本国への帰還
本日2回目の更新です。
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──本国への帰還
奇妙と言えば奇妙な話だった。
本局の情報分析には瑕疵があるとしか思えないのに、麻薬取締局本局は手柄を上げ続けている。『ジョーカー』の密輸ネットワークの壊滅しかり、今回の『ジョーカー』の幹部の大規模検挙しかり。
どこからどうやって情報が入っているのかフェリクスたちには理解できないままに、本局は捜査を進めている。
最前線で戦っているフェリクスたちの捜査はまるで進んでいないのに、後方の麻薬取締局本局の捜査は進んでいる。これが何を意味するのか。潜入捜査官たちの上げている情報がフェリクスたちより優れているのか、あるいは……。
“国民連合”本国の内通者。そして、3大カルテルにとって都合よく進む捜査。
何者かの介入を感じないわけにはいかない。
「フェリクス。本局からだ」
「ああ」
フェリクスはエッカルトの差し出した電話を取る。
「もしもし?」
『フェリクスか。一度、本国に戻れ。君は“連邦”への滞在期間が規定の日数を過ぎた。暫くは本国で捜査に当たってもらう』
「ですが……」
『ですが、はなしだ。局長命令だ。本国に戻れ。本国での勤務日数のノルマをこなしたら、また“連邦”に戻してやろう。いいな?』
「分かりました。戻ります」
内心その決定に苛立ちながらも、フェリクスはハワードが言うがままに“国民連合”に戻ることになった。
「本国に帰れって?」
「ああ。捜査はまるで進んでいないってのに」
「本国に帰れるのは楽しみだぞ。俺なんて家族に会うのに全て使っているから、帰る機会は他にない。本国での捜査なんて休暇みたいなものだ。休暇だと思って、楽しんで来いよ。息抜きは必要だぞ」
「今は休んでいる場合じゃない」
「だからと言って、“連邦”に残っていても捜査は進まないぞ」
「それはそうだが」
“連邦”でできることはやっている。
捜査は行き詰っている。
ヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテルの取引現場を押さえたが、ふたりの容疑者は逃亡。それ以降、取引の情報は流れて来ない。キュステ・カルテルを追うにも、ヴォルフ・カルテルを追うにも、情報がなさすぎる。
ヴィルヘルムは情報収集に専念してくれているが、キュステ・カルテルの幹部たちは電話の盗聴に用心し始めているのか、情報はあまり入ってこない。
確かにこのまま“連邦”で現場に立っていても、情報はあまり入ってこないだろう。一度、本局に戻ってそこで情報収集に専念した方が、有益である気もしてくる。
「すまないが、留守中、シャルロッテの護衛を頼めないか? 流石に彼女を本国に連れて帰るわけにはいかない。新しい報復のターゲットにされかねない」
「了解。任せとけ」
フェリクスは妻と離婚したばかりである。
正式には離婚調停は進行中であるが、今からよりを戻すことはない。フェリクスは文字通り、仕事のために家族を捨てたのだ。自分といれば大事な人が傷つくと分かったから、離婚する道を選んだのである。
それが新しい弱点を作っては意味がない。
本国に帰ったら離婚調停も進めなければならないなとフェリクスは思う。もう妻とも子供とも会っていない。会話は全て弁護士を通じて行われている。妻は慰謝料も養育費も求めない代わりに、もう二度とフェリクスが家族に関わらないように求めてる。
こういうことになるとは。ドラッグカルテルを相手にしつつ、家庭問題まで抱えなければならないとは思ってもみなかった。だが、これが現実だ。フェリクスは思う。これが俺にとっての現実なのだと。
妻を愛していないわけではなかった。子供を愛していないわけではなかった。それは大抵の離婚した家族に言えることだろう。愛情はある。だが、意志がすれ違い、やがて憎悪へと発展していく。
愛情がなければ、そもそも最初から結婚などしないものだ。
「それじゃあ、明日には本国に、エリーヒルに戻る。何か本局で確認しておいてほしいことはあるか?」
「これと言ってないが、本局の連中の情報源について探りを入れてくれないか? どうにも最近は最前線に立っている俺たちの方が戦績が悪い。それが悪いことだとは思わないが、やはり気になるものだ」
「分かった。できる範囲で確認しておこう」
フェリクスは帰国の準備を始める。
「シャルロッテ。俺が留守の間はエッカルトを頼ってくれ。力になってくれる」
「ありがとうございます、フェリクスさん。私も新しい出版社の面接を受けますから」
シャルロッテも何もしていないわけではなかった。
彼女はこれまでの職歴を活かして、大手出版社への就職を目指していた。大学で社会学の学部を卒業し、学士号を得ている彼女は、その手の知識もあり、それもまた就職に役立ちそうであった。
これから彼女が批判するのはドラッグカルテルではなく、何もしていない“連邦”政府になることだろう。
それが安全だ。ドラッグカルテルは殺し屋を差し向けるが、“連邦”政府は批判されてもどこ吹く風である。“連邦”政府は所詮は“国民連合”とドラッグカルテルの傀儡であり、批判されたところでどうということはないのだ。
「面接、成功することを祈っている。では、気を付けて」
「フェリクスさんも」
それからフェリクスはメーリア・シティ発、エリーヒル行きの旅客機に乗り込み、麻薬取締局本局を目指す。搭乗手続きは以前の航空テロの一件からセキュリティー面で強化されており、手荷物検査も厳重だった。
フェリクスは飛行機は苦手だった。子供のころ、父が軍人であちこちの基地に移動することになって、飛行機に乗るたびにせっかくできた友達と離れなければならなかったのが原因なのかもしれない。
子供にはそういう思いをさせたくなかったが、結局のところ、フェリクスもまた子供を友達と別れさせ、セトル王国に送っていた。
酷い父親だとフェリクスは思う。自分は最高の父親になるつもりだった。そうでなくとも平均的な父親になろうと努力はした。ホームドラマで演じられているような、子供を思い、子供のためならばどんなことでもする父親になろうと思っていた。
だが、結局のところ、フェリクスは父親失格だった。
もう失敗を挽回することもできない。妻は完全にフェリクスと別れたがっている。完全に、一切の接触もなく。そして、彼女はフェリクスが見捨てた子供たちとも会わせたがっていない。当然のことだとフェリクスは思っている。
家族を顧みずに、仕事にばかり執着した男の末路。
まさにその通りだ。ホームドラマでも大抵問題になるのは家族の時間だ。それか不貞。家族の時間がちゃんととれていなければ、コミュニケーションが取れていなければ、結局のところ家庭というのはあっさりと崩壊するのだ。
そして、それでよかったのだ。最後のトドメを刺したのはフェリクス自身だ。彼が妻に離婚を切り出したのだ。わざと妻を怒らせ、結婚を台無しにし、子供たちを捨てて、自分から弱点をなくすために、家族と別れた。
恐らく、自分は碌な末路を迎えないに違いないとフェリクスは思う。
老後を迎えても支えてくれる家族はいない。そもそも老後まで生きて居られるか分からない。ドラッグカルテルの殺し屋に路上で射殺され、野良犬のような最期を迎えるかもしれない。その可能性は十分にあった。
畜生。俺の人生はどこで狂ったんだろうな?
フェリクスはそう思いながら、気流のせいで僅かな揺れを感じさせる飛行機の中で窓の外を眺めた。
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本日の更新はこれで終了です。
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