新しいネタ
本日2回目の更新です。
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──新しいネタ
フェリクスとエッカルトは再びオメガ作戦基地に戻っていた。
ヴィルヘルムはなんとかヴォルフ・カルテルを脅威として認め、関係者の電話の傍受を始めていた。政府の命令には反することなので、これが発覚すればヴィルヘルムは懲戒処分か軍法会議を受けるだろうが、彼も彼の部下も“連邦”でのドラッグ戦争を終わらせたいのは同じだった。
だが、いくら関係者の電話を傍受してもヴォルフ・カルテルのボスの名前すら出て来ない。唯一分かったのはノルベルトのことだけであり、この男がスノーホワイト農園を管理し、スノーパールやホワイトフレークの製造に関与していると分かった。
それから暫くして、ヴォルフ・カルテルからブルーピルが新生シュヴァルツ・カルテルとキュステ・カルテルに渡されるという情報が手に入った。やはり、『ジョーカー』の精製施設を組織的に攻撃し、製造担当を拉致し、ブルーピルの作り方を手に入れたのはヴォルフ・カルテルで間違いないと思われた。
だが、捜査はそこで止まってしまった。
待てど暮らせど、新しい情報は手に入らない。
フェリクスたちは街で、売人を締め上げて、上の幹部の名前を吐かせようとしたが、それも上手くいかない。もう下から上へ方式は通用しなくなっているようだった。
フェリクスたちは復興計画の金の流れや、密輸・密売ルートの捜索や、できる範囲での港湾の監視も行ったが、どれも成果を上げられなかった。
「こうなると向こうがしくじるのを待つばかりだな」
ヴィルヘルムはオメガ作戦基地でそう言う。
「尻尾を出してくれるといいのですが。『ジョーカー』は派手に情報を撒き散らしていましたが、ヴォルフ・カルテルはなかなか慎重です。物事を慎重に、そして時として慎重かつ大胆に進めています。『ジョーカー』との抗争でもそれが分かる」
「確かにそう簡単に尻尾は出しそうにないな」
フェリクスの言葉にエッカルトが頷く。
エッカルトとフェリクスは基本的に行動を同じくしているが、ひとりが大使館から情報を得ている間に、片方がこのオメガ作戦基地にいることもあった。
何にせよ、未だにヴォルフ・カルテルは尻尾を出さない。
恐らくは本当の“連邦”最大のドラッグカルテルでありながら、ボスの名前も写真も手に入らない。既にキュステ・カルテルはヴェルナーで新生シュヴァルツ・カルテルはジークベルトと判明しているのに、ひとりだけまるで情報がない。
幽霊のように。
だが、幽霊はドラッグを売り捌かないし、人を殺す命令を出したりしない。
幽霊ではない。実在する人間だ。
ただ、幽霊のようにはっきりとしない正体にフェリクスたちが頭を抱えているだけだ。本当に存在するのかどうかすら怪しくなるほどに、情報はなかった。
最近ではヴォルフ・カルテルにボスはおらず、幹部たちの集まりが、議会のように方針や指示を決定しているのではないかとすら思われている。
だが、フェリクスの直観ではそれはないと思われた。
合議制のドラッグカルテルなどあり得ない。金と権力を巡って争い続けるドラッグカルテルが仲良く話し合いで物事を決めるなどあり得ないし、一連のヴォルフ・カルテルの軍事作戦は実行力だけではなく、計画の時点で優れていたと思われるからだ。
悔しいが認めなければならない。敵は優秀だと。
「捜査に進展はない。今は待つしかないだろう。君たちも家族がいることだろうし、今は帰りたまえ。君たちがここに出入りしているところをドラッグカルテルに目撃されると面倒なことになってくる」
「ええ……」
ヴィルヘルムの言葉にフェリクスは静かにうなずく。
フェリクスの家庭は崩壊寸前だった。
妻は自分たちを遠ざけ、仕事に専念しているフェリクスを理解しようとしているが、子供の誕生日にも帰ってこないことに腹を立てている。離婚していないのが不思議なくらい、フェリクスと妻の関係は冷え込んでいた。
子供たちはもうフェリクスの顔を思い出せないくらいに長く父親と会っていない。
これ以上、フェリクスが仕事に入れ込むならば家庭が崩壊するのは確実だ。
だが、フェリクスも引けない。ギルバートを殺され、スヴェンを殺され、フローラを殺され、パウラを殺され、親しくなったものを次々に殺害されていると言うのに、その真犯人を野放しにはできないし、何より麻薬取締局の捜査官としてドラッグ犯罪は許せないからだ。
「それでは失礼します、提督」
「何か分かれば連絡する」
フェリクスたちはホテルに帰る。
「シャルロッテの様子を見てくる」
「あまり入れ込むなよ」
ホテルに戻ってからフェリクスが言うのに、エッカルトが渋い表情で返した。
そう、入れ込むべきではない。これ以上、身を裂かれるような思いをしたくなければ。この“連邦”において命の価値は“国民連合”のそれとは違う。命の価値は軽く、吹けば飛ぶようなものである。
それでもフェリクスはシャルロッテのことを放ってはおけなかった。
一度は自分が焚きつけたせいでより深い傷を負ってしまったのだ。それにドラッグカルテルが彼女をもう狙っていないという保証もない。
シャルロッテの所属する新聞社はドラッグカルテルに関する記事を大幅に減らしたが、未だにドラッグカルテルに批判的な記事を掲載することがある。その批判の相手が今は勢力の衰えた『ジョーカー』や『オセロメー』であったとしても、連中が暴力に訴えないとい甘い見通しはできない。
フェリクスはシャルロッテの所属する新聞社までSUVを走らせる。
「やあ、シャルロッテ」
「こんにちは、フェリクスさん! これから取材なんですよ!」
「……またドラッグカルテル関係か?」
フェリクスは眉を歪める。
「いいえ。もう私はドラッグカルテルについては報道しません。ドラッグカルテルとは真逆の人に対して、取材をしてくるんです。ちょっと距離があるんで飛行機も使いますけれど、それぐらい価値のある人なんですよ」
「君がそこまでいうとは珍しい。どんな人だ?」
「この世に残った最後の良心とでもいうべき人ですかね」
シャルロッテは荷物を詰め込んだバックパックを背負う。
「どこまで行くんだ?」
「東南のジャングル地帯まで。そこでその人が活動しているんですよ」
「ふうむ。ジャングル地帯か……」
ジャングル地帯はドラッグカルテルがかつて大虐殺に手を染めていた場所だ。そして、今でも反共民兵組織メーリア防衛軍が少数民族と共産ゲリラに対する軍事行動を行っている場所でもある。
そんな場所にシャルロッテをひとりで行かせて大丈夫だろうか?
「待ってくれ。俺もエッカルトに連絡したら同行する」
「いいんですか?」
「ああ。あそこは君が思っている以上に危険だ。何が起きるか分からない。用心した方がいい。同行しよう」
「では、警護をお願いしますね、ボディガードさん?」
シャルロッテはそう言って悪戯気に笑った。
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