『ストーム作戦』
本日1回目の更新です。
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──『ストーム作戦』
アロイスはブラッドフォードから小型の妖精通信機をプレゼントされた。
それはアロイスの“国民連合”に対する新しい支援への感謝の印であった。
「それで、今回は資金を渡すだけでいいのだろうか?」
『ええ。こちらには少しばかり金が出せない理由がある。人道と宗教問題です』
ティムリア社会主義共和国に侵攻した“社会主義連合国”に対する抵抗運動を支援するための予算はまたしても議会で否決された。今の反共保守派の政権与党からすらも反対票が出て、否決されたのだ。
理由は簡単。彼らが自由主義者じゃないから。
現地の抵抗運動の兵士たちは厳格な宗教の教えに則っている。その宗教というのが面倒だった。それは女性と子供の権利を制限し、前世紀的な価値観であり、自由主義とはほど遠いものだったのだ。
だが、彼らがいなければ、彼らが武装していなければ“社会主義連合国”に打撃を与えられない。“社会主義連合国”は既にティムリア社会主義共和国全土を支配しており、抵抗運動の兵士たちをテロリストと呼んで狩りだしている。
彼らに武器を与え、訓練し、“国民連合”の仇敵“社会主義連合国”に打撃を与えるためには、やはり金が必要であった。
国家安全保障会議と戦略諜報省が立案した『ストーム作戦』では現地の宗教的抵抗運動のために膨大な予算が必要とされていた。
エルニア国から“大共和国”の支援を受けたゲリラから鹵獲した銃火器を買い取って与え、“大共和国”製の対空ミサイル、対戦車ミサイルを第三国を通じて与え、訓練教官として退役した特殊作戦部隊の隊員を派遣して訓練を施す。
「言っては悪いが」
アロイスが言う。
「あなたたちはそこまで共産主義を叩くことに熱心でない気がするのだが」
アロイスはどうにも疑問だった。
確かに“国民連合”は『クラーケン作戦』で反共勢力を支援し、『フリントロック作戦』で共産主義者を暗殺している。
だが、議会は毎回毎回のように反共勢力を叩く予算を否決している。だからこそ、アロイスに仕事が回ってくるのだが、ここまでくると今の大統領が退いた後に両作戦が中止され、アロイスが庇護を失う恐れがあった。
今回の『ストーム作戦』においてもそうだ。“国民連合”議会は仇敵“社会主義連合国”を間接的にとは言え攻撃する機会を逸しているのだ。
政権がこのまま保守政党であっても、改革政党であっても、アロイスは冷戦が終わる前に庇護を失うのではないかと恐れていた。
『それは誤解だ、ミスター・アロイス。我々の敵は自由の敵だ。そういう意味では共産主義は“国民連合”の最大の敵だ。今の政権にしても、我々の政党にとっても。それに何もあなたひとりに全てを負担してもらおうとしているわけではない。こちらも負担を行っている。戦略諜報省は国家情報歳出委員会でチャールズ・ウィルソン下院議員の働きかけで、10億ドゥカートの予算を抵抗運動の支援に当てている』
「10億ドゥカート? 聞き間違いだろうか。私があなた方に渡した金は150億ドゥカートだぞ。それなのに、そちらのご立派な戦略諜報省は10億ドゥカート?」
勘弁してくれとアロイスは思った。
俺たちは本当に戦争をしているのか? 俺の渡した金は本当に共産主義と戦うために使われているのか? 実はそのチャールズなんとか議員の選挙資金に回されているんじゃないだろうな?
『これは手始めだ。それに我々と抵抗運動の間では価値観があまりに違いすぎる。将来的に昨日までの友人が明日の敵になることもあるのだ』
「確かにそれには同意する」
“国民連合”は昨日までの友になりかねない存在だ。価値観が違うのは抵抗運動を主導する宗教原理主義者たちと同じ。気づけば“国民連合”の敵になっていたという恐れは否定できないのである。
なんとも暗雲が立ち込めてきた。
『とにかく、我々は反共主義として共同歩調を取らなければ。あなた方の協力もあって、現地の抵抗運動は善戦している。我々の目的は紛争を泥沼化させることにある。我々自身が体験したように現地住民を懐柔できず、武力で制圧しようとすれば、紛争は泥沼化しやすい。“社会主義連合国”が多額の軍事予算を消耗し、その結果として共産主義の牙城のひとつが弱体化するのは望ましいことなのだ』
「そちらの言い分は分かっている。協力し続けるつもりだ。何年だろうと。それから忘れてほしくないが、西南大陸にも共産主義者たちは蔓延っている。共産ゲリラはそこら中にいて、自由主義政治を掲げる正当な政権を武力によって打ち倒そうとしている。我々は今、G24Nが嬉々として報道しているティムリア戦争だけに目を向けるべきではない」
G24Nは世界的なメディアコングロマリット──シルフ・ユニバーサルが独占提供しているニュース番組だ。その影響力は大統領の首すら挿げ替えられると言われてる。今の大統領が“社会主義連合国”をむやみに敵視し、第三次世界大戦を招くのではないかという論調で前々から報道し続けている番組だ。
戦略諜報省の長官もドラゴンだが、シルフ・ユニバーサルのCEOもまたドラゴンだ。
ドラゴンたちは少数派でありながらその富により“国民連合”の政治に多大な影響を及ぼしているのである。
『もちろんだ。西南大陸の共産主義勢力は危険な存在だ。我々の裏庭に入り込んだ害獣だ。撃ち殺してやらなければならない。その点についても戦略諜報省が支援を行っている。我々は西南大陸から共産主義者を一掃するつもりだ』
「だといいのだが」
その西南大陸の共産ゲリラを一掃するために、俺の結婚はふいになったんだからなとアロイスは思った。
「他に進行中の秘密作戦はないでしょうな? 我々に秘密にしている作戦はないでしょうな? そういう作戦があると我々としても困るのだが」
事実、『フリントロック作戦』はアロイスに秘密にされていた。それゆえに、アロイスは衝撃を受けたのである。
『私も戦略諜報省の作戦の全てを把握してはいない。私は国家安全保障問題担当大統領補佐官であって、情報戦については全面的な情報の開示が行われていないのだ。戦略諜報省の秘密に秘密を重ねる体質をあなたにも理解してもらえればいいのだが』
「分かった。だが、戦略諜報省が必ずこちらについているようにしておいてもらいたい。裏切りやペテンはなしだ。我々としても裏切られた場合には、世間に向けて情報が一部漏洩する可能性を考えなければならない」
『理解している。戦略諜報省からはよく意見を聞いておこう』
ブラッドフォードとアロイスはそれからひと言、ふた言言葉を交わすと、電話を切った。アロイスは電話が切れるともにため息を吐く。
「狸め。知らぬ存ぜぬを貫くか」
ブラッドフォードは『フリントロック作戦』については一言も口にしなかった。彼自身その作戦を全く知らないということはないだろうに。
「共産主義者が敵の間はこちらの味方でいてくれると思っていたが、この調子だとどうなるか分からないな。現政権の間は庇護は受けられるだろうが、政権が代わった途端……。ああ。畜生。最悪だ」
アロイスはそうぼやいて、煙草を吹かそうとして思いとどまった。
自分がハインリヒと同じ状態になりつつあることに気づいたのだ。
ストレスから逃れるために煙草や酒に頼ろうしている。
そんな自分に苛立ち、アロイスは煙草をしまった。
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