炎はペンよりも強し
本日2回目の更新です。
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──炎はペンよりも強し
フェリクスは困惑と怒りの感情に押しつぶされそうだった。
ドラッグカルテルは再び抗争を始めた。“連邦”の各地が戦場になっている。連中は民間人の犠牲者になど構うことなく、街中で銃撃戦を繰り広げ、時として民間人そのものを狙って攻撃を行っている。
どうしてこんなことになった?
フェリクスは額を押さえる。
今や“連邦”は魔女狩り状態だ。『ジョーカー』や『オセロメー』、そして旧シュヴァルツ・カルテルなどと言った3大カルテルに反発する人間は撃ち殺され、焼き殺され、皆殺しにされて行っている。
それに加えてドラッグカルテルに批判的だった民間人も殺されている。ジャーナリスト、教師、学生運動家、聖職者。そういうものたちが次々に殺されて行っている。
ドラッグカルテルは自分たちに敵対するもの全てに攻撃を始めたようであった。
確かにその兆候は前々から見られていた。前々からドラッグカルテルはジャーナリストを殺したり、歯向かった汚職警官を殺したりしていた。
だが、今、連中は政治家まで殺しているんだぞ?
フェリクスは呻く。
ドラッグカルテルがどこまでやるつもりなのか分からない。ドラッグカルテルに批判的な“国民連合”の大使館まで襲撃されるのか。フェリクスたちもドラッグカルテルの攻撃名簿に含まれているのか。
「暫くはオメガ作戦基地にいた方が安全かもしれない」
「俺もそう思う。今のこの狂乱は危険だ」
フェリクスが呟くように言うのに、エッカルトが同意した。
「それにオメガ作戦基地にも何か動きがあるかもしれない。ヴァルター提督からの連絡はないが、確かめておく価値はあると思うぞ」
「そうだな。そうしよう」
だが、そこでフェリクスは引っかかるものを感じた。
ああ。シャルロッテだ。
彼女はマインラート司教のインタビューを記事にしていたし、これまで多くの反ドラッグカルテルの記事を書いてきている。彼女が狙われないという保証はなかった。むしろ、どうして今までそれに気づかなかったのかとフェリクスは己を責める。
シャルロッテは今でこそ、あからさまな反ドラッグカルテル記事を書いていないが、過去に書いてきたのは事実だ。その事実をフェリクスは最近の軟化したシャルロッテの態度から忘れていた。
「シャルロッテも匿わなければ」
「おい。オメガ作戦基地に入れる人間は限られている。民間人は連れていけないぞ」
「じゃあ、お前だけ行ってくれ。俺はここに残る。大使館との連絡役も必要だろう?」
「お前……。家族がいるんだろう? もう妻がいて、子供がいる。他の女に構っている場合かよ。確かにあの子はいい子かもしれないが、ただの一般市民だ。この“連邦”で一体何万人の市民が助けを求めていると思っている?」
「しかし、一度は俺が焚きつけた責任がある!」
「そんな責任、捨てちまえ! 今はドラッグカルテルを潰すのが先だ!」
フェリクスが叫び、エッカルトが叫び返す。
「とにかく、俺は残る。今の状況で大使館と連絡が途絶えるのは不味いし、俺は彼女に責任がある。見捨てるわけにはいかない」
「好きにしろ。だが、少しでも危険を感じたら、その娘を捨てて、大使館に逃げ込め。いいか、今回のドラッグカルテルの抗争はただの抗争じゃない。本物の戦争だ」
「前の抗争もそうだったさ」
ドラッグカルテルの抗争は“国民連合”のギャングの喧嘩とはレベルが違う。本物の暴力のぶつかり合いであり、戦争だ。そこに後方はなく、自分たちに不利益なもの全てが攻撃対象となる。
それがドラッグカルテルの抗争。
フェリクスが経験した戦争と同じ戦争。ゲリラ戦と情報操作が勝敗を握り、後方はない。だからフェリクスは知っていた。この戦争で犠牲になるのは、ドラッグカルテルの構成員だけではなく、ジャーナリストもそうなのだと。
事実、戦略諜報省はあの戦争で軍に批判的だった容共的現地ジャーナリストを暗殺した疑惑があるではないか。それどころか容共的な人間を、ゲリラ戦の手助けをしていると断じて、無差別に殺していた疑いがあるではないか。
エッカルトが戦略諜報省の元工作員だったので言わないが、あの戦争は両軍の残虐極まりない争いによって戦われていたのだ。
「じゃあ、俺は行く。気が変わったら、オメガ作戦基地に来いよ」
「ああ」
エッカルトが出ていくのにフェリクスは装備を確認する。
装弾数の多いダブルカラムのカートリッジが装填された口径9ミリの魔導式拳銃。万が一の場合に備えて持ってきた魔導式散弾銃。
街に吹き荒れている暴力の嵐が過ぎ去るまでシャルロッテをここに匿う。正直に言って、今のドラッグカルテルは何も見逃さないだろう。ちょっとした地方新聞の会社でもターゲットになる可能性は十二分にあった。
フェリクスは魔導式散弾銃をSUVのトランクに収め、SUVでシャルロッテの勤める新聞社に向かった。メーリア・シティからは距離があるが、だからこそ危険なのだ。メーリア・シティは政府中枢を守るために信頼のできる警察部隊が展開しているし、“国民連合”大使館は“国民連合”海兵隊によって守られているが、地方はそうではないのだ。
地方は汚職警官たちがドラッグカルテルと一緒になって攻撃に参加している。警察の検問がそのまま死刑執行の場になることも多々ある。
フェリクスには幸いなことに、麻薬取締局のバッヂと“国民連合”のパスポートがあった。ドラッグカルテルにまだ理性があるならば、麻薬取締局の捜査官を殺して、“国民連合”の怒りを買うような真似はしないだろう。
だが、ドラッグカルテルが完全に狂っていた場合は、フェリクスの身の安全も保障されない。むしろ、麻薬取締局の捜査官であることは狙われる目標になるかもしれない。だが、汚職警官の検問を潜り抜ける程度ならば、大丈夫だろう。
フェリクスは急ぐ。シャルロッテと社員の無事を祈って。
「煙……!」
見慣れた東部の街の一画──新聞社のある方角で煙が上がっていた。フェリクスはアクセルを全開にし、新聞社に急ぐ。
新聞社は燃えていた。いくつもの火炎瓶を投げ込まれたらしく、オフィスのある場所が燃え上がっている。そして、ドラッグカルテルのチンピラどもが、新聞社に向けて魔導式短機関銃を乱射していた。
「やめろ! 麻薬取締局だ!」
フェリクスは魔導式拳銃を抜き、ドラッグカルテルのチンピラたちに向ける。魔導式拳銃を向けられたチンピラたちの動きが止まる。
「なんだよ、てめえ。俺たちの邪魔してんじゃねーぞ」
「麻薬取締局に手を出せるか? “国民連合”の捜査機関を怒らせれば、お前たちのボスが爆撃で吹き飛ばされるほどの報復を受けることになるぞ。それが分かっていて、手を出せるか? お前たちのボスがどれほど怒るか分かっているか?」
「畜生。お前、覚えてろよ」
ドラッグカルテルのチンピラたちは魔導式短機関銃をしまうと、ピックアップトラックに乗って立ち去っていった。
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