航空偵察
本日1回目の更新です。
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──航空偵察
フェリクスが要請していた共産ゲリラに対する航空偵察が実施されることになった。
“連邦”政府の許可を取り、“国民連合”空軍のジェット偵察機が派遣されてくる。
偵察機はどちらかと言えば低速でも安定するターボロップ機がよかったのだが、“国民連合”空軍の参謀たちは共産ゲリラが“社会主義連合国”や“大共和国”から対空ミサイルを導入している可能性を恐れていた。
何にせよ、空軍機による航空偵察は実行された。
ジェット偵察機は“連邦”空軍基地を離陸し、東南のジャングル地帯を飛行する。共産ゲリラの拠点があるのはどこか分からなかったので、ジャングル地帯をくまなく飛行して、それらしきものを発見し次第撮影する。ジェット偵察機は複座なので後部座席のパイロットが偵察に専念できるというメリットがあった。
航空偵察で航空写真が何枚も撮影される。連続して撮影された航空写真が溜まっていき、怪しい地点の上空ではなるべく高度を落とし、かつ速度を落として、さらなる写真を撮影する。“国民連合”空軍の参謀たちが恐れていた対空ミサイルは存在しなかったが、旧式の高射機関砲からの射撃を受けた。だが、ジェット偵察機であったことが幸いし、共産ゲリラの攻撃は空振りに終わった。
この時代には既に偵察衛星が存在しているが、数も少なく、写真を撮影してからそれを地上に伝えるのにフィルムを投下する形になるので酷く時間がかかる。なので、偵察衛星はどうしても航空偵察が難しい“社会主義連合国”のミサイルサイロなどの偵察に当てられていた。つまりは“連邦”の共産ゲリラの拠点を探すようなことには使えないということである。
さて、航空偵察で撮影された写真は一度空軍が現像し、観察と分析を行ってから、麻薬取締局に回され、そこで本局の分析官がさらに分析し、それからフェリクスたちにようやく回されてきた。
フェリクスたちは大使館でそれを閲覧することを許可される。
「これがスノーホワイト農園だな……」
「ああ。間違いない。他の写真は拠点のものだが、スノーホワイトの精製施設らしいものは見当たらないな。高射機関砲や訓練キャンプはあるが、スノーホワイトを精製するための施設は見当たらない。連中はスノーホワイトを輸出してるようだ」
「スノーホワイトはそのままでは意味がない。精製してドラッグの形に加工しなければ、観葉植物程度の価値しかない代物だ」
航空写真は分析され、高射機関砲の位置や、訓練施設、兵舎などに印がつけてある。それから拠点の傍に広がるスノーホワイト農園にも。
だが、航空写真はどこを見ても、スノーホワイトの精製施設は見当たらない。
つまり、スノーホワイトを共産ゲリラは栽培しているが、誰かに輸出しているということ。マインラートが言っていたように、スノーホワイトを受け取っているのは反共民兵組織の可能性がある。
「どう思う?」
「誰かに輸出しているのは間違いない。だが、誰に?」
「それは……」
まだ反共民兵組織──メーリア防衛軍が関わっているという証拠は何もない。マインラートの証言が事実だということは半分しか証明されていない。共産ゲリラは確かにスノーホワイトを栽培していた。そして、それを誰かに輸出している。
だが、誰に?
メーリア防衛軍がドラッグビジネスに関わっているとすれば、反共主義と共産主義の戦いは茶番だということになる。
“国民連合”政府はメーリア防衛軍を支援していない。少なくとも表向きには。なので、メーリア防衛軍がどのような取引をしているか、“国民連合”政府は把握していない。そして、反共民兵組織の設立を認めた“連邦”政府にもメーリア防衛軍が何をしているのか把握している人物はいないのだろう。
しかし、だからと言ってメーリア防衛軍が必ずしもドラッグビジネスに関わり、ドラッグカルテルと関わり合いがあるという証拠は全くない。
そして、証拠を集める見込みもない。
メーリア防衛軍を洗えば、新しい捜査の糸口も見つけるかもしれない。全くの無駄足に終わる可能性もある。そして、反共民兵組織に手を出すということは、支援の有無にかかわらず、今は反共保守政権に目を付けられることを意味する。
捜査に圧力が掛けられるのは間違いない。
しかし、メーリア防衛軍が『ジョーカー』などのドラッグカルテルの残党と取引していた場合、また『ジョーカー』のような制御の効かない暴力的なカルテルの台頭を許すことになる。そのツケを支払わされるのは、“国民連合”ではなく“連邦”の一般市民だ。
「フェリクス。俺にはどうにもこれは不味いネタのように思えてならないぞ。共産ゲリラが取引している相手は“国民連合”の敵になる。下手に“国民連合”の敵を生み出すのには俺はあまり賛成できない」
「俺もだ。確かに共産ゲリラの取引相手は気になるが、それがドラッグカルテルであるという保証はない。もし違っていたら、何かの秘密作戦が進行中であったとしたら、俺たちは本国に呼び戻される」
ふたりはこの厄介なネタに唸る。
航空偵察の結果は国防総省と麻薬取締局本局でも共有されただろう。彼らは共産ゲリラがスノーホワイトを栽培していることを知っただろう。
その上で彼らがどのような答えを導き出すのか。
ドラッグカルテルの関与を認め、捜査を促すのか。スノーホワイトの輸出を否定するのか。前者であれば“国民連合”は取引に関わっていない。恐らくは反共民兵組織も。後者ならば“国民連合”は何らかの形で作戦に関わっており、反共民兵組織の関与も疑われることになる。
そして、電話のベルが鳴った。
「もしもし」
エッカルトが電話に出る。
「はい。ええ。分かりました。そのように。フェリクスにも伝えておきます」
エッカルトは5分程度電話の向こうの相手と話すと電話を切った。
「共産ゲリラはキュステ・カルテルにドラッグを輸出しているそうだ」
「証拠はあるのか?」
「あるとは言っていなかった」
フェリクスは不機嫌そうに机をトントンと叩く。
「では、何を根拠に本局は共産ゲリラがキュステ・カルテルと組んでると断定したんだ。どういう理屈だ?」
「俺に言うなよ」
フェリクスの言葉にエッカルトが肩をすくめる。
「グライフ・カルテルを捜査したときと同じ違和感がある。誰かに誘導されている感じだ。恐らく、キュステ・カルテルのボスを捕まえても、取り調べもできなければ、司法取引もできないぞ」
「グライフ・カルテルの件か。確かにあれは奇妙だったな」
グライフ・カルテルのボスだったカールが司法取引も何も許されず、刑務所で殺されたことは麻薬取締局の中でも知られた話になっていた。カールは誰かに嵌められたのではないかと。
「もし、政府上層部に内通者がいたとしたらという話、信じるか?」
「飛躍し過ぎている。信じられないね。いきなり政府上層部を疑うより、ドラッグカルテルの間の関係を探った方が有益だ」
「そうだな」
だが、スヴェンはその命を賭して伝えているのだ。
“国民連合”にドラッグカルテルの内通者がいると。
そして、司法取引も許されず、刑務所の中で殺されたカール。
フェリクスにはふたつの間に関係がある気がしてならなかった。
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