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バツイチ

本日1回目の更新です。

……………………


 ──バツイチ



 アロイスはもう共産主義者を憎んでいない。そして、マーヴェリックも憎んでいない。あれは仕方のないことだったのだと思っている。何もマーヴェリックが決めた行動じゃない。戦略諜報省のドラゴンが決めた作戦なんだ。


 そして、エーディットの死も忘れさられて行く中、新しく結婚の話が持ち上がった。


 今度はヨハン・ヨストの娘だった。


 大方、ボスがそろそろ機嫌を直したみたいだから、新しく結婚の話を持ち出し、ヴォルフ・カルテルという帝国の結束と後継者の確保を行おうというつもりなのだろうとアロイスは皮肉気に解釈した。


「縁談の話が出た」


「へえ。誰と?」


 アロイスがベッドでマーヴェリックに話す。


「ヨハン・ヨストの娘。名前は……アレクサンドラだ。是非ともという話だった」


「その子、可愛い?」


「普通だな。ほら、写真」


 アロイスはアレクサンドラの写真をマーヴェリックに渡した。


「可愛いじゃん。笑顔がキュートだね。胸も大きいし」


「君が言うと嫌味にしか聞こえないぜ」


 マーヴェリックはスレンダーだが、アロイスにはどんな女性よりも魅力的に見えていた。彼女が一度アロイスを裏切っても、なおアロイスはマーヴェリックを愛していたのだ。そう、愛してしまっていたのだ。


「で、どうするの?」


「考えてる。エーディットが死んでから1年経ったが、まだ喪に服しておくべきか、それとも今の状況を重視するべきか。確かにヴォルフ・カルテルは結束しなくちゃいけない。アカ狩りのおかげで大勢死んだからな」


「あたしのこと恨んでる?」


「君はどうあっても共産主義者を殺さなければならなかったんだろう。仕方がないことだと思っているさ。どうせ君は何があっても共産主義者を殺さなければならなかったんだろう? それが戦略諜報省の工作員としての君の仕事だったんだから」


「やっぱり怒っているね」


「怒ってない」


 アロイスは本当にノルベルトとエーディットのことはもうどうでもよかった。マーヴェリックがアカ狩りにカルテルを誘導したのも許容していた。どうせドラッグカルテルを批判している層とアカを支援している層は同じなのだから、と。


 そう、同じだ。


 国家への反抗心に溢れたくだらない学生運動を行っている連中や、その学生たちにアカの思想やドラッグカルテルと政府の癒着を教育している教師や、何だろうと批判せずにはいられないジャーナリストや、神以外のことに口出しする聖職者。


 そんなものはこの“連邦”から消え去ってしまうべきだ。


「俺たちは暴力を示し続けないといけない。ドラッグカルテルは、ドラッグカルテルのボスは暴力を示し続けなければいけない。相手がどんな人間だろうと。そうしなければ、舐められれば、ドラッグカルテルという名の帝国は分裂する。それは許容できない」


 末端の売人にも、幹部にも、アロイスが望めばどんな人間だろうと死ぬのだということを示すことが必要だ。それがアロイスの生き残る道なのだから。


 もうアロイスは引き返せない。ドラッグカルテルのボスとして一度君臨してしまったのだ。多くの殺人を命じてきたのだ。多くの違法な取引を命じてきたのだ。それが今になって許してくださいと言って許されるわけがない。


 罪が許されないなら、罪人としての道を切り開くのみだ。


 1度目の人生とは違う2度目の人生でもアロイスは犯罪者だ。犯罪者の末路が悲惨なものであることを彼は身をもって知っている。野良犬のように撃ち殺されて、天を見上げながら死ぬ。追い詰められて、追いかけられて、狩りだされて、殺される。


 そんな未来はごめんだ。アロイスは決意している。罪人が許されないというならば、罪人が生き残る道を探し出すと。どのような犯罪に手を染めようと気にするものか。殺すだけ殺して、富を貯えられるだけ貯えて、皇帝として君臨してやる。


 絶対君主として君臨し、敵を殺し、歯向かう人間を殺し、ギロチンの刃に常に血を滴らせておく。アロイスの邪魔をする人間がどうなるのかを示し続ける。


 暴力だ。金だ。権力だ。


 それこそが生き残る道だ。


「君はどこまでついてきてくれる、マーヴェリック?」


「地獄の底まで。あたしたちは地獄行きさ。だけど気にしやしない。煉獄の炎は凄くホットだろう。地獄には破滅した人間が溢れているだろう。あたしにとってはユートピアのようなものだ」


「ありがとう、マーヴェリック」


 今はマーヴェリックが傍にいてくれるだけで安心できる。


「さて、もう昼飯の時間だぜ。飯食おう、飯」


「何にする?」


「たまには外で食わないか? そりゃ、あんたを狙う人間は増えたかもしれないが、あたしとマリーがいれば問題ない」


「いいよ。そうしよう」


 いつまでも屋敷に引きこもってるのも健康に悪い。


 アロイスの命を狙っている人間は今や数え切れないほどいる。皇帝とはかくも敵対者に狙われるのかと思うほどに狙われていた。


 だが、今のところ、アロイスが実際に命を狙われるような事件に遭遇したことはない。それもそうだ。アロイスは隠れ続けてるのだ。麻薬取締局もアロイスの顔と名前を知らない。ヴォルフ・カルテルの暴君が誰なのかを知っている人間は限られる。


 だが、用心はしすぎることはない。用心は必要だ。特に敵が多い場合。


 今もアロイスは身を隠して命令だけを発している。


 そこで電話のベルが鳴る。


「もしもし?」


『アロイスか? チェーリオだ。少し厄介なことになっている』


「どういうことだ?」


『麻薬取締局と市警がかなり深いところまで突っ込んできた。末端組織の幹部が司法取引して逃げやがった。あの野郎、必ず殺してやる』


「落ち着け。それは俺たちのネットワークが危険にさらされるということか?」


『分からない。だが、懐に飛び込まれかかっている。どうにかしないといけない』


「なら、どうにかしてくれ。言っただろう。ヘマはしない。裏切らない」


『ああ。だが、そっちも用心してくれ。麻薬取締局の連中は国境のそちら側からもアプローチし始めているはずだ』


「分かった。用心する」


 アロイスはそう言って電話を切った。


「はあ。問題がまた発生か」


「またフリーダム・シティでドンパチする?」


「しない。ああいうギャンブルは一度で十分だ」


 フリーダム・シティのことはチェーリオに任せるしかない。


 アロイスは国境のこちら側で用心する。幸いにして最新の麻薬取締局の潜入捜査官のデータはある。『ストーム作戦』に参加したご褒美のようなものだ。


 アロイスは潜入捜査官たちを踊らせ、ネットワークを隠蔽する。


 ネットワークは常に切り替わる。ドラッグの輸送ルートも、保管倉庫も、引き渡し場所も定期的に変更される。それを完全に把握している人間はアロイスただひとりである。


「しかし、チェーリオの件も気になるな。少しばかりブラッドフォードにお願いするか。助けて、父さんってな」


 アロイスはそう呟いて、ブラッドフォードに電話をかけた。


……………………

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