大使館にて
本日1回目の更新です。
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───大使館にて
ヴォルフ・カルテルの名前の分からない幹部とオスカー・オーレンドルフのふたりは“国民連合”大使館まで連行されてきた。フェリクスとエッカルトはドラッグカルテルが彼らを奪還しに来る可能性に備え、厳重な警備でふたりを運び込んだ。
「どうしたのですか、フェリクスさん……?」
「ドラッグカルテルの幹部だ。ブルーピルを取り扱っていた。護送のための航空機をお願いしたい。なるべく早く頼む」
「法律的な問題はないのですね?」
「ない。今は何も言わず、とにかく準備を進めてくれ」
「分かりました」
フェリクスとエッカルトは開いている部屋にふたりの幹部を閉じ込め、交代で見張ると、航空便が手配されるのを待つ。
「フェリクスさん、エッカルトさん。航空便の手配ができました。我々が護送しますので、あとはお任せを」
「いや。しかし、我々が……」
「本局の決定だそうですよ。貴重な捜査官を他の人間でもできる仕事に回したくないとか。あなた方はお帰りください」
「……分かった」
確かに“連邦”で暇をしている麻薬取締局の捜査官はいない。
ここまで来たのだから、後は大使館の人間に任せてもいいだろう。
「では、よろしく頼む。厳重に警護して航空便に乗せてくれ」
「分かりました。残りは我々にお任せを」
大使館からヴォルフ・カルテルの幹部とオスカー・オーレンドルフが連れていかれる。一段落したフェリクスたちは洗面所で顔を洗うと、コーヒーメーカーでコーヒーを入れてふたりでゆっくりと味わった。
「しかし、連中がブルーピルを持っていたという証拠だけで、“国民連合”に送って大丈夫だったのか? もっとこっちで調査してから送った方がよかったんじゃないか?」
「いや。大丈夫だろう。それに本局の連中に現場のことを知ってもらうのが目的だ。ブルーピルの供給源がヴォルフ・カルテルであり、ヴォルフ・カルテルこそ叩くべき相手だということを知ってもらわなければならない」
「あくまで宣伝用、か。立件は考えていないのか?」
「今後の捜査でブルーピルを“国民連合”に輸出していることが分かったら、立件することも考える。そうでないならば、キャッチ&リリースだな。知ってる情報は全て吐いてもらうから、証人保護が必要になるかもしれないが」」
「ドラッグカルテルの幹部に証人保護、か」
「連中も人間だ。そして、証人を守る意思を見せないと、他の幹部を捕まえたときに取引しない可能性がある」
「それもそうだな」
暫しの沈黙が流れる。
「……なあ、本当に上手くいくと思うか?」
「できることはやった。後は本局次第だ」
「俺はどうにも引っかかるものを感じてならないんだが」
エッカルトはそう言いつつ、飲み終わったコーヒーのカップをゴミ箱に放り投げた。ストンとゴミ箱に紙コップは入り、フェリクスが拍手を送る。
「引っかかるものというと、何だ?」
「スムーズにいきすぎている気がする。俺たちのこれまでの努力と失敗を考えてみろよ。それがこんなに簡単に幹部の逮捕ときた。引っかからないか?」
「確かに」
上手く行き過ぎた感は否定できない。
「だが、今回は俺たちに情報があり、地道な努力もあった。それが実っただけだろう。相手の罠だとかそういうことは考えられないはずだ」
今まで失敗続きだったせいで、成功体験に慣れていないとフェリクスは思う。
だが、これからは成功していくのだ。そして、ヴォルフ・カルテルを追い詰める。
「では、そろそろホテルに戻るか」
「オメガ作戦基地じゃなくて?」
「経緯は海兵隊員が報告しているはずだ」
フェリクスも飲み終えたカップをゴミ箱に投げ入れ、大使館を後にする。
彼らはSUVでホテルに戻る。途中、道路が工事中になっており、そこを迂回して、狭い通路に入り、それからしばらく進んだ時だった。
前方を進んでいたバンが急停止し、後方からも迫って来たバンが挟み込むかのような形で停車した。この時、フェリクスたちは嵌められたということに気づいた。
バンから男たちが降りてきて、魔導式短機関銃をフェリクスたちに向け、降りろというようにボンネットを叩く。
フェリクスたちは仕方なく、車を降りる。
「何か用か?」
「あんたらにはちょっと付き合ってもらう」
男がそう言うとフェリクスが後ろ手に手錠をかけられ、麻袋を被せられる。
そしてフェリクスたちは乱雑にバンに押し込まれた。
それからそのままバンは走り去っていく。
次にフェリクスが見たのは目出し帽姿の装備がバラバラの男たちだった。
「フェリクス・ファウスト特別捜査官、だな?」
「それがどうかしたのか?」
「確かめただけだ」
男は小さく笑う。
「いいか。これは警告だ。ヴォルフ・カルテルに手出しをするんじゃない。理由を問うなよ。お前はただこちらの指示に従っていればいい。そうすればお前が健康である分には長生きできる。分かったか?」
「分からないね。どうしてヴォルフ・カルテルを追ってはいけない?」
フェリクスがそう言った時、フェリクスの頬が魔導式拳銃のグリップで殴られた。
「いいか。これ以上は言わない。ヴォルフ・カルテルに手を出すな。いくら妻子をセトル王国に逃がしたからと言って安全になったと思うなよ。我々はいつでも手が出せるんだ。俺の言っていることが分かるか?」
「クソ野郎」
「理解したようだな」
男は再びフェリクスに麻袋を被せる。
「馬鹿なことは考えるなよ、フェリクス・ファウスト特別捜査官。我々の手はどこまでも長い。エルニア国に逃がそうと同じことだ」
男は最後にそう言ってフェリクスたちを再びバンに放り込んだ。
次にフェリクスの麻袋が取り払われたのはホテルの前であった。
手錠は外されており、フェリクスとエッカルトは顔を見合わせる。
「やられたな」
「ああ、やられた」
ふたりは立ち上がると、ホテルに向かっていく。魔導式拳銃以外の所持品はそのままだった。つまりは物取りの犯行ではないということ。
あれは恐らく、カルテルの人間の仕業だったのだろうとフェリクスは思う。
「フェリクス。悪いニュースだ」
「なんだ?」
「ホテルに伝言があった。護送中だった2名のドラッグカルテルの幹部が奪還されたそうだ。引き渡しは失敗だ」
「畜生」
大使館を出発した護送車列は襲撃を受け、ヴォルフ・カルテルの幹部とキュステ・カルテルのオスカー・オーレンドルフは逃がすことになってしまった。
結局のところ、フェリクスたちは何も得ることはできなかった。
「お前も脅されたか?」
「ああ。家族を殺すと言われた。お前もか?」
「セトル王国に逃がしているが、それでも手は届くと言われた」
「畜生。こうなるともうどうしようもないな」
エッカルトが肩をすくめる。
「いいや。俺は捜査を続ける。ここまで脅迫してきたということはヴォルフ・カルテルには知られたくない何かがあるということだ。“連邦”最大のドラッグカルテルであることなどな」
「しかし、家族が……」
「俺は家族を捨てる。エッカルト。お前は好きにしてくれ。付き合いきれないなら手を引いてもいい。ついて来たいなら、リスクを覚悟してくれ」
「ああ。畜生。そう言われて引けるわけがないだろう」
フェリクスとエッカルトは決意を新たに、ヴォルフ・カルテルと対峙する。
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