久しぶりの“連邦”
本日1回目の更新です。
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──久しぶりの“連邦”
「本国での勤務日程はクリアしました。“連邦”に戻ります」
フェリクスはハワードに対してそう言う。
「市警との捜査は有意義だったと聞いているが。もっとも、法律を無視した捜査にはあまり感心できないものの」
「市警は圧力がかかって、捜査から手を引きました。誰が圧力をかけたんですか?」
「知らないよ。だが、本当にそれは圧力だったのかね? 正当な理由がついたものではなかったのかね? 君はどうも政府を信じていない節がある。国民のためと思うならば、その国民に選ばれた政府も信頼するべきだよ」
ハワードはため息交じりにそう言った。
だが、フェリクスは知っている。
“国民連合”政府内にドラッグカルテルの内通者がいることを。
そんな政府をどこまで信用できるのか。
今回の圧力の件も内通者が関わっているのではないかという疑問がある。いきなり捜査に圧力がかかったのだ。それももう少しで市警がアロイス=チェーリオ・ネットワークを検挙できるかもしれない段階になって。
何者かがドラッグカルテルを守っている。
そう思わずにはいられなかった。
「まあ、君の頑固さには負けるよ。“連邦”にいくといい。エッカルトは今は新人と組んでいるから、君が戻ってきて安堵することだろう。君が要請した新人は何かしたのかね? 報告を聞いていないが」
「市警の捜査が中止になったことでこちらの捜査も中止になりましたから」
「そうか。だが、そのことで我々を逆恨みするんじゃないぞ。捜査への圧力というのは君の被害妄想である可能性が高いのだからな」
ハワードはそう言っていっていいというようにフェリクスに指示した。
フェリクスは局長室から出ていく。
フェリクスは考えていた。仮に“連邦”での捜査が上手くいったとして、国境を跨いで存在するドラッグカルテルの密輸・密売ネットワークを潰せるだろうかと。
チェーリオは強大なマフィアのボスだ。そして、ドラッグカルテルのパートナーだ。それでいて利口である。もし、ドラッグカルテル側が検挙されたら、証拠を隠滅して、自分たちの関与を否定するのではないだろうか。
つまり、ドラッグカルテルの密輸・密売ネットワークを潰すには、国境のこちら側と向こう側で同時に動く必要があるのではないかということだ。
あるいは先にチェーリオを叩くか。
チェーリオを叩いたことでドラッグカルテルが被る被害はとんでもないものになるだろう。あの“ガーネット”からの情報を見れば、アロイス=チェーリオ・ネットワークで密売されているドラッグの規模の大きさに圧倒される。
ドラッグカルテルを叩くうえで先に資金源を断つのは有効な戦術なのかもしれない。
だが、今のフェリクスにはそれを行う術は失われた。
トマスは捜査を中止に追い込まれ、唯一の頼りである“ガーネット”は捜査から手を引き、カルタビアーノ・ファミリーを検挙することは非常に困難になっている。恐らく、当面の間チェーリオは安定を手に入れるだろう。
忌々しいことだが、どうしようもない。
フェリクスにできることは限られている。フェリクスは全知全能の神でもないし、強大な権力を持った捜査官でもない。
トマスが捜査中止に追い込まれた今、市警がカルタビアーノ・ファミリーを検挙するのは絶望的だ。カルタビアーノ・ファミリーは、チェーリオは、野放しだ。ドラッグ数百キログラムがやり取りされ、それを潰すことはできない。
いや。潰して見せるとフェリクスは決意する。
ドラッグカルテルを潰す。供給源を失ったカルタビアーノ・ファミリーも弱体化するはずだ。そうなれば市警でもカルタビアーノ・ファミリーを検挙できるかもしれない。
希望的観測と言われようと、夢の見過ぎだと言われようと、フェリクスはそれを成し遂げて見せる。そうするのが彼の義務だから。彼が宣誓したことだから。
官僚主義も、政府の汚職も、理解のない上司もクソッタレだ。
フェリクスは誓った。正義を執行すると。ならば、そうするのみ。
フェリクスは飛行機で南部に向かい、そこからパラスコ支部に顔を出す。
パラスコ支部の顔ぶれは変わっている。大統領選の後でパラスコ支部にも人事入れ替えが行われた。大統領の政策に沿わないと判断された捜査官はさして重要ではない支部に飛ばされ、大統領の政策を支持している捜査官が赴任してきた。
だが、それでも現場の意見は一致している。
なにがどうあろうと、ドラッグカルテルを叩く。
それが現場の意見だ。
「ファウスト捜査官。全体ミーティングに参加してくれ。状況が少しばかり変わった」
「分かりました」
支部長が言うのに、フェリクスが頷く。
彼はベーグルとフルーツが置かれた会議室に入り、全体ミーティングを受ける。
「“連邦”情勢は常に変化し続けている。共産主義と左派に対する攻撃は昨年度の苛烈さが嘘のように小康状態になり、メーリア防衛軍と改革革命推進機構軍との戦闘は収まりかけている。例の改革革命推進機構軍のスノーホワイトだが、それの“国民連合”内への侵入が正式に確認された」
支部長は続ける。
「もはや、ドラッグ犯罪はカルテルの専売特許ではなくなった可能性がある。これから我々はカルテル以外のドラッグ犯罪とも戦わなければならなくなるだろう。特にカルテル間の抗争が鎮まり、カルテルが資金源としてドラッグを無理やりにでも輸出する必要がなくなった現状では」
そんな馬鹿な。
ドラッグカルテルは今も巨万の富を得ようとしている。抗争は関係ない。連中は抗争の有無にかかわらず、ドラッグを密輸・密売している。そのことは“ガーネット”からもたらされたアロイス=チェーリオ・ネットワークの情報からも明らかだ。
「今、金を必要としているのは改革革命推進機構軍だ。連中は昨年度の戦争で大規模な被害を受けた。大量の兵士と武器を消耗した。その補給が必要なのは明白だ。そのためにドラッグの密売を続けるだろう。注意していくべきだ」
どこもここも「アカが悪い」か、とフェリクスは思う。
大統領官邸から麻薬取締局の支部に至るまでアカが悪いの論調だ。確かに共産主義は自由主義に反するイデオロギーだとは思うが、だからと言って、何もかもアカのせいにしていていいのか?
「もちろん、従来のドラッグカルテルに対する捜査も進める。カルテルは今も力をつけている。今でこそ抗争もなく、平和が続いてるが、いつ荒れるか分からない。荒れだしてから捜査を始めても遅い。今度は荒れる前にカルテルに打撃を与えたい」
その通りだ。ドラッグカルテルこそ警戒するべき敵だ。連中の存在こそが“国民連合”を脅かしてるのである。アカいドラッグだって、密輸・密売を行っているのは、ドラッグカルテルであるはずだ。
「では、改革革命推進機構軍の動きに細心の注意を払いつつ、カルテルに対する捜査も進める。国境の向こう側でも、こちら側でも我々は戦う。いいな」
「了解」
そして、全体ミーティングは終わり、フェリクスは車でメーリア・シティを目指した。次の捜査を行うために。
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