大学での大惨事
本日1回目の更新です。
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──大学での大惨事
メーリア・シティ大学で事件が起きたのはドラッグカルテルによる左派活動家に対する弾圧が始まってから4週間後のことだった。
大学のキャンパスに火炎瓶と魔導式猟銃で武装した学生活動家たちが押し入り、理学部の学部棟のひとつを占拠したのである。この際警備員2名が死亡。1名が重傷を負った。そして、占拠を実行した学生運動家は理学部の教授たちを人質に取り、政府に対して要求を行った。
要求内容はこうである。『ただちにこの国のドラッグカルテルへの取り締まりを始め、先の広場での虐殺に誰が関与していたかを明らかにするように。それから汚職警官をただちに警察機構から排除するように』と、そう要求した。
“連邦”の政府は交渉を続けるふりをして、軍警察の特殊作戦部隊を動員した。
狙撃手が配置に就き、突入部隊が地下からの突入と地上からの突入の両方からのアプローチを試みる。
「我々は暴力には屈しない!」
それはそうだとアロイスは思う。
こいつらも暴力を振るって大学を占拠したんだ。だが、奴らに抜けているのは暴力はより大きな暴力によって覆されるということだ。
『こちらの準備はできています』
「やれ」
軍警察の軍人たちは『ジョーカー』を見限り、ヴォルフ・カルテルについた。今、大学で政府の命令で突入準備を進めている軍警察の特殊作戦部隊もヴォルフ・カルテルの影響下にある。
「突入命令だ」
「3カウント」
3秒間のカウントののちに地上部隊と地下部隊が同時に突入した。
地上部隊は大学の壁を破壊して突入し、地下部隊は床を破壊して突入する。
スタングレネードが爆破と同時に放り込まれ、運動家たちの動きを鈍らせる。
突入部隊が真っ先に狙ったのは運動家たちではなく、火炎瓶を収めた箱だった。彼らは火炎瓶を銃撃し、炎上させる。その爆発的な炎上に巻き込まれて、運動家たちが火達磨になってのたうち回る。
そして軍警察の特殊作戦部隊がひとりずつ射殺していく。情け容赦なく、ひとりひとりを確実に射殺していく。当初から逮捕という選択肢は存在しなかった。それもそうだろう。法廷ドラマなどやられては面倒なのである。
誰ひとり法廷に立たせるつもりもなく、軍警察の特殊作戦部隊は運動家たちを射殺していく。運動家は教授たち大学職員を盾にしたが無意味だった。軍警察の特殊作戦部隊は人質ごと射殺し、一部屋ずつクリアにしていく。
狙撃部隊も運動家の姿が見えたら、即座に射殺していた。武装・非武装の区別なく、姿が見えただけで運動家たちが射殺される。その中のひとりが火炎瓶を持っており、火炎瓶ごと運動家が火だるまになり、火の手が上がり始める。
軍警察の特殊作戦部隊はは火の手に警戒しつつ、生き残っている運動家を処理していく。仲間の傷を手当てしていた運動家が射殺され、怪我人が射殺され、抵抗する意志がないと両手を上げていた運動家が射殺される。
射殺。射殺。射殺。
マスコミは一連の状況を極悪なテロリストが立て籠もった大学のキャンパスを軍警察が必死に奪還していると報告していた。
軍警察の狙撃手が銃弾を放つごとに歓声が上がり、教職員などの大学職員の家族は家族の無事を祈っていた。だが、軍警察の特殊作戦部隊は人質を奪還せずに、皆殺しにして事件を終わらせようとしているとは誰も思いもしていなかった。
軍警察の突入から暫く経って、火炎瓶の炎が噴き出すのに悲鳴が上がる。
関係者の家族は大学に押し入ろうとしたが、二重三重に包囲された大学のキャンパスには民間人もマスコミも入ることはできなかった
大学のキャンパス内では軍警察による虐殺が続き、人質も活動家も両方が射殺されていた。時折、妖精通信で部隊が状況を報告する以外には沈黙が流れ、サプレッサー付きの魔導式自動小銃で運動家たちは射殺されて行く。
ここに来て何を思ったのかは分からないが、軍警察の特殊作戦部隊が迫るのに、運動家たちの反応は別れた。一方は徹底抗戦と自決を選び、一方は軍警察への投降を選んだ。投降するグループは徹底抗戦を訴える運動家の指導者から離れ、軍警察に両手を上げて地面に膝をついた。
そして、全員が頭を撃ち抜かれて死んだ。
徹底抗戦派は軍警察の特殊作戦部隊の姿が見えるなり、火炎瓶を投げ込んだ。炎が広がり、軍警察が行く手を遮られる。
だが、それも一時的なものに過ぎなかった。軍警察の特殊作戦部隊は消火器で炎を消し、制圧射撃を実行しながら運動家の陣地に突入する。魔導式自動小銃が乱射され、運動家たちは次々に銃弾になぎ倒されていく。
「クリア」
「クリア」
そして、大学のキャンパスの全てが軍警察の制圧下に入った。
軍警察はこれまで射殺してきた死体を一か所に積み上げると、火炎瓶で炎を放った。“連邦”のお粗末な法医学では射殺が先か、焼死が先かを区別できない。
そして、ここが理学部の学部棟だったのも幸いした。
火炎瓶の炎は危険な薬品の収められた研究室の薬品棚に達し、大爆発を引き起こした。理学の学部棟は炎に完全に包まれ、軍警察が撤退すると、消防が駆け付けた。
消防が消火作業に当たる中、軍警察の司令官が記者会見に応じていた。
「卑劣にも“連邦”の学府を荒らし、職員たちを殺害したテロリストは、一掃されました。不幸なことに多くの人質が犠牲になりましたが、我々の決断に間違いはなかったものと思われます。“連邦”を脅かす共産主義の脅威はまたひとつ葬られたのです」
軍警察の司令官は話をそれで終わらせた。
その後、各マスコミが大学を襲った大惨事について報じたが、軍警察の判断は正しく、悪いのは全面的に運動家たちだという論点で報道が行われていた。誰も軍警察を批判しないし、誰も活動家たちを擁護しない。
マスコミは薄々と気づいているのだ。
政府の裏にはドラッグカルテルがいて、今の警察を動員したアカ狩りの背景にはドラッグカルテルが関わっていることを。
マスコミは沈黙を選んだ。ドラッグカルテルによって、警察によって、ありとあらゆる捜査機関があらゆる方法で左派の活動家と容共主義者を殺害しているのを、見て見ぬふりをした。代わりに馬鹿馬鹿しいバラエティー番組を増やし、目先の脅威から市民の目を逸らさせた。
「軍警察はよくやったね」
「だな。人質なし、生き残りなし。完璧だ」
マーヴェリックとアロイスがニュースを見ながらそう言葉を交わす。
軍警察すら支配下に収めたアロイスたちのアカ狩りは加速した。
“連邦”のあちこちで、政府とドラッグカルテルの横暴なやり方を非難する声が上がったが、それらは全て違法行為として処理され、容赦なく弾圧された。
学生運動家はどこかへと連行されたまま帰ってこず、教師たちは職を失った上に刑務所に叩き込まれた。刑務所は極悪犯罪者と同じ刑務所で、陰湿ないじめや暴行、強姦などの刑務所式の洗礼を受けた教師たちは出てきたときには精神が崩壊していた。
聖職者は概ね保守派であり、現政権の支持者たちであるが、中にはこの“連邦”の人道危機を前に声を上げるものたちもいた。
そういう煩わしい聖職者にもアロイスは消えてもらった。
教会で、通りで、刑務所で。いたるところで聖職者たちもが死に始めた。
それでも国際世論はピクリとも動かない。
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