写真撮影
本日2回目の更新です。
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──写真撮影
「君はドラッグカルテル絡みの報道から手を引いたと思ったんだが」
フェリクスは熱心に難民キャンプの様子を撮影するシャルロッテにそう言う。
「手を引いてないと思う?」
「思う。君は自分の主張を行うのにあの司教を利用した」
「利用していない」
「した。あの質問は君が答えを知っているものだったのだろう。君はインタビューの記事としてそれを掲載する。相手は“国民連合”にも支援されている人物だ。国際世論に訴えられると思ったんじゃないのか?」
フェリクスはそう指摘する。
「分かったでしょう? “連邦”政府は永遠にこの問題を解決する手段を持たない。なら、持っている人たちに頼まないと。あなたたち麻薬取締局や、“国民連合”の政治家たちに。悲しいし、悔しいけど私たちではドラッグカルテルの暴力に抵抗できない」
「だが、君が旗手になる必要はない。あの司教もだ。君たちは戦争の矢面に立つ必要はないんだ。それはそれに相応しい人間が行うことになる」
「誰が? 何もしない“連邦”政府の政治家? それともここにいる難民たち?」
「少なくとも自分の身は自分の手で守れる人間だ」
ヴィルヘルムのような。そう言いたかったが、ヴィルヘルムとの協力体制は秘密裏なものとなっている。ここで明かすわけにはいかない。
「……その人たちに任せて何もするなというの? 声を上げなければ、何も届かない。ここで起きている悲劇も、惨劇も、何もかも伝わらない」
「だからと言って、君にはあの司教を巻き込む権利があるのか? そして、君は誰にも頼らずに君自身の身を守れるのか?」
「それは……」
「インタビューを記事にするのはやめるんだ。そんなことをしたって死んだ人間は帰ってこない。そうだろう?」
フェリクスはそう宥める。
「なら、フェリクスさんは何のために捜査を続けているの? それは絶対に過去のこととは関係がないって言い切れるの?」
「……ドラッグ犯罪をなくすためだ。過去のこととは関係ない」
フェリクスは嘘をついた自分に罪悪感を感じる。だが、こうとでも言わなければ、シャルロッテは止まろうとしないだろう。
「そうかあ……。けど、私は止めない。声を発し続ける。確かに私にはマインラート司教を巻き込む権利はないし、自分自身の身を守ることもできない。それでも声を上げないといけない。弱者だからと言って口を閉ざしていたら、絶対に後悔する」
「声を発しても後悔することになるかもしれない」
「少なくとも声を発さないよりも後悔はしない」
ドラッグカルテルの連中は君にどれだけの後悔をさせられるか知らないんだな。奴らは君の喉が裂けるまで悲鳴を上げさせ、この世に生まれてきたことを後悔させられると言うのに。
「君の信念には負けたよ。好きなようにするといい。だが、必ず俺が助けに行けるとは限らないということを理解しておいてくれ」
「もちろん」
そう返してシャルロッテは難民キャンプの写真を撮る。
一枚、一枚丁寧にアングルを考え、何を写真で訴えたいかを考え、シャルロッテは写真を撮っていく。
その時だった。上空を超低空飛行でターボプロップエンジンの小型機が難民キャンプの上空を通過していった。難民たちが悲鳴を上げ、マスコミが上空にカメラを向けるが、小型機はすぐに姿を消した。
「不信心者たちめ。また性懲りもなく、威嚇しにやってきたか」
テントからマインラートが出てきて唸る。
「威嚇、ですか?」
「ここにいる難民たちを引き渡すようにメーリア防衛軍から何度も脅迫めいた要請を受けている。応じるつもりはないと言ったら、ああやって小型機で何度も上空を飛行していくようになった。ここにいる難民たちは少なからず、あの手の航空機の襲撃を受けていて、トラウマになっている。それを利用しているのだ」
なるほど。考えたものだ。トラウマを利用するとは。
ここにいる難民たちはあの手のCOIN機にナパーム弾で攻撃され、被害を受けた。村は焼かれ、友人も焼かれ、家族も焼かれた。
そして、その時の恐怖すらもメーリア防衛軍は利用している、と。
「しかし、難民を引き渡せとは。何をするつもりなのでしょう」
「決まっているよ。殺すのさ。彼らは少数民族が共産主義者に見えている。それも武装した共産ゲリラに。だが、彼らはそうではない。共産ゲリラのやり口も酷いものだが、反共主義者もそれに負けず劣らずだ」
それに反共民兵組織は装備がいいとマインラートが愚痴る。
「どこかから支援を受けていると思いますか?」
「ああ。もちろんだ。“国民連合”の現政権だろう。今の政権はバリバリの反共主義政権だ。彼らは反共と名のつくもの全てを支援している。西南大陸の独裁者から、この手の反共民兵組織に至るまで。少なくとも私はエリーヒルでのパーティーでそう聞かされたよ。現政権は狂犬だと。まあ、彼らと対立する政党の話なので全面的に信用するわけにはいかないことぐらいは分かっているが……」
それに、とマインラートは付け加える。
「これはオフレコだし内密にしてほしいが、“国民連合”は反共的集団を支援する予算や法案を通過させていない、それなのに支援が行われているとすれば、違法行為だし、そもそも支援するための予算がない」
「予算……」
フェリクスは考える。
麻薬取締局も予算不足なのにどこかに埋蔵金でもあるのだろうかと。
「今の話は内密にしてほしい。私もなるべく言いふらさないようにと言われて、教えてもらった情報だ。だが、君には伝えておくべきだろう」
「どうして?」
「反共民兵組織もドラッグを扱っているからだ」
「なんですって?」
初めて聞く情報にフェリクスが目を丸くする。
「知らなかったのか? それなら知るべきだ。共産ゲリラがスノーホワイトを栽培し、それを反共民兵組織に売っている。共産ゲリラが今でも戦えているのは、少数民族の暮らしていた土地で、スノーホワイトを栽培しているからだ。私はこの目で見てきた。あれは間違いなくスノーホワイトだった」
「あなたは共産ゲリラの懐にまで飛び込んだんですか?」
「ああ。協力者の少数民族の手を借りて。彼らの同胞が奴隷労働に近い状況でスノーホワイトを栽培させられているのを解放するために。その時に反共民兵組織──メーリア防衛軍の装備を纏った男が共産ゲリラのスノーホワイト農園にいた。捕虜ではない。彼らは共産ゲリラに武器を渡し、それと引き換えにスノーホワイトを受け取ってヘリで帰っていった。誓って嘘は言ってない」
フェリクスの頭の中がごちゃごちゃになる。
共産ゲリラもドラッグを扱い、そしてそれにはメーリア防衛軍も関わっている。そして、恐らくはどこかのドラッグカルテルも噛んでいる。ドラッグカルテルが少数民族を攻撃していたのは、単なる抗争の一環ではなかったわけだ。
一体全体どういうことだ? 連中はイデオロギーの対立を捨てて、ドラッグの名の下に団結したとでもいうのか? そして、ドラッグカルテルがかかわっているとすれば、位置的にキュステ・カルテルだろうか?
分からないことが多すぎる。
一度航空偵察を要請するべきだ。共産ゲリラが相手ならこの手の任務を扱う戦略諜報省も喜んで協力してくれることだろう。
航空写真で何が起きているかを判断する。
難民キャンプの写真を撮り続けるシャルロッテを見て、フェリクスはそう決意した。
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