家族愛
本日2回目の更新です。
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──家族愛
ノルベルトは早速、翌日には自分の娘を連れてきた。
確かに美人だ。だが、少し小柄すぎるなとアロイスは思った。
「初めまして、アロイス・フォン・ネテスハイム様」
「ああ。初めまして。何か飲むかい?」
「お気になさらず」
ノルベルトの娘であるエーディットは、父親の上司であり、残虐なドラッグカルテルのボスであるアロイスを前に委縮しているようであった。
まあ、仕方がないとアロイスは思う。ヴォルフ・カルテルのやってきたことは、カルテルの内外に伝わっている。大学にいても、ヴォルフ・カルテルの粛清の噂は聞いただろう。ミディアムレアに焼き上げられた死体、“裏切者”と刻印された死体、ドラム缶でローストされた死体。
そういう死体を生み出すように命令したのは他でもないアロイスなのだ。
恐れるのは当然だ。むしろ、恐れていなければ困る。こんな小娘に舐められるようなことがあってはドラッグカルテルのボスは務まらない。
「エーディットとふたりで話がしたい。みんな、席を外してもらえるか?」
「畏まりました」
それからアロイスは紅茶を持ってこさせ、エーディットと話し合った。
エーディットはただ大学に通ったというステータスを得るためだけに大学に通っているわけではなく、本当に“連邦”の歴史について学ぶために大学に通っているのだと分かった。彼女の“連邦”の独立に関する知識はアロイスも感心するほどだった。
“国民連合”の成立。エリティス帝国の内乱とそれに乗じた“連邦”の独立戦争。“国民連合”の軍事的介入と領土の減少。失われた北部。そこから始まる“連邦”の内戦。そして、その結果として広まった“連邦”の人間の国民性。
どれを聞いても興味深い話だった。
それ以外にもエーディットはポップカルチャーについて造詣があり、アロイスの知っている最近の音楽家や小説についての話にも花が咲いた。
確かにこれはいい結婚相手なのかもしれないとアロイスは思うと同時に、いざという時にエーディットと恐らくはできる子供たちを見捨てることができるだろうかという迷いが生じていた。
「君は裏切られることには慣れているか?」
アロイスは直球でエーディットにそう尋ねた。
「裏切られることに、ですか? いえ、慣れてはいません。愛すれば愛が返ってくると思っています」
「そうか」
だがな、俺は君を見捨てなければならないかもしれないんだぞ。
ドラッグカルテルのボスにとって家族は弱点。ドミニクですら、家族のためにアロイスたちを裏切り、結果として家族もろとも惨殺されたんだ。ドラッグカルテルのボスは家族を持っても、愛するわけにはいかない。家族を愛することは、すなわち自分の体の一部を切り離すことを意味する。そして、家族を愛して、その家族を殺されでもすれば、自分の体も傷つくというわけだ。
アロイスはそう思いつつも、エーディットのことを愛してしまいそうな気がしていた。愛嬌があり、可愛らしく、知的で、話していて楽しい相手。これを家族に迎えれば、愛さないということは非常に難しくなる。
「エーディット。今日はいい時間が過ごせた。ありがとう」
「いいえ。こちらこそ」
エーディットは深く頭を下げて出ていった。
エーディットが出ていって暫くしてから、ノルベルトが戻ってきた。
「いかがでしたでしょうか?」
おいおい。お前は料理の感想を聞くシェフか? お前の娘は皿に乗せられて提供された料理だっていうのか?
アロイスはそう思いつつ、ノルベルトの方を向く。
「悪くはない。魅力ある女性だ。だが、分かっているだろう、ノルベルト。ドラッグカルテルのボスにとって家族は弱点となりかねないことを。ドミニクがどういう末路を辿ったのか、お前ならば知っているだろう」
「それはそうですが、カルテルは結束しなければなりません」
これを聞いて、アロイスはノルベルトは娘がどうなろうと気にしないのだなということが分かった。こいつは自分の地位を高めるためだけに、娘を俺に捧げたいのだ。ドラッグカルテルが、ヴォルフ・カルテルが安定することで、自分の利益と立場を確保したいのだ。なんという親だろうか。親父と気が合ったわけだとアロイスは思う。
「分かった。ノルベルト、将来どういうことになるか分からないが、お前の娘と結婚しよう。だが、本当にどうなっても俺を恨むなよ。俺は自分のためならば、このカルテルのためならば、自分の家族でも平気で捨てるぞ」
「構いません。全てはカルテルのためです」
見上げた奴だよ、お前は。自分のために娘を生贄として差し出せるんだからな。
「では、正式な発表は後日。用心しろ。俺が表に出ることになるイベントだ。結婚式というのはな。できれば結婚式などしたくはないが、そういうわけにもいかない。俺の顔や名前が表に出ないように用心してことを進めろ」
「畏まりました、ボス」
ノルベルトは深々と頭を下げると、部屋から出ていった。
それから入れ替わるようにしてマーヴェリックが入ってくる。
「さっきの子、結構可愛かったね」
「おいおい。俺の妻になるかもしれない女性だぞ。つまみ食いしないでくれよ」
「さあてね。どうだろうね」
マーヴェリックはにやりと笑う。
「しかし、家庭を持つというのはどういうことなのだろうね」
「さあ? 棺桶に片足突っ込むようなものじゃないか?」
「昔からそういうね。だが、実際のところ、そこまで悪いものなのか?」
「あたしは結婚したことがないから分からないね。ただ、自由は大幅に減るだろう。女と自由に遊べなくなるし、酒などの夜遊びも制限される。まあ、家庭を顧みないのであれば、そこら辺は自由にやれるだろうけどね」
「家庭を顧みない、か。仕事においてもそうなるだろうね」
「ああ。仕事においてもそうだ。俺は仕事を優先する。家族よりも。俺は親父のようにはなりたくないと思っていたが、どんどん親父のようになっていく。これがいいことなのか、悪いことなのか分からない」
「別にどうってないことさ。男は働く。男が家庭のために働くのは当然のことだ。男が働かずに子供を生んだり、育てたりはできないだろう? あたしは子供なんて欲しくはないけどね。手間がかかるばかりで、メリットがない。だろ?」
「全くだ」
ベビーブームはとっくの昔に終わった。今の人間はそこまで子供を欲しがらない。子供を育てるためのコストは年々増え続けているのだから。
私立の学校や大学に通わせるための学費は増え続け、子供の将来のためを思って教育を施すならば、相当な出費は覚悟しなければならない。
アロイスの場合、子供にはいくら教育を施しても、その将来はドラッグカルテルのボスだと決まっている。アロイスと同じように望もうと望むまいと、アロイスの子供はアロイスと同じ運命となるのだ。
アロイスは生まれてくるだろう自分の子供のことを思うと、気分が暗くなるのを感じたのだった。
彼は憎んだ父親と同じことをしようとしている。
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