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それぞれの道

本日1回目の更新です。

……………………


 ──それぞれの道



「シャルロッテ! 無事か!」


 燃え上がる建物の中にフェリクスは突入し、近くにあった消火器を手に取ると、それで火を消しながら、オフィスの中に入っていく。


「こっちです! げほっ……」


 シャルロッテたちは炎上するオフィスから離れた別の部屋にいた。


「早く逃げるんだ! 火の手が回るのが早い!」


「編集長が撃たれて……!」


「見せてくれ」


 フェリクスは編集長の傷を見る。


「内臓をやられている。出血が酷い。すぐに治療を受けなければ」


「助かるんですか!?」


「いや。厳しいかもしれない」


 編集長は9ミリ拳銃弾を腹部に2発、肩に1発受けていた。内臓が破れている。内臓出血が激しく、このままでは出血性ショックで死亡だ。


「俺が運ぶ。急いでここを出るんだ」


「分かりました」


 シャルロッテと姉が頷き、フェリクスは負傷した編集長を抱えて燃え上がるオフィスからの脱出を急ぐ。火炎瓶というのは馬鹿にならない武器で、下手な手榴弾よりも厄介な場合がある。ドラッグカルテルは好き好んでこの武器を使っている。


 フェリクスたちは無事に燃え上がる建物から脱出すると、編集長を乗せ、病院に急いだ。この街にもドラッグカルテルが建てた病院がある。皮肉なことだが、今たよりになるのはその病院しかないのだ。


「急患だ。撃たれている。見てくれ」


「申し訳ありません。銃創の患者は見られないんです」


「どうしてだ!?」


「その、トラブルになりますので……」


 救急外来の看護師は委縮したようにそう言う。


 ああ。ここはドラッグカルテルが建てた病院なのだなとフェリクスは実感する。


 自分たちが撃った相手を治療などしないわけだ。恐らくはドラッグカルテルは病院に助けるべき患者とそうでない患者を指示しているに違いない。


 ここで看護師を責めても、医師を責めてもどうにもならないことをフェリクスは理解した。運ぶ病院を間違ったのだ。どうしようもない。


「フェリクスさん! フェリクスさん! 編集長が……!」


「ダメだ。この病院では診てもらえない。ここはドラッグカルテルの病院だ」


「そんな……」


 シャルロッテが絶望した顔を浮かべる。だが、どうにもならない。


「死んだわ」


 シャルロッテの姉カサンドラがそう言った。


 編集長は死亡していた。出血が激しすぎたのだ。


「畜生。畜生。畜生!」


 フェリクスが怒りから叫ぶ。


 助けられたはずの命だった。フェリクスが到着するのがもう少し早ければ、この病院が編集長を受け入れていてくれたなら、彼の命は助かったかもしれないのだ。そのことを悔いてフェリクスは叫ぶ。


「私たち、これからどうすればいいんでしょう……」


「決まってるでしょ。オフィスに戻って仕事をするの。このことを記事にするのよ」


 カサンドラはそう言って立ち上がった。


「待て。もうやめるんだ。君たちは見せしめの目標にされたんだぞ? これ以上、連中の暴力と戦えるのか? 警官も、病院すらも頼りにならないと言うのに」


「やらなきゃならないんだよ! 人の死を無駄にしろっていうのか! 編集長は命をかけてこの仕事をしていた! 私たちも命をかけて報道する! たとえ、ちんけな地方紙にもそれだけの意地はある! ドラッグカルテルの標的にされていようとも!」


「それで犠牲になった君のことは誰が報道するんだ! 君の妹か!?」


「そうだ。私の死はロッテが報道する。連中に報道の自由を簡単に踏みにじらせたりなどしない。私たちはドラッグカルテルを批判し続ける。あんたがドラッグカルテルを追い続けるように」


「……っ!」


 フェリクスはそこでシャルロッテを見た。


「お姉ちゃんの好きにさせてあげてください。お姉ちゃんの人生ですから」


「君はどうするんだ? 君もまたあのオフィスに戻るのか?」


「私は……」


 シャルロッテは無言で首を横に振った。


「いいよ。あんたはあんたの道を行きな。誰も責めはしない。あんたの人生なんだ。誰かに指図されて生きるものじゃない」


 カサンドラはあっさりとそう言った。


「お姉ちゃんも一緒に……!」


「ごめんだよ。私は私の一生を自分で決める、ドラッグカルテルにも、麻薬取締局にも、どうこうさせたりなんてするものか。私は文句のない、自分の人生を生きるよ」


「やだよ、そんなの……! 編集長は殺されちゃったんだよ? お姉ちゃんだって狙われているかもしれないんだよ?」


「ああ。狙っているだろうさ。だから、こっちから仕掛けてやるよ。地元紙とは言えどジャーナリズムを敵に回したことを、ドラッグカルテルの連中に心底後悔させるような記事を書いてやる」


 カサンドラの決意は固く、シャルロッテがいくら説得しても無駄であった。


「分かったよ。ばいばい、お姉ちゃん」


「ああ。さようなら、ロッテ」


 カサンドラはタクシーで焼け落ちたオフィスに戻っていった。


「シャルロッテ。俺の泊っているホテルに来るといい。エッカルト──相棒の部屋が空いている。エッカルトは俺とは別の道を進んだよ」


「みんな、それぞれに道を進むんですね」


「ああ。誰かの言いなりにはならない。確かにその通りだ。俺も我を通す。誰かの言いなりにはならない。それがたとえ、“国民連合”本国の麻薬取締局本局の指示であったとしても。この抗争で本当に得をするのは誰かを見つけ出す」


「私は……私にできることをします」


「ああ。そうするといい」


 編集長の死体は後日埋葬されたが、葬式にカサンドラは参加しなかった。


 彼女は編集長の死を報じた。ジャーナリズムが弾圧されている“連邦”の今を伝えた。真実を探るものも、真実を報道するものも、暴力によって抑圧される“連邦”の惨たらしい今を、世界中に報道した。


 彼女の報道は評価され、皮肉なことに“国民連合”のジャーナリスト団体によって評価され、報道の自由を守ったものに授けられる賞を授与されることになった。


 だが、彼女がその賞を授与されることはなかった。


 彼女はドラッグカルテルの暴力の現実を伝えた6日後に魔導式短機関銃で蜂の巣にされたからだ。車で移動しているところを射殺された。まだ32歳という若さであった。


「シャルロッテ。無理はするな」


「してません」


 葬式の席で彼女は姉を讃える言葉を述べた。涙ながらに。


「姉は勇敢なジャーナリストでした。どんな暴力にも屈せず、どんな恐怖にも屈しませんでした。私は姉のことを誇りに思います。永遠に」


 カサンドラの遺体は新教式に火葬にされ、カナリス家の墓に埋められた。


「大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。けど……」


 シャルロッテが目を俯かせる。


「私はお姉ちゃんのようには生きられない。そう思います。怖くなったんです。これまではドラッグカルテルの非人道的な行いに怒りを覚えていました。それはある意味では私とドラッグカルテルの間に壁があったからだと思います。殺されるのはあくまで他人。そんな思いがあったんだろうなって」


 シャルロッテがぽつぽつと語る。


「けど、今回の暴力は身内に降りかかった。フローラさんも、パウラさんも、親しい人たちであったけれど、やはり他人でした。だけれど、編集長もお姉ちゃんも本当に親しい人。お姉ちゃんとは血が繋がっている。だから……」


「無理をする必要はない」


「私、怖くなったんです! 怖くなったんです! もしかしたら、自分もというのが現実に思えてきて、怖くなったんです! 記者、失格ですよね。お姉ちゃんに怒られます」


「当然の感情だ。今はゆっくりと休むんだ」


「はい……」


 葬儀は終わり、フェリクスたちはホテルに戻った。


 死者を墓場に残して。


……………………

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