アンハッピーウェディング
本日1回目の更新です。
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──アンハッピーウェディング
エーディットに対してアレクサンドラのいい点は、とアロイス。
見捨てても全く心が痛まない点だろうと彼は結論していた。
子供のころから父であるヨハンに甘やかされて育てられたアレクサンドラはブランドものの衣類やバッグ、時計を常に身に着け、贅沢三昧をしているのが窺えた。大学の成績は散々なもので、彼女が退学処分になってないのはひとえにヨハンが大学に金を渡しているからに他ならない。
頭空っぽの浪費癖のある娘。見た目は確かによかったし、外面はよかったが、ふたを開けてみればそんなものであった。
これならばある意味では理想的だ。
全く愛着がわかない。無理に距離を置こうと努力しないでもいい。自然と距離は離れる。問題は不貞を働かないかぐらいのものである。この手の娘は怖いもの知らずだ。ドラッグカルテルのボスを裏切ればどういうことになるのか理解していない。
まあ、そのときはそのとき。
アロイスは自分の遺伝子の繁栄を必ずしも望んではいなかったし、そもそも自分の子供にドラッグカルテルのボスという最悪の地位をプレゼントすることに罪悪感を覚えていた。自分がハインリヒと同類になったような気がして。
「いよいよ結婚式だ」
「ボスもこれでようやく結婚ですね」
「ああ。“ようやく”、な」
迂闊なことを言った幹部が黙り込む。
エーディットとノルベルトの殺害は多くの不利益を生んだ。武器弾薬の損耗。“大共和国”からの悪感情。その他もろもろ。何よりヴォルフ・カルテルの顔に泥が塗られたのが大きい。
そんな紆余曲折を経て、ようやくアロイスは結婚するのだ。
「今回は警備は厳重に固めた。今度こそ結婚できるだろうさ」
そもそも前回の襲撃は身内の仕業だ。そこまで警戒するべきことでもない。とはいえ、用心のために『ツェット』の1個分隊が配置されているが。
「しかし、あの娘では心配ですね。ボスの素性をうっかり喋りそうではないですか」
ひとりの幹部がそう懸念を漏らした。
確かにあの頭空っぽ娘がアロイスの素性を話す可能性は否定できない。
アロイスの名前はドラッグビジネスの界隈ではもはや神の名と同義だ。
そして、神は人間たちにこう言ったではないか。むやみに神の名前を唱えるなと。
名前がバレれば、顔がバレる。瞬く間にアロイスはお尋ね者だ。
「あの娘には教育が必要だな」
欲しいものは買い与えておき、その代わり大人しくさせておく。それが重要だ。
人前で不用意にアロイスの名前や立場を口にするようならば、どういう目に遭うかもしっかりと教育しておいてやらなければならない。これからはアロイスが夫となるのだ。父親に甘やかされるのはもう終わりだ。
ドラッグカルテルのボスというものがどれだけ恐ろしい代物なのかを、ここ最近しけた横領をやっている売人を締め上げて、拷問し、処刑し、それを見せつけることによって、しっかりとあの馬鹿娘に教えておかなければならない。
きっと騒々しいことになるだろうと思い、アロイスは今からうんざりしてきた。
しかし、カルテルの団結のため、そして帝国の後継者を得るためには、アロイスが結婚することが必要とされるのである。
「そろそろ時間だ。行くか」
「了解、ボス」
アロイスは新郎として式場に向かう。
式場では贅を凝らした料理が振る舞われていた。“連邦”のめでたい日に食する食べ物や、エルニアの高級料理。それが金を惜しまず、ふんだんに提供されているのである。招待客たちはこれでアロイスの財力を知るだろう。
目立つ人間には目立てというのはハインリヒの教えだ。今回はキュステ・カルテルや新生シュヴァルツ・カルテルの幹部も招かれている。連中に財力を見せつけるのが、アロイスの目的であった。
目立つべき人間に対しては目立っている。これで問題はない。
アロイスは式場で招待客たちに挨拶しながら、アレクサンドラを迎えに行く。
この日、アレクサンドラの家から正式にアレクサンドラを家族として迎え入れる。ヨハンが立ち会い、ふたりで式場に向かうのだ。
アロイスがアレクサンドラの宿泊している別荘の扉に来る。そして、ノックする。
別荘の扉からアレクサンドラが飛び出してきた。
「この日を待っていましたわ、アロイス様!」
「ああ。俺もだ」
俺はちっとも待ってはいなかったがなとアロイスは思う。
「それでは娘をよろしく頼みます」
「ああ。しっかりと責任を取ろう」
お前の娘が馬鹿なことしないようにな。
「では、行こう、アレクサンドラ」
「はい!」
アロイスはアレクサンドラを連れて、式場に向かう。
それからは別段変化のない結婚式だ。
派手なセレモニー。誓いの言葉。指輪の交換。また派手なセレモニー。
アロイスとアレクサンドラは祝われる立場として、椅子に座って招待客たちから祝福の言葉を受ける。誰もが恭しく頭を下げて、アロイスとアレクサンドラの結婚を心から祝福していく。
「よう。アロイス。ついに結婚か?」
「ああ。ようやくだ。お前の方はどうなんだ、ヴェルナー?」
キュステ・カルテルのボスであるヴェルナーも祝いの言葉を述べに来た。
「俺はもう少し独身を楽しむさ。俺もお前もまだ若い。そう焦ることじゃないだろ?」
「それもそうだが、後継者の育成は必要だぞ。いきなり一般人にドラッグカルテルを運営させるなんてことは無理難題だからな」
「おや。お前の方は英才教育でも施すのか?」
「ああ。恨まれないように最初からドラッグカルテルのボスを目指してもらう」
「息子か娘にボスの座を簒奪されないように頑張れよ」
「そうする」
ふたりは笑い合って、別れた。
「ご結婚おめでとうございます、アロイス様」
「そう下手にでるなよ、ジークベルト。お前もひとつのカルテルのボスなんだ」
「そうさせていただいたのはアロイス様のおかげでありますから」
ジークベルトはアロイスには下手に出ていた。やはり、自分がどういう経緯で新生シュヴァルツ・カルテルのボスになったのかを理解しているからだろう。
それからブルーピルの配分。
未だにそれを巡って、ジークベルトはヴェルナーと争っていた。自分たちの方にもっと多くのブルーピルを、と。
今はジークベルトとヴェルナーが争っているだけだから結構な話だが、この争いにアロイスは巻き込まれたくないものだなと思っている。アロイスは親切な仲裁者の立場を取り続けておきたい。そうすることで両方のカルテルに恩が売れる。
恩を売っておけば、いざ誰かが麻薬取締局に逮捕されたとき、責任逃れができる。
「まあ、今後も頑張ってくれ、ジークベルト」
「はい」
ジークベルトが去ってから今度は幹部たちが挨拶に来る。
アレクサンドラは退屈そうにしている。パーティーに加わりたくてたまらないという様子だ。まるで遊園地にいる子供のようだ。
「アレクサンドラ。お前は友人たちと話してくるといい。どうせ挨拶は俺にばかりだ」
「そうなのですね? では!」
馬鹿なアレクサンドラ。だが、その方が愛着がわかなくていい。
アロイスは招待客の挨拶を受けつつ、そう思った。
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