進むアカ狩り
本日2回目の更新です。
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──進むアカ狩り
今の“連邦”は沈黙こそが生き残るための手段であった。
一部の例外を除いて。
「マリー。どうだった? 男は何か吐いたか?」
「何も。これも役に立たない捕虜。マーヴェリックの玩具にしていい」
「そうか」
アロイスはアカと一口に言っても、様々な種類が存在することを知った。
武装革命路線を取る派閥や合法的な手段での政権獲得を目指す派閥。多国間協調主義を掲げる派閥と民族主義を掲げる派閥。その他、アカの世界はコンビニのお菓子の種類より多いのではないかと思われるぐらい多かった。
だが、肝心なのは誰がアロイスの顔に泥を塗ったかである。
アロイスは汚職警官の逮捕したアカを拷問して確かめようとしていた。どの派閥がアロイスを激怒させるに至ったかを。
それからもうひとつ、アロイスたちは行動に出ていた。
メーリア防衛軍の支援である。
「メーリア防衛軍は本当に使い物になりそうなのか?」
「まあ、素人よりはマシだね。あたしたちが直接出張る必要はない。ジャンとミカエルを派遣しておくだけでどうにかなる話だ。あのふたりなら、長年にわたって“大共和国”に訓練された歩兵部隊との戦闘技術を身につけているから問題ないだろう」
アロイスには未だによく分からないが、歩兵戦術ひとつをとっても、“国民連合”やエルニア国と言った西側のものと、“社会主義連合国”や“大共和国”と言った東側のものでは大きな差異があるそうだ。
迫撃砲などと言った歩兵の持てる火力を重視するかとか、機関銃の使用方法とか、戦車との連携とか。そういう部分で差が出るそうだ。
だが、マーヴェリックが言ったようにジャンとミカエルはエルニア国出身だ。“大共和国”や“社会主義連合国”と言った東側のドクトリンにも通じている。彼らがどのような戦術を選択し、それに対してどう対抗するべきかを理解しているのだ。
改革革命推進機構軍は“社会主義連合国”と“大共和国”の軍事顧問を受け入れて、訓練されてきた組織である。彼らがそのふたつの陣営の歩兵ドクトリンを強く受け継いでいるのは明白であった。
東側のドクトリンは基本的に戦車が主役となるのだが、歩兵戦術で言えば、軽歩兵で戦線後方への浸透を目指し、機動力を重視するのが東側の歩兵ドクトリンだ。これに戦車と本格的な砲兵が加わることによって、西側の防衛線を破壊するのである。
装備も軽量で高火力のものが重視され、軽装歩兵が機動戦を戦うのに相応しい武装になっている。敵装甲車両を相手にする装備も、東側の方が充実している。
西側は航空優勢を握れるという前提条件で行動しており、対戦車戦闘も対砲兵戦闘も航空戦力が爆撃することによってなされる。東側の対戦車火力と比較すると、西側の対戦車火力は自己完結してるとは言い難い。
それでも西側は歩兵の全体的な火力を重視している。迫撃砲は口径60ミリの軽迫撃砲から口径240ミリの自走重迫撃砲に至るまで、砲兵に頼らず、自分たちで敵の歩兵を火力によって圧殺するということを重視している。
どちらも一長一短。明らかに優れているというドクトリンは存在しない。
だが、現状を見てみると東側のドクトリンは貧乏な国のゲリラにも適用できることが分かる。メーリア防衛軍が迫撃砲や榴弾砲、航空支援まで持ち出しているのに、改革革命推進機構軍は未だに粘っている。それどころか、メーリア防衛軍の隙を突き、反撃に転じるケースすらもある。
概ねの戦闘ではメーリア防衛軍が勝利しているものの、局地的には改革革命推進機構軍の勝利も見られる。
つまりはいつひっくり返されるのか分からないということ。
このまま戦い続けて、改革革命推進機構軍に打撃を与えるためにはメーリア防衛軍だけに任せていてはダメだろう。
それと同時にメーリア防衛軍には改革革命推進機構軍を殲滅してもらっても困るのだ。アロイスが“国民連合”から庇護を得ているのはひとえに西南大陸の共産主義勢力との戦いのためであり、そこが崩れると、“国民連合”がアロイスたちを見限る可能性があった。それだけはごめんである。
敵は残しておかなければならない。ただし、連中が苦境に沈んだ状況で。二度とヴォルフ・カルテルに盾突かないようにしておいて。
その点では学生運動家や教師、聖職者にも同じことが言えた。
連中が左派思想、共産主義者、容共的である限り、殺さなければならない。だが、連中を根絶やしにするわけにはいかない。連中を息も絶え絶えの状況で生き残らせ、その上で連中が改革革命推進機構軍に加わるか、それを支援する立場になってもらわなければならないのだ。
あの『ジョーカー』、『オセロメー』、旧シュヴァルツ・カルテルの人間は皆殺しにしてしてもいい。連中はドラッグカルテルの敵であるが、“国民連合”の敵ではない。少なくとも今の反共保守政権にとってはどうでもいい存在だ。
連中を適時麻薬取締局に捧げつつ、アロイスは改革革命推進機構軍を追い詰める。
そうすることでヴォルフ・カルテルは安定するのだ。
「マーヴェリック。残りは好きにして」
「あいよ。まずはどこから焼いてやろうか」
マリーの拷問を受けた活動家や改革革命推進機構軍の捕虜が拷問から解放され、処刑へとフェーズを移す。マーヴェリックが最近お気に入りのやり方は、時間をかけて弱火でじっくり焼き上げる方法だった。一気に炎上させず、炎が下半身から上半身までゆっくりと登っていくのである。
マーヴェリックが今さらどれほどサディスティックなやり方を思いついても驚くことはない。彼女はサイコなサディストなのだ。獲物をいたぶるためならば、何日でもかけるだろう。そういうところもアロイスは気に入っている。
アロイスもまた破滅の臭いを嗅ぐのを好んでいるからである。ただし、他人の破滅に関してのみ、だが。自分の破滅を想像するほど、アロイスはマゾヒストではない。
「マリー。何か情報は?」
「これといったものは。あなたは共産主義者の恨みを買っているということが分かっただけ。あなたはかなり共産主義者から恨みを買っている。少数民族弾圧の件で、『ジョーカー』に向かわなかった勢力が改革革命推進機構軍に加わっている。そういう連中との連帯を示すために、改革革命推進機構軍は動きに出た可能性もある」
「共産ゲリラなんて取るに足らないと思っていたが」
それがアロイスの本音であった。
共産ゲリラなんて気にする必要はない。放っておいても自滅する。そうならないようにアロイスはメーリア防衛軍のネーベ将軍とともにドラッグ取引を改革革命推進機構軍と始めたのである。
アロイスたちには金が入り、改革革命推進機構軍には武器が入る。
全員が得をするはずの取引だったのに、改革革命推進機構軍が台無しにした。
今や改革革命推進機構軍が生き残るか否かは、“社会主義連合国”と“大共和国”の援助にかかっている。彼らが支援を打ち切れば、改革革命推進機構軍は勢力が急激に衰え、それこそ壊滅してしまうだろう。
アロイスはその前に戦争を止めるつもりだ。
「ハハハ、見なよ。こいつ、焼けながら踊ってやがるぞ」
マーヴェリックが金属製の椅子に縛り付けられて、悶え苦しみながら、踊るように身をひねらせる捕虜を指さして笑う。
戦争は終わらせない。戦争が終わったらマーヴェリックの狂気を収容する場所がなくなるじゃないか。
アロイスはそう思いつつ、僅かに笑みを浮かべた。
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