、他社の記者に『少し知恵を借りたい人がいる』と電話した。
フェリクスは紹介状を受け取ると、シャルロッテに改めて礼を言ってから、タクシーで別の出版社へと向かった。
“エリーヒル・タイムス”。ここがシャルロッテの紹介してくれた会社だった。
「ミズ・ウェンディ・ウッドワードに会いに来たんだが。アポがある。今日の14時だ」
「お待ちを。確認します」
フェリクスは時計を確認する。時間には間に合っている。
「お会いになるそうです。どうぞ、オフィスへ」
「場所を聞いてもいいかな?」
「3階の──」
フェリクスは案内を受けると、ウェンディのオフィスに向かった。
「ようこそ。あなたが噂の不死身の男ね」
フェリクスを出迎えたのは、40代後半ほどのスノーエルフだった。
「その話が出たのは過去に一度だけですよ。それもとても不名誉なことで」
「そう? 大勢の記者があなたに話を聞きたがったのに、麻薬取締局が圧力をかけて取材をさせてくれなかったのよね」
「あいにくですが、今回は取材を受けに来たわけではありません」
釘を刺しておかないと良くも悪くもマスコミは知りたがりだ。
「では、何を?」
「エリーヒルの現状についてお聞きしたい。それからオフレコで相談があります」
「いいわ。聞きましょう」
ウェンディが眼鏡をクイと持ち上げてそう言った。
「まず、エリーヒル──特に大統領官邸は政治的目的のためならば何だろうとするのか、です。例えば、非合法な資金を扱ったりすることを」
「今のエリーヒルは反共保守政権が完全に支配しているわ。彼らの政治的目的というのは反共主義に他ならない。左派活動家への締め付けや、レッドパージ。どんな批判を食らっても素知らぬ顔。彼らの支持基盤は盤石で、ちょっとやそっとのことじゃ揺れない」
ウェンディが続ける。
「そんな彼らでも議会で無茶苦茶をやることはできていない。西南大陸の軍事政権や反共民兵組織を支援するような予算は拒否されている。汚い金を使ってでもそれらを支援するか? するでしょうね。それぐらい今のエリーヒルはイカれてるわ」
そこまで述べてウェンディは肩をすくめた。
「戦略諜報省のドラゴン。オーガスト・アントネスク長官は特に政権の支持者よ。あなたのいう汚い金がどういうものなのかはまだ聞かない。けど、彼らは以前の戦争でも非合法な作戦のために、非合法な資金を捻出した疑惑が持たれている。もっとも、上院も下院も彼の作戦とその責任を追求できなかったけれど」
4人の大統領と2つの政権に仕えてきた老ドラゴン。オーガスト・アントネスク。
戦略諜報省が行ってきた冷戦初期からの秘密作戦に関わり、今も反共主義運動を支援していると思われる人物だ。
戦略諜報省が“国民連合”国内のことに関わることは法律で禁止されているため、冷戦初期に吹き荒れたアカ狩りには関わっていないとされている。だが、裏では密かに“社会主義連合国”のスパイと目される人物の名簿をアカ狩りを主導したオーウェル特別調査員会に渡していたと言われている。
そんな人物だからこそ、何をしていてもおかしくないのだ。
「反共主義を支援するには膨大な資金が必要になる。汚い金だったとしても、それが使えるなら喜んで使うでしょう。反共主義こそが、今の政権の行動原理。それ以外のものはおまけみたいなものよ」
呆れたようにウェンディが言う。
「そして、国務省から国防総省まで全ての省庁の主要なポストは反共主義者によって占められている。少しでも左派思想が見られると左遷。麻薬取締局もそうなんでしょう? ハワード・ハードキャッスルという局長は反共主義者じゃないの?」
「彼は政権に忠誠を誓っていますが、イデオロギーの上ではどうでしょう。反共民兵組織がドラッグを扱っていた件も一応捜査してくれています」
「反共民兵組織がドラッグを?」
「オフレコでお願いします」
メーリア防衛軍のドラッグビジネス関与疑惑は加工されたスノーホワイトが“国民連合”国内で発見されたことによって、明確になっている。
だが、報道されてはいない。確かにハワードはイデオロギーをそこまで重視する人間ではないが、今の政権の下で出世するためならば政権にとって不都合なことの隠蔽ぐらいはする。
「時間を割いたんだから、何か記事にできることは渡してくれるのよね?」
「ええ。とっておきの情報があります。しかし、取り扱いには気を付けて。あなたの話が事実だとすれば、私の話す内容は“国民連合”政府を敵に回し、何らかの制裁を受ける可能性があります」
「危険があるということね?」
「ええ。とても危険です」
フェリクスはそう警告する。
「任せて。危険なことなら今まで何度も記事にしてきたわ。それに私もシャルロッテには負けられないもの。私は彼女を尊敬している。あの“連邦”で報道の自由を行使し続けた彼女と彼女の姉はまさにジャーナリストの鑑よ」
フェリクスにはそれにはなんとも言えなかった。
確かにシャルロッテの姉は報道の自由に殉じた。だが、そのことでシャルロッテは肉親を失ったのだ。それが彼女の心の傷になっていないと誰が言える?
「では、改めて確認しますが、今のエリーヒルは非合法な金だろうと反共主義的活動資金にしてしまうのですね?」
「ええ。間違いなく」
「私はそれを知ったうえで話します。ですが、必ずしも今のエリーヒルの状況と結びつけるものではありません。そのことを念頭においてください」
いいや。俺はふたつを結び付けようとしているんだ。
憶測であり、証拠はない。だが、ふたつはかなり近い位置にあると断言できる。
「まずお話するのは“連邦”最大のドラッグカルテルはヴォルフ・カルテルというカルテルであるということ。そして、そのボスはアロイス・フォン・ネテスハイム。その男を捜査しようとしたところ、本国から圧力に近いものを受けました」
「まさか……」
「私が述べる事実はこれだけです。アロイス・フォン・ネテスハイムの写真を置いていきます。あなたが本当に危険を犯す価値があると判断したならば、報道してください」
フェリクスはそう言って封筒を置いた。
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