惨劇の事実
本日2回目の更新です。
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──惨劇の事実
それはアロイスが結婚式を迎える数時間前の話だった。
アロイスは部下や招待客とともに結婚式を控えていた。
普通ならばここでアロイスの家族がアロイスの結婚を祝福するのだが、あいにくアロイスの家族は皆が墓の下だ。アロイスは家族の代わりに幹部や招待客と一緒に独身最後の時間を過ごしていた。
基本的にこれは新郎新婦の純潔を守るためのものであり、アロイスの方では男ばかりとなる。エーディットの方では家族としてノルベルトがついている。エーディットの弟は、こういう古いしきたりが嫌いだったので、結婚式の式典そのものにしか参加しないとのことであった。
アロイスはマーヴェリックともマリーとも離れ、ジャンとミカエルに護衛されて、幹部たちとカードゲームを楽しんでいた。
「これでボスの独身生活も終わりですね」
「ああ。これからは家庭を持つ。責任ある立場になるだろう。今以上に」
肩をすくめてアロイスがそう言うと幹部の間からくぐもった笑いが漏れた。
今以上の責任ある立場などないだろう。アロイスは“連邦”最大のドラッグカルテルのボスなのだ。その責任は家庭を持つ以上に重い。彼は幹部たちの家庭にも、数兆ドゥカートの金が動く取引にも責任を負っているのだ。
「私の娘もいい子だったのですが」
「ノルベルトは最古参だからな。仕方ない」
アロイスに残念そうに言うのはヨハン・ヨストだった。
ヨハンはノルベルトに次ぐ古参の幹部で、アロイスが信頼している相手でもあった。この男はアロイスが粛清を行った時に真っ先に忠誠を示し、一度もアロイスを裏切っていない。一度でも裏切ったノルベルトとは違う。
その後も『ツェット』に調査させたが、怪しい様子はなく、電話の盗聴などにも用心している。ヴォルフ・カルテルのナンバー3だ。
アロイスはヨハンの娘も結婚相手の候補に入れていたが、ノルベルトの方が古参であり、年功序列のためにノルベルトの娘であるエーディットと結婚することを選んだ。
このことでヨハンが気を悪くしなければいいのだがとアロイスは思っている。ノルベルトの間抜けよりもヨハンの方が仕事を任せられる。実際、任せている仕事の重要性は、僅かながらヨハンの方が大きい。
アロイスはもしヴォルフ・カルテルが狙われたとしたら、アロイスはノルベルトを切り捨てるつもりだった。それも死体にして。
ヨハンは役に立つ。ノルベルトよりも。
だが、結婚の価値があるのはエーディットだ。
エーディットとの結婚はカルテルを団結させる。ノルベルトのような古参の幹部の娘との結婚は血の繋がりによってカルテルを団結させる。子供は後継者争いを避けさせ、カルテルの分裂を阻止する。ハインリヒがアロイスにそうしたように。
子供のことを思うとアロイスは気が重くなるのを感じた。
アロイスはあれだけ憎んだハインリヒと同じことをするのだ。
「しかし、俺の子供は悲惨だ。ドラッグカルテルのボスの座を継ぐんだからな」
「きっと喜ぶでしょう。大金を手にするんです」
「世の中、金があればいいというわけでもないんだぞ、ヨハン」
アロイスが欲しかったのは使い切れないような大金ではない。ただ、平穏な人生が欲しかったのである。ただ、静かで、誰かを殺したり、殺されたりせず、世間に認められる功績を残し、人々のために働きたかった。
その夢は完全に潰えている。
アロイスは完全に悪の道を歩まざるを得なかった。
それを子供にまで強いるのは、アロイスには胸の重くなる話であった。
「では、ボスの結婚を祝って!」
ヨハンが何度目か分からない乾杯の音頭を取る。全員が相当なアルコールを摂取していて、テンションがおかしなことになっている。アロイスはアルコールは風味が少し苦手なだけで、アルコールそのものには強いが、その彼でも酔いを感じている。
「おい。何か燃えているぞ」
乾杯が行われようとしている中で、誰かがそう言った。
「ノルベルトたちのいる屋敷だ!」
「火事だ! 火事が起きている!」
ドラッグカルテルの幹部たちの酔いが一気にさめる。
「誰か確認に向かえ!」
アロイスは呆然としていた。
命令を下すような余裕すらなかった。ただただ、向こうでノルベルトとエーディットたちのいるはずの屋敷が燃えているのを眺めるばかりだった。
「ボス! ボス! しっかりしてください!」
「あ、ああ。状況は?」
「何もかも燃えています! ノルベルトと娘の安全も確認できていません!」
「畜生。捜索を続けろ! 消火もだ!」
アロイスは我に返って命令を下す。
消火が急がれ、招待客は追い出される。
そして、炎が鎮火したところで屋敷の捜索が始まった。
「これは……ノルベルトの死体です。こっちはエーディットかと……」
ノルベルトの死体は金の溶けたアクセサリーで確認された。
エーディットの死体は位置関係から推測され、胸元の溶けていないプラチナの首飾りで推測された。いずれにせよ、死体の数はこの屋敷にいた人数と一致し、全員が死亡したものと思われたのであった。
「火の不始末か……?」
「いいえ。火炎瓶と燃焼剤が使われています。これは放火です」
「つまり、誰かが俺の結婚式を台無しにした、と?」
「そ、そう思われます」
アロイスはふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。
カルテルの団結力を強めるための結婚式が叩き潰された。アロイスの顔に泥が塗られた。アロイスは虚仮にされた。馬鹿にされた。威厳を、プライドを踏みにじられた。これは命取りになるのだ。
アロイスは恐怖でこれまで統治を続けてきた。『ツェット』という暴力装置を使って、歯向かうものを殺してきたことで恐怖を振りまき、その恐怖によって抵抗力を奪い、統治を続けてきたのである。
それがアロイスが虚仮にされることによって弱まれば?
反乱が起きるだろう。アロイスの命を狙うものが出るだろう。
それは許されない。アロイスは恐怖を示し続けなければならない。彼が望もうと、望むまいと、生き残るためにはそうするしか他に方法はないのだ。
「犯人を探し出せ。『ジョーカー』の残党が、『オセロメー』か、あるいは旧シュヴァルツ・カルテルの残党か。とにかく、犯人を見つけ出して俺の前に連れてこい。死体にするのは俺の前に連れてきてからだ。それから死体にする」
「了解!」
ヴォルフ・カルテルが動き出した。
結婚式を襲撃した犯人を探し出すために。
招待客のリストが洗いなおされ、疑わしい人間は取り調べられる。
ただ、ヴォルフ・カルテルにとって友好的なものしか招待していないはずのため、ここで引っかかるものはなかった。それに屋敷を全焼させられるだけの燃焼剤と火炎瓶を持ち込んでいれば、その時点で怪しまれる。
となると、やはり敵対組織の犯行だと考えられた。
「生け捕りなんてみみっちい真似はもう放っておくべきだ。皆殺しにするべきだね。あたしたちに逆らう全ての連中を」
「分かった。同意する。皆殺しだ」
マーヴェリックの提案に、アロイスが即座に同意する。
「敵対している連中は皆殺しだ。もう許してやる必要はない」
アロイスはそう言い切った。
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本日の更新はこれで終了です。
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