手札を入れ替える
本日2回目の更新です。
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──手札を入れ替える
バルナバを西海岸に無事に逃亡させたフェリクスたちは特別情報“ガーネット”を少しずつ利用し始めた。
“ガーネット”は既にカルタビアーノ・ファミリーの内側にいる。それも末端ではなく、中枢に近い位置に。“ガーネット”が送ってくる情報は詳細かつ、重要度の高いもので、フェリクスたちはカルタビアーノ・ファミリーの密輸・密売ネットワークを把握しつつあった。
もう一歩、もう一歩で“国民連合”におけるドラッグの流れと金の流れが分かる。
そのはずだった。
「捜査を中止しろ!? どういうことです!?」
トマスは声を張り上げていた。
「君たちの捜査方法は遺憾ながら、法律すれすれだ。これ以上のことは認められない。これ以上、捜査を進めたかったら、合法的な手段で捜査を進めたまえ。少なくとも令状を取ったなら立件できるものがひとつくらいはあってもいいと思うが、君たちは令状を何のために使っていたのか?」
市警本部長は冷たくそう告げる。以前、アロイスが会った本部長とは違うスノーエルフの男だった。
「捜査のために決まっているでしょう。何が法律に抵触しているというのです?」
「では、特別情報“ガーネット”というのは?」
トマスの額が歪む。
「こちらの案件です。下手な情報の拡散は警官を危険にさらします」
「特別情報“ガーネット”がどういうものか、君がきちんと説明できるようになるまでは捜査は打ち止めだ。好き勝手にするのも大概にしておきたまえ。分かったな?」
本部長はそう告げると去っていった。
「畜生、畜生、畜生! もう少しなんだぞ! もう少しだったんだぞ!」
トマスはデスクに拳を叩きつける。
「トマス。よく考えてください。捜査を止められたのはあなただけです」
「……ああ。そういうことか」
フェリクスの言葉にトマスがはっとする。
「では、お前に託す。“ガーネット”はこちらの切り札だ。無駄にはするな」
「無駄にはしません」
トマスはカギのかかったデスクの引き出しを開くと、その一番下からファイルを取り出した。そして、それをフェリクスに手渡す。
「この女が“ガーネット”だ」
「女性だったんですか?」
「ああ。チェーリオ・カルタビアーノの愛人のひとりになっている」
どうりで中枢に近い情報が手に入るわけだとフェリクスは納得した。
まさかおとり捜査官を愛人として潜入させているとは。敵がもっとも油断するのは女だ。良くも悪くも女性は非力だと思われがちだ。だが、彼女たちはタフだ。男性が思うよりずっとタフだ。
「“ガーネット”とのやり取りはセントラルステーションのロッカーを利用して行われる。“ガーネット”が録音テープや書類を残していくので、電車内でカギを交換して、それを入手しろ。資料は他の誰にも見せるな」
「分かりました。再び情報を受け取るときは?」
「“ガーネット”は毎週水曜日にセントラルステーションのカフェにいる。そこでカギを交換しろ。ただし、交換は自分自身でやるな。人にやらせろ。信頼のおける人間を見つけておけ。お前はカルタビアーノ・ファミリーに顔を知られている可能性がある。“ガーネット”を危険にさらすような真似はするな」
「はい。麻薬取締局に応援を要請します。新人捜査官を」
「そうしてくれ。それから俺はもう関われないと伝えておいてくれ。恐らく俺が手を引いたら“ガーネット”もそう長くは潜伏を続けない。2、3回のやり取りで引き上げるだろう。それまでに決定的情報が手に入ることを祈っている」
トマスはそう言って、椅子に深く座り、リザードマン用の煙草を吹かした。
「では、失礼します」
「幸運を祈る。幸運を」
それからフェリクスは麻薬取締局本局から新人捜査官を要請し、臨時のバディを組んだ。新人はロースクールを卒業したばかりで、銃の撃ち方すら知らなかった。
フェリクスは接触の機会を待つ。
指定された電車に乗り、セントラルステーションに向かう。
そして、“ガーネット”が乗ってきた。
ノースエルフとハイエルフの混血。白い肌に露出度の高いドレスを纏い、化粧は薄目で、灰色の髪はショートカットにして肩までで纏められていた。
フェリクスは“ガーネット”に近づく。
「トマスの代理だ」
「彼は?」
「圧力がかかった。彼は捜査から手を引く」
「なら、私も撤退する」
「もう2、3回だけ頼む」
「無理よ。もう耐えられない。それなのに信頼できる上司まで失ったら」
“ガーネット”はフェリクスの手にロッカーのカギを押し付けると大勢が乗り降りするセントラルステーションの人ごみの中に消えた。
「畜生」
フェリクスは悪態をつくと、ロッカーのある場所に向かう。
カギの番号と一致するロッカーを見つけ、そのロッカーを開ける。
そして、何も言わずブリーフケースの中にそれを仕舞い、カギをかけて出ていく。
フェリクスはホテルに帰るとブリーフケースからロッカーの資料を取り出した。そして、それを見つめる。
売買されているドラッグの価格や量が事細かに記されている。
「A=C……?」
フェリクスはドラッグの密輸ルートを記した資料の中からそのようなアルファベットの羅列をいくつも見つける。
「これは録音テープか」
フェリクスは再生機にそれを入れて再生する。
『アロイスか? チェーリオだ。少し厄介なことになっている』
そこにはアロイスとチェーリオのチェーリオ側の会話が記録されていた。
「アロイス……。Aはアロイス、Cはチェーリオ? つまり……」
再びフェリクスはドラッグの密輸ルートの資料を見る。
A=Cという文字がいくつも記されてる。その量は全体の取引量の半分以上を占めていた。A=C、50キロ。A=C、100キロ。A=C、400キロと。
その他にもS=Cや、W=Cという文字も散見される。
「シュヴァルツ・カルテルのボスはジークベルト。キュステ・カルテルのボスはヴェルナー。ヴォルフ・カルテルのボスは……」
アロイス。
A=Cはアロイス=チェーリオの意味だ!
フェリクスは手が震えるのを感じた。
今まさにフェリクスはアロイス=チェーリオ・ネットワークの片鱗を見たのだ。
「これが事実なら……」
ヴォルフ・カルテルのボスの名はアロイス。そして、ヴォルフ・カルテルこそ東部におけるドラッグクライシスを引き起こしている張本人である。
「他に情報はないのか」
フェリクスは必死に“ガーネット”からの情報を調べる。
しかし、それ以上の情報は見当たらなかった。
A=C。アロイス=チェーリオ・ネットワーク。
これが東部におけるドラッグの大流行の原因だとフェリクスは確信した。
「再び“連邦”に戻らなければ」
国境のこちら側でできることはやった。“ガーネット”は捜査から手を引く。
となれば、国境の向こう側で断片的に見えたヴォルフ・カルテルのボスを追わなければならない。このドラッグ戦争は供給源を叩かなければならないのだ。
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