悪夢再び
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──悪夢再び
東部の平和はまたしても破られた。
ワイス・カルテル、キュステ・カルテル暫定軍、新世代キュステ・カルテルの三つ巴の戦争が始まり、この3つの勢力は互いにダメージを与え合う。そのダメージの中には相手の縄張りの民間人の殺傷も含まれていた。
ようやく『ジョーカー』とキュステ・カルテルの戦争から復興し始めていた東部はまたしても打撃を受ける。
商店に投げ込まれる火炎瓶。殺される警官。通行人に向けての無差別発砲。
陸軍が再び東部と西部を分ける州境沿いに配置され、人の移動を管理する。
今回の戦争では病院も攻撃対象だった。
ヴォルフ・カルテルの支援で建てられた病院に対して、ワイス・カルテルとキュステ・カルテル暫定軍が攻撃を仕掛ける。医師が殺され、看護師が殺され、患者が殺される。病院のあちこちに銃痕が刻まれ、さらには火炎瓶によって燃やされる。
やっと回復してきたはずの治安はどん底にまで落ち、無差別殺人が相次ぐ。
敵の売人は殺され、その周囲にいた人間も巻き添えを食らう。さらに敵の縄張りの女性は暴行を受け、街路樹に吊るされる。
東部はまた『ジョーカー』との戦争時代に逆戻りしてしまった。いや、ある意味ではもっとひどい状態になってしまった。『ジョーカー』との戦いでは『ジョーカー』かキュステ・カルテルのいずれかについていればよかったが、今回の勢力は3つなのだ。
ワイス・カルテルにつけばキュステ・カルテル暫定軍と新世代キュステ・カルテルを敵に回すし、キュステ・カルテル暫定軍につけばワイス・カルテルと新世代キュステ・カルテルを敵に回すし、新世代キュステ・カルテルにつけばワイス・カルテルとキュステ・カルテル暫定軍を敵に回す。
そして、どのカルテルも残虐性は同じくらいであった。
生きたまま人間を解体することは日常茶飯事だし、生きたまま焼き殺すことはほぼ当り前。酸を使うこともあるし、『ジョーカー』との戦争の間に流行った電動ドリルを使用することもあった。
ドラッグカルテルのならず者たちはなるべく相手を苦しめると同時に、敵が自分たちの味方の死体を見たとき、恐怖するような殺し方を好む。バラバラにするのも、焼くのも、何をするにしても、恐怖こそが武器であった。
一般市民たちは怯えて過ごすしかない。いつ自分たちが狙われるか分かったものではないのだ。ドラッグカルテルは恐怖を示すためだけに、相手の縄張りにいる一般市民をも虐殺するのである。
「酷い状況だ」
フェリクスは死体の吊るされた歩道橋を見てそう呟く。
「『ジョーカー』とキュステ・カルテルの抗争も酷かったが、今回はより深刻になってるな。カルテルはお互いの主力部隊の衝突を避け、一般市民と売人、汚職警官の虐殺に躍起になっている。反撃されないだけ、やりやすいんだろう」
「最悪の戦法だ。連中にとっては民間人を殺すことは良心の呵責を覚えない行為なのか。それもこんな悲惨なやり方で」
焼けただれた死体が路肩に転がっている。死体の傍にはスプレーで『忠誠を誓う相手を間違えるな』と書かれている。
ドラッグカルテルは恐怖を示すことで、戦争を進めている。恐怖があれば民衆は従う。汚職警官も忠誠を誓う相手を間違えない。恐怖。恐怖、恐怖、クソッタレの恐怖。
恐怖に反発できるのは少しでも勝ち目がある場合だ。今のところ、キュステ・カルテルから3つに分裂したカルテルはどれも絶大な武力を持っていた。民衆も、汚職警官も逆らえる相手ではない。
フェリクスたちの乗ったSUVの隣をテクニカルが走り去っていった。
「今の連中、見たか? あれは『オセロメー』だぞ」
「畜生。『ジョーカー』といい『オセロメー』といい、亡霊が墓場から蘇ってきている。この抗争はさらに激化するぞ」
既に『ジョーカー』の残党がワイス・カルテルと手を組んだという情報は掴んでいた。『ジョーカー』の軍警察で訓練を受けた連中が、今度はワイス・カルテルに訓練を施している。テクニカルを使った機動戦をワイス・カルテルは繰り広げ、相手の縄張りに電撃的に侵攻しては幹部を殺したり、一般市民に向けて銃を乱射したりする。
キュステ・カルテル暫定軍は豊富な武器と資金源を武器に、ふたつの分裂したカルテルと戦っている。装甲車に捕虜を有刺鉄線で拘束して盾にして対戦車ロケット弾を無力化し、ワイス・カルテルや新世代キュステ・カルテルの縄張りに手を広げつつあった。
これに対し新世代キュステ・カルテルは粘り強く抵抗している。
即席爆発装置による装甲車の撃破。ヴォルフ・カルテルから供給された各種歩兵装備による反撃。火炎瓶などの即席武器による応戦。ワイス・カルテルと同じくテクニカルを主軸とした機動戦。
新世代キュステ・カルテルには『オセロメー』もついている。『オセロメー』は恐れを知らない戦士たちであり、敵地に殴り込み、破壊の限りを尽くして、敵に打撃を与える。婦女暴行は彼らのお好みの破壊活動で、少数民族として弾圧されてきた鬱憤を晴らすように一般市民に対して無差別な攻撃を行っている。
ヴォルフ・カルテルは今のところ、武器供与に留まっているかのように見えていた。少なくとも初動の対応で高度に訓練された部隊──すなわち『ツェット』の活動が確認されたが、それ以降は表立って行動していない。
「ヴォルフ・カルテルの捜査は今は置いておいた方がいいんじゃないか?」
「いいや。ダメだ。今回のキュステ・カルテルの分裂でキュステ・カルテルがもっとも巨大なドラッグカルテルだという本局の分析官の情報は否定された。この状況でもっとも巨大なドラッグカルテルはヴォルフ・カルテルだ」
「だが、戦争をしているのはキュステ・カルテルだ」
「その戦争を支えているのは? 新世代キュステ・カルテルの背後にはヴォルフ・カルテルがいる。『ジョーカー』の亡霊やシュヴァルツ・カルテルの残党と手を組んだワイス・カルテルやキュステ・カルテル暫定軍はそう遠くないうちに破綻するだろう。だが、ヴォルフ・カルテルと組んだ新世代キュステ・カルテルはそうはならない」
フェリクスがそう語る。
「俺たちは全員を叩きのめさないといけない。確かに戦争をしているのはキュステ・カルテルから分裂したカルテルだ。それでも俺たちがまず叩くべきはヴォルフ・カルテルだ。それは間違いない」
「本局からの指示は変わってない」
「知ってる。俺たちだけでどうにかするしかない」
フェリクスはため息をついてそう言った。
「フェリクス。自棄になってないか? あんたがヴォルフ・カルテルを脅威だと思っているのは分かるが、今相手にしなければいけないのは、ヴォルフ・カルテルじゃないだろう? 少なくとも連中は一般市民に銃を乱射したり、病院に火炎瓶を投げ込んだりしていない。今、危険なのはキュステ・カルテルから分裂した3つのカルテルだ」
「それは、そうだが……」
またしてもヴォルフ・カルテルは追求を逃れようとしている。
それに今のフェリクスたちにはヴォルフ・カルテルを追求する手段がない。本局の支援は得られず、ボスの名前と顔は分かっても、相手がどこにいるのかは分からない。
完全に行き詰っているのが現状だ。
「俺は一度本国に戻る。暫くの間、あんたはオメガ作戦基地でヴァルター提督と情報を集めていてくれ」
「何をするつもりだ?」
「専門家の意見を聞く」
フェリクスはそう言って空港に向かった。
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