取引の破談
本日1回目の更新です。
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──取引の破談
メーリア防衛軍と改革革命推進機構軍が激しい戦闘を繰り広げていると聞いて、フェリクスたちは少しばかりの衝撃を覚えた。
フェリクスたちは改革革命推進機構軍はドラッグ取引を行っており、その相手はメーリア防衛軍だと思っていたからだ。
だが、本格的な戦闘が始まり、ジャングルがナパーム弾で焼き払われるのを見て、状況はいささか違うのだということが分かってきた。
「『ジョーカー』のドラッグの最近の仕入れ先が分かった」
オメガ作戦基地でヴィルヘルムがそう言う。
「改革革命推進機構軍だ。連中からスノーホワイトを仕入れて、それを加工し、人間ドラッグ袋にして“国民連合”に送り込んでいる。『ジョーカー』も改革革命推進機構軍も、まだ戦えているのはドラッグのおかげだ」
「ドラッグ頼りで戦争とは」
ヴィルヘルムの言葉にエッカルトが呆れたようにそう言う。
「だが、最初から取引相手は『ジョーカー』だったのですか?」
「それは分からない。両者ともに最近始まったヴォルフ・カルテルとの抗争とアカ狩りで危機に立たされていた。そこで両者が手を組んだということも考えられる」
「危機において団結した、ですか」
確かにそれはあり得そうな話だ。
だが、どうにも引っかかる点もある。
改革革命推進機構軍は追い詰められるまではどこと取引をしていた? どうして『ジョーカー』なんて性質の悪いギャングと取引することになった?
アカ狩りを行っているのは主に汚職警官だという報告が出ている。だが、それならば汚職警官の飼い主であるドラッグカルテルが無関係だとは思えない。アカ狩りを唐突に始めたのは、ドラッグカルテルの都合ではないのか?
しかし、それではドラッグカルテルがアカ狩りを行う理由が分からない。
連中はイデオロギーとは無縁の存在のはずだ。
「少し、現場に行って、様子を見てきたいと思います」
「現地は危険だ。何が起きるか分からない」
「今や“連邦”中が危険地帯です」
“連邦”のどこに安全地帯があるというのだ。
そこら中で人が殺され、死体は吊るされている。惨たらしく焼き殺された死体が異臭を放っているのに誰もそれを下ろすことができない。勝手に死体を下ろせば次に吊るされる死体は自分のだと分かっているのだ。
「そういうならば止めはしないが、ヘリと護衛をつけよう。我々も“国民連合”の麻薬取締局捜査官に死なれるというのは困るのだ。彼らが死人を出し、局長が議会で袋叩きにされ、その結果として“国民連合”がドラッグ問題から遠ざかるのは望ましくない」
「分かりました。護衛とヘリをお願いします」
「手配しよう」
ヴィルヘルムが部下に命じ、汎用ヘリが準備される。フェリクスはボディアーマーを身に着けてそれに乗り込み、エッカルトはそれを見送る。
「気を付けろよ! 何が起きるか分からないからな!」
「分かっている! 俺も命は惜しい!」
ヘリのローター音に負けない声でエッカルトとフェリクスが言葉を交わすと、フェリクスはヘッドセットをつけて、シートベルトを締めた。
ヘリはオメガ作戦基地を離陸し、ジャングル地帯を目指す。
『まもなく、ジャングル地帯です。どこに降りますか?』
『地図のこの地点に』
フェリクスが指さしたのは、以前マインラート司教と会った場所だった。
マインラート司教ならば現状について何か知っているかもしれない。フェリクスはそう考えたのである。そもそも、改革革命推進機構軍がドラッグ取引を行っているという情報をもたらしてくれたのはマインラート司教だ。
彼らならば今の状況についても何か知っているかもしれない。そう思って、フェリクスはマインラート司教のいた難民キャンプに飛んだ。
『地図の位置、上空です。どこに降下しますか?』
『あそこに頼む』
フェリクスは人気の少ない場所を指さす。
ヘリは降下していき、まずは護衛の海兵隊員が降り、周囲の安全を確保してからフェリクスがヘリを降りた。
フェリクスたちはヘリのダウンウォッシュで巻き上げられる砂埃から目と口を守りつつ、上空から見えたマインラート司教の難民キャンプを目指して進む。
「誰か来た!」
「追い払え! 連中はヘリから降りてきたぞ!」
難民キャンプの方からは怒声が響く。
フェリクスたちは難民キャンプの住民を刺激しないように魔導式自動小銃の銃口を下に下ろし、フェリクスは両手を見える位置に置いて難民キャンプに近寄る。
「おお。君はいつぞやの」
やがて様子を見にマインラート司教がやってきた。
「フェリクス・ファウストです、マインラート司教。今日は伺いたいことがありまして。よろしいでしょうか?」
「構わないが、武装した兵士たちはヘリの傍にいてもらえるかね? 銃を見ると怯える住民も少なくないのだ」
「分かりました」
フェリクスが自分に付けられた海兵隊の護衛チームのリーダーに後退を指示すると、彼らはヘリまで下がっていった。
「それで聞きたいこととは?」
「ここ最近のアカ狩りについてです。改革革命推進機構軍がメーリア防衛軍の猛攻を受けていると聞きましたが、本当にメーリア防衛軍だけの攻撃ですか?」
「他に何かいると?」
「ドラッグカルテル」
「ふむ」
マインラート司教は考え込む。
「確かにメーリア防衛軍だけでは攻撃は上手くいかないだろう。武器が足りない。兵士が足りない。その他活動資金が足りない」
「それをドラッグカルテルが肩代わりしている可能性は?」
「私にはそこまで断言することはできない。だが、以前の少数民族に対する攻撃では、明らかにドラッグカルテルが関わっていた。あれは他のドラッグカルテルが少数民族を兵士にするのを阻止するための軍事行動だったのだ」
「証拠はありますか?」
「証言ならばある。統率はされているが、国軍でもメーリア防衛軍でもない武装勢力に襲撃されたとの証言がある。そして、彼らが見た小型機などは、何と言ったかな……そうだ『ジョーカー』というドラッグカルテルとの戦闘にも使用されている」
「確かですか?」
「神の名に懸けて。確かだ。私は少数民族を攻撃していたのと全く同じ小型機が『ジョーカー』を攻撃しているのをみた。その小型機はメーリア防衛軍が所有しているものとも異なる機体であったよ」
フェリクスはその証言を本当に信頼していいのだろうかという気持ちになりつつあった。ドラッグカルテルとメーリア防衛軍を結びつけるには些か弱い。
「私の証言は裁判では使用できないだろう。信憑性を疑われるはずだ」
フェリクスのそんな心を読んだかのように、マインラート司教が述べる。
「だが、捜査の糸口にはなるのではないかな? 一度、メーリア防衛軍の基地を航空偵察してみるといい。精製施設が見つかるはずだ。そこからどこのドラッグカルテルにドラッグが流れたかまでは私には分からないが」
「参考にさせていただきます」
メーリア防衛軍の基地を航空偵察することを“国民連合”政府には頼めないだろう。彼らにとってメーリア防衛軍は友人なのだ。
「いいかい、ファウスト捜査官。これだけは忘れてはならない。君たちがやるべきはドラッグカルテルのボスを抹殺することではなく、弱者を助けることなのだ」
「理解しています」
フェリクスはそれから難民キャンプの悲惨さを紹介された。
ナパーム弾の炎に体を焼かれた少女。地雷を踏んだ農夫。銃弾を受けて手を切断せざるを得なくなった男。
この難民キャンプの資金は“国民連合”の支援で成り立っている。
だが、この戦いそのものが“国民連合”からもたらされるドラッグマネーによるものだと考えると皮肉なものを感じた。
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