悪夢
本日1回目の更新です。
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──悪夢
アロイスは最近、悪夢を見る。
マーヴェリックに殺される夢だ。
自分が炎の中にいて、マーヴェリックが笑っている。アロイスはマーヴェリックに助けを求めるが彼女は背を向けて立ち去ってしまう。
はっとして目が覚めると、ベッドの隣には裸のマーヴェリックが眠っている。
アロイスはマーヴェリックの銀髪に触れて、彼女がそこにいることを確認する。
次の瞬間、マーヴェリックの銀髪を掴んでいた手がぎゅっと力強く握られた。
「ああ。あんたか。どこの変態かと思ったら」
「君に殺される夢を見るようになった」
「へえ」
マーヴェリックが上半身を起こし、サイドテーブルのライトをつける。
「銃で撃たれる夢? それともナイフで刺される夢?」
「炎で焼かれる夢だ。マーヴェリック、君は未だに戦略諜報省の工作員なんだろう? 戦略諜報省が俺を殺せと命令したら、俺を殺すのか?」
アロイスは慎重に言葉を紡いだ。
「殺さない。というより、殺せない。そのことは戦略諜報省の大ボスが知っているさ。あの老ドラゴンは伊達に冷戦初期から戦略諜報省を率いていたわけじゃない。適材適所って言葉を理解している。あたしに無理にあんたを殺せって命じて、あんたに逃げられるようなことはしないだろうさ」
「別の人間が殺しに来るってことか。その人間から君は俺を守ってくれるか?」
「そうしたいけど、無理だ。戦略諜報省は冷酷な殺戮機械だ。あたしが邪魔するなら、あたしごと殺せる戦力を送り込むか、方法を変えてくる。あんたの親父さんが始末されたようなケースの場合、あたしが何の役に立つ?」
「そうだな……」
ハインリヒは空で八つ裂きにされた。どんな屈強で頼りになる護衛がついていようと、乗っている飛行機を吹き飛ばされたら意味がない。
戦略諜報省は確かに冷酷な殺戮機械だ。
「まあ、努力はするよ。あんたも努力しな。戦略諜報省を敵に回さないように、な。戦略諜報省に限らず、ドラゴンの怒りを買った人間は大抵碌な結末を迎えないものだ」
「ふうむ。戦略諜報省の長官とは会ったことが?」
「あるよ。あたしは陸軍に入る前から戦略諜報省の工作員だった。というのも、あたしの出自はちょっと込み入っていてね」
「聞かせてくれないか?」
マーヴェリックの出自にアロイスは興味があった。
「あたしは孤児でね。どうにも人身売買でサウス・エデ連邦共和国から売られてきたらしい。買ったのは終末思想を信じているイカれたカルトで、連中は来る最終戦争を生き延び、全てが第五元素兵器で汚染された世界で生き延びていくことを考えていた」
「それでどうなったんだ?」
「あたしの魔術は強力だろ? これは連中があたしの体を弄った結果でね。いろんな薬を叩き込んだ結果だ。そして、そのお礼にあたしはあたしの体を弄りまわしてくれた連中を焼き殺してやった。そしてカルトの拠点である地下シェルターを出た」
マーヴェリックはそこでベッドから起き上がり、裸体のままキッチンに向かった。そして、アロイスが開けるのを楽しみにしていたブランデーとグラスを持ってきた。
「話の続きはこいつを開けてからだ。どうする?」
「負けたよ。開けよう」
何かの記念日に開けようと思っていたとっておきのブランデーをアロイスが開ける。
「乾杯」
「乾杯」
アロイスとマーヴェリックがグラスを重ねる。
「それで、続きは?」
「あたしは民兵に保護された。南部の純血種至上主義者で、そいつもまた終末思想を信じていた。南部で終末戦争を信じてない人間を探す方が難しいんだが」
マーヴェリックがブランデーを味わいながら語る。
「その民兵はちょうどサウスエルフであたしのことを保護してくれた。あの時に食べさせてもらったガンボスープの味は忘れられない。それから警察に行ったんだが、あたしが身寄りがないってことが分かって、孤児院に入れるか、民兵が保護するかになった」
「どっちに?」
「民兵はあたしを保護してくれた。それからいろいろなことを教えてくれた。銃の撃ち方。ナイフの使い方。罠の仕掛け方。野生動物の食べ方。民兵は退役軍人でね。そういうことに詳しかった。最期まで教えてくれなかったが、あれは特殊作戦部隊に所属していたと思うな」
マーヴェリックが懐かしむように語る。
「それからカルトのことが発覚した。連邦捜査局と戦略諜報省が合同で調査して、あたしについて書かれた研究レポートを見つけた。その時、あたしは16歳で民兵とサバイバル訓練なんかをして暮らしていたから高校生活にも全然馴染めていなかった」
「そして、戦略諜報省が君をスカウトしに来た」
「その通り。戦略諜報省のミスター・ジョンソンって男がやってきて、民兵にあたしを戦略諜報省の工作員としてリクルートしたいと言ってきた。高校を卒業したらすぐに、と。民兵は嫌がっていたけれど、あたしは民兵に借りを返したかったから同意した。金を稼いで、民兵にプレゼントのひとつでも贈ってやりたかったのさ」
戦略諜報省はマーヴェリックを殺し屋としてリクルートしたのだろうかとアロイスは考える。彼女の魔術は強力だ。単身で戦地に乗り込んでも役割を果たせるだろう。武器の使用が制限される環境でも、彼女ならば戦える。
「まあ、その前に職業軍人としての訓練と実績を積んでおこうってことになって、陸軍に入隊した。陸軍ではマリーに出会った。マリーの戦い方を見て、世界は広いんだなって実感したことを今でも覚えている」
「戦略諜報省の仕事は?」
「もちろん、やっていた。そもそもあたしのいた特殊任務部隊デルタ分遣隊の仕事が戦略諜報省の使い走りみたいなものだ。誰かを暗殺すること。誰かを拉致すること。そういう仕事ばかりだった」
戦略諜報省は独自の準軍事作戦部門として、特別行動部というものを有している。それとは別に専門性の高い作戦などは陸軍の機密性の高い特殊作戦部隊として特殊任務部隊デルタ分遣隊などを利用することもあったのだ。
「まあ、それから陸軍を不名誉除隊処分というカバーストーリーで退役して、本格的に戦略諜報省の仕事をやることになった。マリーもついて来てくれてな。陸軍時代からちょっとばかりお付き合いしてたから、ありがたかった。特別行動部では陸軍よりもスリリングな作戦に参加していた。民間人を殺すような仕事もあった」
「それは今もだろう?」
「それはそうだが。初めてそういう作戦に関わった時は、あたしらが敵の一生を破滅させてやっているんだと思って興奮した」
マーヴェリックは今も昔も相変わらずのようだった。
「民兵とは?」
「ああ……。あたしが二十歳にになったときに死んだ。交通事故だったらしい。でも、あたしにはあれが事故だったとは思えないんだよ。カルトの報復とか、共産主義者の仕業のような気がしてならない」
「だから、共産主義者が嫌いなのか?」
「まさか。あたしは民兵から自由を教えられた。共産主義者はその自由を奪う連中だ。だから、あたしは共産主義者が嫌いなんだ」
マーヴェリックは少し苛立ったようにそう言った。
「プレゼントは結局贈れなかった?」
「いや。猟銃をプレゼントした。あたしが19歳のときだ。喜んでくれたよ。立派に育ったことを褒めてくれた。あの時はあたしの方が嬉しかったなあ……」
アロイスが尋ねるのに、マーヴェリックが懐かしむように語る。
「あたしの出自ってのはこんなところだ」
「興味深い話だったよ」
アロイスは頷いてそう返し、ベッドに横になった。
アロイスはマーヴェリックのことが分かって、少しばかり安心するのを感じていた。
少なくとももう悪夢にうなされそうにはない。
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