伝わる情報
本日1回目の更新です。
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──伝わる情報
アロイスの結婚式の2日前。
フェリクスの下にその情報が届いた。
情報入手の経路はノルベルトの電話を盗聴していたヴィルヘルムの第800海兵コマンドからだった。ノルベルトが電話で『ボスの結婚式の準備ができた』というのを、ヴィルヘルムは傍受したのである。
「ヴォルフ・カルテルのボスの正体を暴く機会だ」
フェリクスはそう主張する。
「だが、どうやって? 結婚式の警備はがちがちだぞ。こっちの潜入捜査官がいるわけでもない。忍び込むのも無理だ。それなのにどうやって、ヴォルフ・カルテルのボスの正体を暴こうっていうんだ?」
エッカルトが渋い表情をしてそう返す。
「結婚式の警備は硬いだろうが、結婚式には客人が大勢呼ばれるものだ。売人のひとりでもこっちの内通者として確保できれば、見込みはあるだろう」
「そんな無茶な。絶対に上手くいかない」
「やってみなければ分からないだろう」
フェリクスはもう少しで手の届きそうな情報を前に興奮している。
ようやく長年謎だったヴォルフ・カルテルのボスの正体が暴けるかもしれないのだ。
「こちらの情報源が利用できるかもしれない」
「提督の情報源、ですか?」
「ああ。内通者がひとりいる。大した立場ではない。汚職に手を染めた軍人だ。汚職のことを黙ってやっている代わりに、情報を寄越させている。慎重、というよりも臆病な男で、大胆なことはできないが、自分のボスを確かめることぐらいはするだろう」
ヴィルヘルムはそう言った。
「ならば、その情報源に頼りましょう。お願いします、提督」
「分かった。手配しよう」
ヴィルヘルムが情報源に連絡する。
情報源は最初は渋っていたが、情報源の汚職をばらすと脅すと了解した。
「情報源は動く。隠しカメラを渡しておいた。記録されるのを待つだけだ」
「名前などについてもお願いします」
「分かってる」
ヴィルヘルムの指示で情報源が、結婚式の会場に向かう。
結婚式は2日後。だが、“連邦”の風習に従えば結婚式前に新郎新婦が別々の家で過ごす時間がある。家族とともに。そこに挨拶に行けば、ヴォルフ・カルテルのボスは判明するだろう。
「情報源が会場に入った」
「撮影は成功しそうですか?」
「分からない。隠しカメラは扱いが難しいし、白黒だ。撮影に成功するかは五分五分だ。あまり期待し過ぎない方がいい」
「ですが……」
「落ち着くんだ、フェリクス。可能性が皆無というわけではない」
彼らは情報源からの連絡を待つ。
そして、待つこと3日。情報源からの連絡があった。
「私だ。情報は確保できたのか? 何? いや、疑ってなどない。分かったから落ち着け。こちらに情報を渡して、暫く行方をくらませろ。安全な場所に向かえ。怪しまれないようにな。分かったな?」
ヴィルヘルムはそう言い聞かせるように電話の向こうに言う。
「どうしました?」
不穏な知らせの気配を感じたフェリクスが尋ねる。
「会場で事故が起きたらしい。情報源は自分が疑われていると思って、急いで逃げたそうだ。それで匿ってくれと。私はその心配はないから、安心しろと言ってやったのだが、果たして撮影に成功しているか」
「不味いですね。事故ですか」
「とりあえず、フィルムを回収しよう。奴が隠れている場所に隊員を派遣する」
ヴィルヘルムは素早く命令を下し、それに従って海兵隊員たちが動く。
そして、フィルムは無事回収され、現像が行われた。
「クソ。どれも顔が写ってない」
「数枚だけ顔が写っているのがあったぞ。だが、これはボスじゃないな」
エッカルトがそう言って写真を見せる。
「これはヨハン・ヨストだ。頬に銃弾の跡がある。一度殺されかかったんだ。辛うじて助かったが、傷はそのままだな。顔もそのままだ。これはこれで使える資料になる」
ヴィルヘルムはそう説明して写真を封筒に収める。
「ボスらしき顔は?」
「ないな。残念だが、情報源にそれだけの度胸はなかったということだ。事故の詳細についても不明だ。新婦が死んだということしか分からない。いったいどんな事故が起きたら、ドラッグカルテルのボスの結婚式で新婦が死ぬんだ?」
ヴィルヘルムは困り果てていた。
「対立するカルテルの仕掛けた攻撃の可能性は?」
「また抗争か? ヴォルフ・カルテルを攻撃するとなると『ジョーカー』の残党や『オセロメー』辺りが怪しいが。君たちに言われて『ジョーカー』の捜査は片手間になっている。奴らの犯行かどうか確認するのは難しいぞ」
「どうにかお願いいします」
抗争が再発すれば、また無辜の市民が大量に死ぬことになる。
「しかし、何かしらの攻撃なら招待客を逃がすとも思えないのだが……。それに情報源は事故だと言い張っている。そして、攻撃されたのはカルテルのボスではなく、その花嫁だ。どうにも引っかかる話だな」
確かに引っかかる。
攻撃ならば内通者を疑い、誰も逃がさなかっただろう。そして、主張される事故との証言とカルテルのボスではなく、その花嫁が死んだという状況。
何かがおかしい。
「本当にただの事故、ってことはないよな?」
「そこまで楽観的にはなれない」
ただの事故、ほどこのドラッグビジネスで考えられないものもない。全ての事件には何かしらの因果関係がある。それがフェリクスの考えであった。
「情報収集を続けよう。事故についての詳細な情報を。我々は末端の売人から情報収集を。提督は引き続き、電話の盗聴と情報源からの聴取をお願いします」
「分かった」
それから事故についての捜査が始まったが、入ってくる情報はほとんどなかった。ヴィルヘルムの情報源はまるで当てにならず、フェリクスたちが情報を集めても、事故が起きたという情報しか入らない。
「どういうことだ? 本当に何が起きたというんだ?」
「招待された売人も洗ったが、そいつも事故が起きたとしか言っていない。全く何が何やら。分かっているのは式が始まる直前になって事故が起き、花嫁が死んだということだけだ。どんな事故なのか、どうやって花嫁が死んだのか」
「まるで分らない、か」
情報はまるで入ってこない。
「悪い知らせだ」
そして、ヴィルヘルムからさらに悪い知らせが入る。
「ノルベルトの死亡が確認された。これ以降、ヴォルフ・カルテルの電話は傍受できない。糸は切れた。別の幹部の電話の盗聴を試みているが、相手も盗聴防止措置を講じてきている。上手くいくかは分からない。あまり期待はしない方がいい」
そして、ノルベルトの死亡が知らされる。
「ノルベルトも事故で?」
「分からない。最後の通話はノルベルトの死亡を伝えるだけのものだった。どうやってノルベルトが死んだかについては語られていない」
「そうですか……」
凶報に凶報が重なる。
一体、結婚式で何が起きたというのだろうか?
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