登りつめる
本日2回目の更新です。
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──登りつめる
フェリクスとトマスたちは口八丁手八丁で末端組織の上層部にまで迫った。
最上層にいる人間の正体は既に分かっている。
バルナバ・バルボというかつては5大ファミリーの使い走りをしていた男で、今はチェーリオの使い走りをしている。恐らくは、だが、何らかの形でカルタビアーノ・ファミリーと関係があると思われた。
ここまで登りつめておけば特別情報“ガーネット”の一部開放ができるとトマスは踏んでいた。極秘中の極秘情報である“ガーネット”の情報は取り扱いに気を付けなければならない。下手をすると、これまでの努力が水泡に帰す。
「では、バルナバに迫りましょうか」
「ああ。だが、こいつは他の奴らのように泳がせない。逮捕して司法取引を行い、その結果で得た情報として“ガーネット”の情報を使う。バルナバには遠くに逃げてもらわないとな」
マフィアがバルナバを拷問したら、たちまち情報の一部を知らなかった。あるいは喋らなかったと証言することだろう。それはよろしくない。バルナバには特別情報“ガーネット”のカバーであり続けてもらわなければならないのだ。
「今回も派手な捜査はなしだ。密かに消えてもらった方が話に真実味が出る」
トマスは覆面パトカーを降りると、バルナバのオフィスがあるビルに向かった。
フェリクスもそれに続いてビルに向かう。
「あの、お客様? 当社に何かご用でしょうか?」
「ああ。あるぞ。バルナバ・バルボに1976年の10月21日にどこにいたか聞いてくれ。それがアポの合言葉になっている」
「は、はあ……」
受付の職員はバルナバに内線を繋ぐ。
ここはバルナバたちにとってのフロント企業だ。床のタイルや壁紙を扱っている会社である。ドラッグはこの会社の倉庫に貯えられ、この会社のトラックで運ばれる。その証拠はここに来るまでに掴んでいる。
「会われるそうです」
「ご苦労さん」
そんなことは知らないだろう受付の職員にそう告げると、フェリクスたちは真っすぐ最上階の社長室を目指した。
「バルナバ・バルボ。フリーダム・シティ市警と麻薬取締局だ」
トマスとフェリクスが社長室を開けるなり、バッヂを見せた。
バルナバは中年のスノーエルフとハイエルフの混血で、灰色の髪をワックスでオールバックにしてまとめている。背丈は高く190センチ近くある。
「し、市警と麻薬取締局が何の用だ?」
「あんたは1976年の10月に自分たちのボスをカルタビアーノ・ファミリーに売っただろう? 21日にはボスの妻子を拉致して、カルタビアーノ・ファミリーに捧げている。一体、何人がこの事実を知っているかな? 部下たちはこのことを知っているかな? ムショに入れられた5大ファミリーの生き残りはこのことを知っているかな?」
トマスたちが掴んだバルナバの弱み。
それは彼が抗争の際に自分たちのボスを裏切っているということだった。
あのフリーダム・シティで銃弾と炎が舞った時、この男は勝者はカルタビアーノ・ファミリーだと踏んで、自分たちのボスをカルタビアーノ・ファミリーに売ったのだ。カルタビアーノ・ファミリーはバルナバの情報をもとにボスを殺し、また拉致されてきた妻子を殺している。
「証拠はないはずだ」
「そうかな? あんたの部下のひとりが興味深いものを持っていてな。21日にお前がボスの妻子を拉致したときの自宅のホームセキュリティーカメラの映像がある」
「まさか!」
「お前は作業服姿で、犯行に使われたのは清掃業者のバン。21日午前4時32分に拉致。この情報のどこかに間違いがあるか?」
バルナバはまるで幽霊でも見たような顔をして口をパクパクさせていた。
「売買目的のドラッグの所持にこの誘拐。何年くらうかは、お前の態度次第だろうな。だが、気にする必要はないぞ。ムショには5大ファミリーの連中が収容されている。お前が裏切者だとしれれば、3日もかからず処理されるだろう」
トマスはそう告げてシュッと首を斬る仕草をしてみせた。
「お前みたいな奴はムショにぶち込んで、殺されるのがお似合いだ。ドラッグを誰に売っている? 明日の生活も怪しいような貧しい人たちか? それともまだ何も知らない子供か? クソ野郎、お前は終わりだ。ムショに入って、ファミリーの残党に殺されてしまえ。この豪華なオフィスともおさらばだ」
フェリクスはトマスより強く、そして怒りを露にしてみせてバルナバを脅す。
「まあ、落ち着けよ、相棒。こいつがちびっちまう。俺たちは敵じゃないからな」
トマスはその分、穏やかに接する。
いわゆる『良い警官・悪い警官』方式である。
フェリクスは悪い警官として脅すだけバルナバを脅す。トマスはそれを宥めて見せて、自分はバルナバの敵ではないとアピールする。フェリクスに怯えるバルナバはトマスに対して友好的になるというわけだ。
だが、フェリクスもトマスも目的は一緒なのだ。
「て、敵じゃないということは司法取引を……?」
「そこまで生き残りたいか、クズが。お前の持っている情報を全て吐いて、それで俺たちが価値があると判断したら、そうだな10年くらいの刑期に短縮するように検事や判事にかけあってやってもいい」
「それじゃ殺される!」
フェリクスは悪い警官を演じる。実際のところ、彼はバルナバに腹を立てていた。ボスを殺しただけならまだしも、その妻子まで犠牲にするとは、と。
「待て待て。お前がちゃんと情報をくれたら、無罪放免。証人保護プログラムで西海岸に逃がしてやる。だから、安心するんだ。な?」
「わ、分かった。俺が知っているのは──」
それからバルナバはお喋りバルナバになった。
聞いてもいないのによく喋る。カルタビアーノ・ファミリーとの連絡方法や、主なドラッグの引き渡し場所まで、奴の知っているあらゆる情報をこの場で吐き出した。だが、その中にチェーリオに繋がるものはなかった。
所詮は末端組織かとフェリクスは思う。だが、これだけの情報が短期間で得られたのは信じられないという気持ちもあった。“連邦”では何をしても失敗していた。“連邦”ではここまでスムーズに捜査を進められなかった。
やはり、トマスは信頼に値する大ベテランだとフェリクスは尊敬の念を新たにする。
「よし。いい情報を持っているな。お前も隠し持ってないか? ビデオテープとか録音テープとか、そういうものを」
「あいにくだが、どちらも取引の場では許されない。だが、証拠はある。今晩、リクリア島にあるブルー港の3番倉庫に行ってみてくれ。そこでドラッグの受け渡しが行われているはずだ。そこを押さえればもっと大勢の売人を捕まえられる」
見下げた奴だ。自分が生き延びるために他の売人をこうも簡単に売るとは。
だが、それで結構。これで俺たちはおとり捜査官の存在を公にせず、カルタビアーノ・ファミリーのドラッグ取引に食い込める。
「分かった。まずはお前の証人保護からだ。すぐに手続きを済ませて逃がしてやる。西海岸までのファーストクラスの席も準備してやろう。これでお前は安全だ。よかったな」
「ああ。ありがとう」
お前は散々情報を搾り取られて、囮に使われるんだよ。
なのに礼とは。能天気な奴。
そう思いながらもフェリクスは勝利の味を噛み締めていた。
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