新しい作戦
本日2回目の更新です。
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──新しい作戦
結局のところ、アロイスはマーヴェリックに何の罰も下さなかった。
アロイスとマーヴェリックはまた愛人同士の関係に戻った。ベッドを共にし、ワインやビールを片手に雑談に花を咲かせ、寝起きのコーヒーを一緒に啜り、部屋を滅茶苦茶にしてマリーに苦言を呈されるという関係に戻ったのだ。
そう、何もかも元通り。
今もメーリア防衛軍は共産主義者を殺し続け、ヴォルフ・カルテルもそれに加担している。それでも元通り。汚職警官が活動家の頭に鉛玉を叩き込み、ドラム缶に入れて焼いている。それでも元通り。
アロイスはマーヴェリック──というよりも戦略諜報省のもたらした偽の情報で動いたが、彼は後悔はしていなかった。
アロイスの帝国を安定させるための敵は未だに健在だ。西南大陸の共産ゲリラは改革革命推進機構軍を始めとして、未だ活動中である。
ならば、何の問題もない。
アロイスの帝国は安泰だ。崩れることはない。
テレビがニュースを報じている。“社会主義連合国”が隣国ティムリア社会主義共和国に侵攻したというニュースだ。アロイスは共産主義者同士でも殺し合うのかと思いながら、質素な朝食を終えていた。
「色男さん。テレビなんて真剣に眺めてどうしたんだい?」
「別に真剣に見ているわけではない。ただ、ニュースを見ているだけだ」
「ニュースなんて退屈なだけだろ?」
「情報収集はどんな人間にとっても重要だ」
この世の中の何が自分を守ることに繋がるか分からない。
この戦争で“社会主義連合国”が敗北して、“社会主義連合国”が崩壊し、冷戦が終わるということはないだろう。だが、冷戦が終われば、アロイスたちは重要視されなくなる。もはや、西南大陸の共産主義勢力が第五元素兵器などで武装する恐れはないのだ。
共産主義者たちは援助してくれる国を失い、勢力は次第に弱まっていく。そうなれば、もはや反共主義を高らかと掲げる必要はない。これからは自由と博愛の時代になりますというわけだ。
そして、その自由と博愛の世界にドラッグカルテルの居場所はない。
ドラッグカルテルの供給するドラッグには冷戦が終わっても価値はあり続けるだろう。だが、もう“国民連合”は敵を倒すためにドラッグカルテルなどに頼ることを止めるはずだ。結局はそうなるのである。
“国民連合”の庇護を失ったアロイスがどうなるのか。
“国民連合”はすぐにはアロイスを見捨てたりしないだろう。アロイスはあまりに多くのことを知っている。逮捕するにせよ、殺害するにせよ、アロイスは保険を準備しておくつもりだ。
もちろん、マーヴェリックたちには内密に。
彼女たちは戦略諜報省の側に立っていることが分かった。アロイスの本当の味方とは言えない。保険は彼女たちに気づかれないように、カールのようなオチにならないように、慎重に準備しなければならない。
もはや“国民連合”を当てにできなくなることは確実だ。冷戦は永遠には続かない。両陣営が第五元素兵器を投げ合って世界が滅亡するか、“国民連合”か“社会主義連合国”のいずれかが崩壊するかして冷戦は終わる。
しかし、それは恐らくすぐにではない。
これから先、10年後、20年後の話だ。
この戦争は続く。いつまで続くかは分からないが、続くのだ。
アロイスが生まれたときには始まっていた戦争で、願わくばアロイスの人生が安定するまでは続いてほしい戦争である。
戦争を望むような人間は馬鹿だとアロイスは思っていたが、こういう立場になると、戦争を求めるものなのだなとアロイスは己自身に呆れながら、ニュースを流しつつ、新聞を読み始めた。
朝の穏やかなひと時。
それをアロイスは堪能していた。
ずっとこんな日々が続けばいいなとアロイスは思うも、結局この穏やかな日常は殺人とドラッグの密売で成り立っているのだということを思い出し、アロイスは首を横に振った。まだまだ穏やかな人生には遠い。
しかしながら、アロイスには使い切れないような大金があって、それは今も増え続けている。アロイス=ヴィクトル・ネットワーク、アロイス=チェーリオ・ネットワーク、西南大陸の軍事政権との取引、東大陸へのパイプライン。そして、それらで得られた現金を洗浄し、投資することによってさらに増える。
この大金があれば、もうドラッグビジネスから手を引いていいような気すらしてくる。だが、それはできない。
アロイスの突然の引退は“国民連合”を裏切ることに繋がる。“国民連合”は報復に出るだろう。アロイスが戦略諜報省の工作員に殺される可能性もあるのだ。ハインリヒのように。アロイスは自分を殺しにくるのが、マーヴェリックでも、マリーでもないことを祈った。
そんなとき、電話のベルが鳴った。
「もしもし?」
『ブラッドフォードだ。ニュースは見ているかね?』
「ええ。戦争が起きたようですね」
『近いうちに我が国が反体制勢力を支援することになるかもしれない。そのときはまたあなたにお願いしたいのだが』
「新しい資金援助ですか?」
『そうだ。お願いしたい』
「構いませんよ。その代わり、麻薬取締局への圧力を引き続きお願いします」
『それには応じているつもりだ』
そこまでで電話は切れた。
「誰から?」
「我らが友人ブラッドフォードから。金の無心だ」
「そりゃまた。新しい戦争がおっぱじまったからかね」
「どうだろうね」
アロイスはどうして“国民連合”が自分たちで金を出して、反共主義者たちを支援しないのか分からなかった。
“国民連合”に金がないことはない。金は溢れるほどあるはずだ。それでもアロイスたちを頼るということは彼らが非常に犯罪的な支援活動を行っていることを意味する。どうしようもなく、議会が承認しないほどに、政治が許さないほどに、非倫理的。
そういう作戦があればあるほど、アロイスは安泰する。そのような作戦を行っていたという事実を掴んでいることは保険になるのだ。“国民連合”のスキャンダルを握っているということは、それだけの権力になるのだ。
もちろん、これは危険を呼び寄せることを否定しない。
だが、それでもメリットの方が多い。
だから、アロイスも“国民連合”と踊る。ワルツを。血塗れの、内臓塗れの、汚物塗れの、イカれた音楽家が書いた正気を削ぎ取るような音楽に合わせて、でたらめなテンポで、踊り続ける。
その先にあるのが破滅か平穏か。分かるものか。
「マーヴェリック。今日は何か予定は?」
「共産主義者を焼くこと以外?」
「それ以外」
アロイスが尋ねる。
「なら、何もないよ」
「それなら『オセロメー』との講和交渉の護衛を頼めるか? 君が忙しいならばジャンとミカエルに頼もうと思っていたけれど」
「『オセロメー』の連中と講和するのか?」
「ああ。彼らを下部組織に加える。連中も一応使えるギャングだ。地方統治のために使ってやってもいいだろう。それにあの戦争で『オセロメー』から被った被害はほとんどない。そして、『ジョーカー』は最大の同盟相手を失う」
「チェックメイト、と」
「そういうこと」
「じゃあ、あたしが護衛しよう。マリーもね」
「よろしくたのむよ」
アロイスはそう言って新聞を畳んだ。
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