政略結婚
本日1回目の更新です。
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──政略結婚
かつて王族たちは国家のために望まない相手と結婚したそうだ。
アロイスは自分がそんな立場になるとは思いもしていなかった。
だが、今では彼も皇帝なのだ。
「ボス。考えていただけましたか?」
ノルベルトが尋ねる。
「考えた。しかし、本当にこれが必要なのか?」
「ええ。必要です。カルテルは団結しなければならず、加えてカルテルには後継者が必要なのです。私が自分のことを考えて言っているわけではありません。ボスが望むのならば、別の幹部とでも」
「いや。相手が気に入らないわけじゃない。ただ、こういうことになるとは思っていなかったら、面を食らっているだけだ」
ノルベルトが持ち出したのは、結婚だった。つまり家庭を持てということだ。
そして、ノルベルトが推薦したのは自分の娘エーディットだった。
エーディットはアロイスより5歳年下で、まだ大学生だ。
大学では歴史を学んでおり、特に“連邦”の独立した時期を中心に学んでいるそうだが、ノルベルトのいうことなのでどこまで信頼していいかは謎だ。
ただ、外見に文句はない。ノースエルフとサウスエルフの混血で、健康的な褐色の肌をし、ウェーブのかかった長い癖のある黒髪も艶やかだ。体型はスレンダーでありながら、主張すべき点は主張してる。ノルベルトが言うには大学のミスコンでも優勝したそうだ。大学のミスコンとは!
アロイスはやはりマーヴェリックの方が好きだった。
だが、彼女とは結婚できない。ドラッグカルテルのボスにとって家族は弱点。いつ人質に取られ、いつ見捨てなければならないか分からないものだ。
一番愛する者は一番遠くに置け、というわけである。
アロイスは懸命にエーディットのよき点を見つけようとした。外見に文句はない。後は性格だ。アロイスが話していて楽しい相手かどうかが気になる点である。それでいて、愛さずに済める相手であること。それが条件だ。
「ノルベルト。まずは会って話した方がいいだろう。お互いにとって」
「もちろんです、ボス。すぐに連れてきましょう」
「急がなくていい。別に俺が今すぐ死ぬわけでも、今すぐヴォルフ・カルテルが分裂の危機を迎えるわけでもない」
今のヴォルフ・カルテルは安定している。驚くほど。
それは幹部の娘との結婚で得られた安定というわけでもなく、ただアロイスが高度な戦闘部隊『ツェット』を指揮下に置いているからだ。
ヴォルフ・カルテルでの2度の粛清。その両方を統率された行動で迅速に執行した『ツェット』はヴォルフ・カルテルの構成員からも恐れられている。全員がプロの軍人で、アロイスに絶対的忠誠を尽くすことを誓ったこの部隊こそが、今のヴォルフ・カルテルを結束させていた。
忌まわしい『ジョーカー』との戦闘においても、『ツェット』の活動は目覚ましかった。『ツェット』は『ジョーカー』の幹部を次々に拉致し、抗争を終焉に導いた。
そのような戦績がある『ツェット』だからこそ、ヴォルフ・カルテルの構成員たちは恐れていたし、団結を乱そうとはしなかった。
何せ、アロイスを裏切ろうとした人間は纏めて『ツェット』に処分されたのだ。撃ち殺されるならまだ慈悲深い方で、運が悪ければ、マーヴェリックやマリーの手で、凄惨な拷問を施されることになる。
それはヴォルフ・カルテルが他のカルテルに比べて安定するのも当然というぐらいの恐怖が振りまかれたのであった。
「なあ、どう思う、マーヴェリック?」
「別にいいんじゃないか? どうせ表向きの結婚なんだろう? 相手を愛するわけでもないし、子供さえ作ればそれでいい」
「簡単に言ってくれるな。子供に俺と同じ思いをさせるのかと気分が重くなるって言うのに」
「案外、適性があるかもよ」
「どうだか」
ノルベルトが帰ったアロイスの屋敷のリビングでアロイスとマーヴェリックはそんな話をしていた。
「そもそもノルベルトの娘ってのもな。まだ大学生だぜ? それにノルベルトは確かにある程度は使える男だが、そこまでの価値があるわけでもない。しかしながら、ノルベルトみたいな古参で、俺と結婚できる娘を持っている幹部はあとひとりだけで、それもノルベルトより古参ではない」
「ドラッグカルテルも年功序列?」
「そんなところだ。他に価値を決めるのは血統だけになる。本当なら実力のある人間なら年齢を問わず取り立てたいんだけど、そういう人間に限って野心が強く、年寄りどもとトラブルを起こしがちだからね。仕方がないのさ」
やれやれというようにアロイスが肩をすくめる。
「組織改革はうまくいかず、というわけか」
「チェーリオみたいに年寄りを皆殺しにすると、組織が回らなくなるしな」
チェーリオは5大ファミリーの古い幹部を纏めて粛清することで、自分の体制を固めた。だが、アロイスの方はそうはいかない。アロイスの方は未だに年寄りたちがスノーホワイト農園を運営し、密輸を仕込んでいる。アロイスがチェーリオと同じように古い幹部を粛清すれば、ヴォルフ・カルテルは本当に分裂しかねない。
「それでも若手は可能な限り、取り立てていくつもりだ。いつまでも年寄り連中のいいように動かされても困る。若い幹部を取り立てて、発言力を増やし、俺のためのヴォルフ・カルテルにしたい。年寄りたちの利権のためのカルテルではなく」
「上手くいきそう?」
「まあ、今のヴォルフ・カルテルで俺に逆らえる人間がいないということもあるし、少しずつならば改革を進めていけるとは思うよ」
アロイスには『ツェット』がいる。『ツェット』がいれば、アロイスの立場も保障されるというものなのだ。
暴力は示した。恐怖は示した。残虐は示した。
ドラッグカルテルというのは複雑なようで単純な組織だ。金と暴力を持って、そこから導き出される権力を握った人間が勝利する。組織内においても、組織外においても。そして、その暴力が残酷であればあるほど、ドラッグカルテルの威勢のいい構成員たちも借りてきた猫のように大人しくなるというものなのである。
その点でヴェルナーは失敗した。彼は暴力である『ジョーカー』に資金源まで与えてしまった。アロイスのような給料制ではなく、資金源となる密輸ネットワークを渡してしまったのだ。そして、金と暴力を手にし、権力を手にした『ジョーカー』は反乱を起こし、その残虐性をまざまざと見せつけ、親であるキュステ・カルテルを乗っ取るところまで来たのであった。
幸いにして、ヴォルフ・カルテルの介入で『ジョーカー』の試みは阻止されたが、『ジョーカー』は今も暴力と金を握っている。つまりは未だに権力を握っているということである。『ジョーカー』が残党とは言えど、無視できない理由はここにある。
「しかし、結婚か。考えてもみなかった、ドラッグカルテルのボスにとって家族は弱点だ。ドミニクが家族のためにしくじったように」
「それでも家族は必要なんだろう? カルテルのために」
「ああ。そうだ。必要だ。クソッタレなカルテルのために」
アロイスは観念しなければならないと思いつつあった。
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