売人の横領
本日2回目の更新です。
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──売人の横領
フェリクスとトマスはふたりだけでマフィアのドラッグ倉庫の中に入る。
本来ならば重武装のSWATが必要な案件だ。
だが、フェリクスたちはタツィオを逮捕しに来たわけではない。交渉をしに来たのだ。だが、交渉が決裂し、トマスのはったりがバレたとしたら、フェリクスたちは蜂の巣にされる。ただ殺されるならいいが、拷問されでもしたら最悪だ。
「おい。何だ、お前。どこの誰の許しを受けて入った」
「タツィオ・タッタリアの許しをもらっている」
「タツィオ? そんな話聞いてないぞ」
「会わせろ。そうすれば分かる」
「本当だろうな?」
倉庫にいたマフィアの男はトマスとフェリクスを案内する。
「ボス。ボスの客が来てます」
「客だと?」
怪訝そうにフェリクスたちを見るのはやはりスノーエルフとハイエルフの混血で、灰色の髪をヒッピーみたいに伸ばした男だった。マフィアにしては珍しい髪型だ。マフィアたちは良くも悪くも身ぎれいにしている。入れ墨などはあるものの。
「よう、タツィオ。帳簿の件について話に来たぞ」
トマスはマフィアの男を横に退かせ、倉庫内のオフィスに踏み込む。
「何の話だ? そもそもお前たちはどこのどいつだ?」
「フリーダム・シティ市警だ。こっちは麻薬取締局の特別捜査官」
トマスとフェリクスがそれぞれバッヂを見せる。
「おいおい。令状を見せろよ。不法侵入だぞ」
「いいのか? お前がそういう態度を取るなら、お前がお前のボスに本来渡すべき額の金を渡してないことを教えてやるぞ。それから売買目的のドラッグの所持で懲役25年だ。もし、お前が上手く切り抜けて無罪を勝ち取ったとしても、俺たちの代わりにマフィアの連中がお前の死刑を執行してくれる」
タツィオの顔がみるみる青ざめるのが分かった。
「それにな。麻薬取締局はお前に目をつけてたんだよ。ずっと追ってた。お前が実際に市場に流したドラッグの量と、お前が報告したドラッグの量が違っているのも分かっているんだ。お前がドラッグを売買している証拠もあるし、横領の証拠もある」
「そうだ。タツィオ、俺はお前を25年ムショにぶち込める。いや、下手をするとそれ以上になるな。だが、お前が25年の刑期を勤め上げることはない。俺たちは横領の件について、お前のボスに情報を流す。お前が殺されるようにな。知ってるか? ムショでは歯ブラシに剃刀をつけたナイフで首を掻き切るんだ。切れ味も悪いし、一度切ったぐらいじゃ死なない。何度も苦痛を与えられて死ぬ。俺はお前のようなドラッグの売人がそういう目に遭うのを心から望んでる」
フェリクスもトマスに調子を合わせて相手を脅す。この手の脅迫は“連邦”で身に着けた技術だ。犯罪者に関わっていると自分の言動も犯罪者のようになるものなのだ。
もうタツィオの顔は真っ白になっていた。手は震え、唇は言葉を発そうとして発することができず、酸欠の魚のようにパクパクさせていた。
「だが、安心しろ。俺たちはまだお前を見限るつもりはない。お前は良くも悪くもマフィアの連中に打撃を与えた。僅かだとしても連中の金を盗んだ。それは評価してやる。もし、これから忠実なドラッグの売人として振る舞い、それでいて俺たちの仲間として情報を定期的に寄越すならば、助けてやる」
「し、しかし……」
「ムショで苦しんで死にたいか? 言っておくが看守は助けちゃくれないぞ。看守の家族もここ最近のドラッグの蔓延の影響を受けて、オーバードーズで家族が死んだ奴がいるんだ。そういう連中はお前が剃刀で切り裂くのを眺めているだろう」
タツィオは迷っている。
このまま協力しなければ死ぬ。だが、情報を流せば裏切者として殺される可能性がある。すぐ死ぬか、死ぬかもしれないかの選択肢なのだ。
「わ、分かった。協力する。欲しい情報は何だ?」
「お前のボスはベニト・バルジーニだ。そいつの情報を寄越せ。そいつの弱みや、家族構成、明確な犯罪行為なんかを掴んだら、知らせろ。情報のやり取りはウェストタウンの“バニーズカフェ”で行う。何も掴めなくても毎週月曜日の13時には来い」
トマスが告げるのに、タツィオがコクコクと頷く。
「いいか。馬鹿な真似は考えるな。俺たちは情報を掴んでいるし、お前のことを見張っている。麻薬取締局はお前をマークしてるんだ。お前がこの街から逃げようとしたりしたら、即座に逮捕だ。分かったな?」
「分かった、分かった。絶対に逃げない。定期的に報告する」
「よろしい。朗報を期待しているぞ」
トマスはポンポンと顔色の悪いタツィオの肩を叩くと、倉庫から出ていった。
「これでベニトの情報が手に入れば、さらに上の情報が手に入る。まだまだ下から上へ方式も使えるというものだな」
「ええ。意外といけますね」
「名演技だったぞ」
フェリクスが言うのに、トマスが小さく笑って覆面パトカーのドアを開けた。
「“連邦”暮らしが長いと嫌な技術が身に付きます。“連邦”の全ての国民がそうだというわけではないのですが、“連邦”のドラッグカルテルはそこら中にいますからね」
「まあ、悪い連中はどこにでもいる。“国民連合”にもな。俺はフリーダム・シティで刑事を長年務めてきたが、中には“連邦”にいるやつより性質の悪い連中もいた。悪党は国境を越えて悪党だ」
その通りだとフェリクスは思う。
“国民連合”の人間は“連邦”の人間を腐敗した犯罪者だと思っている。だが、“国民連合”にも同じような犯罪者はいるのだ。ドラッグは“連邦”から運ばれてくるが、それを密売しているのは“国民連合”の人間なのである。
悪党は国境を越えて悪党。確かにその通りだ。
それにドラッグカルテルを栄えさせているのは、“国民連合”のヤク中たちである。彼らがマフィアやギャングに金を注ぎ、ドラッグカルテルに利益をもたらしているのだ。そして、人々がドラッグに頼らなければならないような環境を作ったのは政府だ。
“連邦”ばかりを批判するわけにはいかないのだ。
「さて、情報待ちだ。来週の予定は空けておいてくれよ」
「すぐに情報が手に入りますかね?」
「もちろん、最初から重要な知らせが入ってくることは期待していない。向こうも慎重に情報を渡すだろうしな。裏切りにならないレベルの情報から少しずつだ。だが、やがてその情報も積み重なっていき、気づいたときには引き返せなくなっている」
「では、ゆっくりと進めましょう」
「そうだ。果報は寝て待て、だ。ここらで美味いスクアーマル料理を出す店があるんだが、一緒にどうだ?」
「いいですよ。しかし、エルフ用の酒もありますか? 有鱗族の酒は強すぎますから」
「ああ。あるぞ。俺の故郷は“大共和国”じゃないが、スクアーマル料理は美味い」
「いずれ、私も西部料理の店を紹介しますよ。この件が全て片付いたら」
「そいつは楽しみだ」
トマスはニッと笑うと覆面パトカーを走らせた。
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