善意の行い
本日1回目の更新です。
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──善意の行い
マインラート・ミュンツァー司教にとって神に尽くすという行為は、神の子らである人々に尽くすという行為であった。
彼は西南大陸の生まれで、熱心な旧教徒の家庭に生まれた。世界で始めて第五元素兵器が炸裂した日に神学校に入学し、国際情勢が二大超大国によって引き裂かれた冷戦構造になっていく中で神の教えを学んだ。
それからは西南大陸各地で布教と救済の旅に出た。
彼は神の教えを学んだが、相手に無理やりその教えを押し付けるような真似はしなかった。彼は神の教えを学んだが、神の教えとは善人であるならば、よき友であるならばこうするべきという倫理的な教えなのだと彼は思っていたからだ。
彼は西南大陸各地の少数民族に受け入れられ、彼は彼らのために医療を施し、教育を施し、必要なことをした。改宗するものもいたし、先祖代々からの教えを守るものもいたが、いずれせよ彼ら全員に愛されていた。
彼は各地を巡り、慈悲の心を持って、住民たちに接してきた。
彼のことは讃えられ、“国民連合”の前大統領の任期中に大統領官邸に招待され、歓待された。だが、彼は豪華なもてなしを拒否し、このもてなしに使う資金を未だに教育を満足に受けられない西南大陸各地の貧民街の子供たちなどのために使ってくださいと言った。
前大統領はその言葉に感銘を受け、西南大陸に対する人道支援を始めた。
だが、時代は変わった。
泥沼の戦争に敗北した“国民連合”はより一層の反共の姿勢をとるようになった。
西南大陸各地で軍事政権が誕生し、共産ゲリラとの戦いに突入していく。
自分たちの裏庭を荒らす共産主義者たちは殲滅しなければならない。“国民連合”の新しい反共保守政権はそう判断していた。
クーデター。内戦。虐殺。
西南大陸が瞬く間に人道の危機に陥るのに、マインラートはひとりであっても戦い続けた。彼は軍事政権に狙われるスラムの孤児たちの保護を行い、共産ゲリラと軍事政権の両方に攻撃され、多数の死傷者を出した農村の窮状を世界に訴えた。
現在の“国民連合”政府にとっては煩わしい人間であったが、前政権──そして、改革派政党が支持している人間のため完全に無視することはできない。
だが、戦略諜報省はマインラートを『極めて容共的で、危険思想の人物』としてマークし、戦略諜報省の支援を受けている軍事政権から脅迫されることもあったし、逆に共産ゲリラから自分たちの戦いを邪魔するなと拉致された末に痛めつけられることもあった。
それでも彼は行動を止めなかった。
彼はあることを理解していた。
世界を救うには、祈りだけでは不十分であること。
世界を救うには金が必要であり、金を得るためには政治的宣伝が必要であること。
彼は理想主義者であったが、現実主義的な考えの持ち主であった。世界を救うためならば、綺麗ごとだけを好んでいる場合ではないということが分かっていた。
彼は“国民連合”に向かい、このころ急速に仕事量が増えていたPR会社を訪れた。ここ最近のPR会社の仕事のメインは企業の宣伝や政治家の選挙活動の支援であったが、彼はPR会社にこう依頼した。『私の活動への国際世論への支持を得られるようにしてほしい』と。彼はそう依頼したのであった。
それからは彼はPR会社がセッティングしたニュース番組に出演して、司会者に西南大陸の窮状を訴えた。何千万人が見るテレビで彼は西南大陸でどのような蛮行が蔓延っているかを訴えたのだ。
それから支持者であった前大統領とのパーティーでは資金集めに奔走した。改革派の政治家たち、その支持者である企業や団体から支援を受け、彼は十分な資金を確保した。そして、その資金で医療品を購入し、医師を雇い、西南大陸で迫害される立場の弱い人々を救った。やはり世界を変えるのには金が必要だということを彼は示したのだ。
南部では容共的と見做されていたことから支持はあまり得られなかったが、ザルトラントを始めとする自由都市では若者たちからも支持を受けた。
彼は政治的宣伝を熱心に行い、活動資金を集める。
「聖職者が政治に関わり、その上金に執着するとは嘆かわしい」
そんな意見も反共保守派からは出たものの、彼は気にしなかった。
彼は自分の確固たる信念と確固たる立場を持った聖職者だった。それがちょっと叩かれたぐらいで挫折するようなことはないし、彼は反対者がいくら騒いでも、いや騒ぐからこそ、今の支持者たちがより一層自分を支持してくれるのだと分かっていた。
目下、彼の今の取り組みは“連邦”における少数民族の保護だった。
“連邦”のジャングルに暮らす少数民族は元は“連邦”の原住民であった。それが追い立てられ、権利を認められず、反共民兵組織とドラッグカルテルの双方から攻撃を受け、ギャングや難民になっていく様に彼は心を痛めていた。
彼らを救うにはやはり活動資金と政治力、そして何よりも確固たる意志が必要だと彼は考えていた。“国民連合”での資金集めのパーティーを終えた彼は、“連邦”に向かい、“連邦”政府に反共民兵組織のコントロールを促した。反共民兵組織による無差別な虐殺に歯止めをかけるようにと。
だが、“連邦”政府の反応は芳しくなかった。
事実、共産ゲリラは存在するし、少数民族はそれに加担している。これは無差別な虐殺行為なのではなく、正当な防衛戦争なのだと“連邦”政府が説明した。
しかし、それで黙るようならば最初からこのような活動はしていない。
彼は医療品と有志の医師とともにジャングルに入り、少数民族の救済を始めた。
“連邦”の少数民族は独自の宗教を有している。改宗も難しい。それでも彼はそのようなことは気にしなかった。改宗しないならばそれで結構。これは所詮は自分が神に尽くすために行っていることなのである、と。
ジャングルは以前とは変わり果てていた。
メーリア防衛軍のCOIN機がナパーム弾を投下した爪痕が刻まれ、放置された死体が腐臭を放っている。メーリア防衛軍と共産ゲリラが裏で取引をしていることを知っているアロイスたちからすれば、死んでいるのは何の関係もない民間人だ。
メーリア防衛軍は“国民連合”への忠誠と世論の支持を得るためだけにいかさま戦争を続けている。共産ゲリラのいない無関係の村落を爆撃し、少数民族や農家を襲って、暴行と略奪と虐殺を繰り広げる。
共産ゲリラも反共主義者とレッテルを貼った村落を襲撃し、死体を積み重ねる。
マインラートたちが最初に始めたのは死者の埋葬からだった。死者を埋葬することは死者の尊厳のためでもあるし、同時に疫病の発生を防ぐためでもあった。既に多くの昆虫やネズミがジャングルで疫病を媒介しつつある。
死者の埋葬を終えると、マインラートたちは医療提供を始めた。
同時に食料の提供も行う必要があると分かり、食料を買い付け、雇った民間パイロットに少量を投下してもらった。
人間、衣食住が満たされていなければ、前に進めないのはどこも同じだ。
中古の衣類と仮設のテント、そして食事が提供され、そして予防接種や怪我の手当てなどの医療支援が行われ、少数民族たちは落ち着きつつあった。
このことを“国民連合”のマスコミが報じる。
マスコミは彼のことをこう呼んだ。『密林の救済者』と。
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