心休まるひと時
本日2回目の更新です。
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──心休まるひと時
ドラッグビジネスは信頼と猜疑のビジネスだ。
このふたつは矛盾しているようで、お互いを結び付け合っている。
相手を疑うことと相手を信頼することが矛盾しないという馬鹿げた状況を作り出すだけの金が動くビジネスであり、同時にそれはあらゆる国家から非難され、取り締まられる犯罪行為なのである。
矛盾と言えばアロイスも最近は随分と矛盾していた。
あれだけ家族や恋人への執心が弱点になると知りながら、マーヴェリックとの仲が進んでいたのだ。大学時代からの古い友人であり、恋人に近く、愛人に近く、それでいて恋人でも愛人でもないという関係を続けていた。
「あんた、最近、随分と元気だね」
「美人がいれば、自然と元気になるものさ」
一晩を楽しんだのちの朝に、アロイスが南部式のコーヒーを入れるのに、マーヴェリックは下着を纏い始めていた。
「くくっ。どの男もあたしがやる様子を見ると、ドン引きして逃げていくんだけどね」
「気にしないさ。君は俺の命令で動いている。君の行動は俺の行動だ。俺は自分がやったことに責任を感じたり、良心の呵責を覚えたりしない。死ぬべき人間は死ぬべきだし、俺はそういう人間に死を与えているだけだ」
アロイスはスポーティで色気の少ない下着を纏ったマーヴェリックにコーヒーを手渡す。マーヴェリックは熱々のコーヒーを受け取り、その熱さを楽しむように、コーヒーを啜る。アロイスは猫舌なのでミルクを多めに入れている。
「それで、今日は誰か焼く?」
「燃やすのも、焼くのも、刻印を刻むのもなし。今の状況は落ち着いている。ま、君が望むならば『ジョーカー』の構成員を拷問させてもいいけれど? 本当にそんなことがしたいってわけじゃないだろう?」
「是非ともやりたいけどね」
「なら、2、3人連れて来ようか?」
「そいつはいい。燃えてくるね」
マーヴェリックはサイコなサディストだ。
だが、アロイスは気にしない。彼女は心安らげる相手だった。
マーヴェリックと話している間は、彼女と一緒にいる間は、ドラッグビジネスの汚い側面から逃げられるような気がしていた。
実際は今もドラッグビジネスの汚い側面は進んでいる。未だに新生シュヴァルツ・カルテルとキュステ・カルテルはブルーピルの取り扱いについて争っている。
そして、『ジョーカー』と『オセロメー』の3大カルテルに対する攻撃も続いている。ついこの間はキュステ・カルテルの復興計画に関係している企業のトラックが爆破されたばかりだ。
民間のトラック爆破に留まらず、ドラッグを強奪することもあった。
忌々しい『ジョ-カー』と『オセロメー』はどこからかドラッグを入手している。もちろん、『ジョーカー』と『オセロメー』は強奪のみならず、どこからかドラッグを入手している。
それは化学的な知識がある程度あれば作れる合成ドラッグの類だったり、どこから入手したのか分からないスノーホワイトからのドラッグだったりする。
今も“連邦”はドラッグ地獄。
「君は嫌にならないか。このドラッグを巡る争いに。西海岸の暖かな海岸で、のんびりと過ごす方がいいとは思わないか?」
「退屈だね。そんな人生はごめんだ。あたしは最後の最後まで、戦っていたい。敵を燃やしていたい。敵を焼いていたい。あたしがあたしであるために必要なこと全てを享受していたい。あたしはあたしを歪めたくはない」
「それが君の信念?」
「というよりも生まれてきた理由かね。あたしはこのために生まれてきた。人が生まれてくるには理由がある。そうだろう?」
マーヴェリックがコーヒーを飲み干す。
「あんたは何のために生まれてきたと思う?」
「さてね。ドラッグを密売するために生まれてきたとは思いたくないものだが」
自分は何のために生まれてきたのか。
アロイスの夢は製薬会社に入り、人のためとなる薬を作り、そしてノイエ・ネテスハイム村で小さな薬局を作り、村に医療を届けるのが夢だった。
だが、その夢は成し遂げられないものとなった。
アロイスは自分が何のために生まれてきたのだろうかと考える。
ドラッグビジネスを行うため? 少なくともハインリヒはそう思っていただろう。だが、母はそれを望んだか? アロイスはそれを望んだか? 世界はそれを望んだか?
いいや。望んじゃいない。
世界はドラッグカルテルが継承されることなんて望んでいなかった。アロイスの母はアロイスがドラッグビジネスを行うことなど望んではいなかった。アロイス自身も、ドラッグビジネスに関わることなど望んでいなかった。
「俺は何のために生まれてきたんだろうな……」
「さてね。それは自分との相談だ。神様が人間を生み出しているわけじゃない。神様が使命を与えて人間を地上に送り出しているわけじゃない。そんなことを信じている連中は大馬鹿野郎だ」
マーヴェリックが哄笑する。
「神様が全てを操っているとして、神様は9歳の女の子を暴行するロリコン野郎を地上にわざわざ送り出したのか? あるいはたったの500ドゥカートの金を奪うために、殺人を犯すような奴を地上にわざわざ生み出したのか? このドラッグビジネスを行っている人間全員を神様が揃えたのか?」
マーヴェリックが吐き捨てる。
「そんなことはない。神はいない。神の意志なんてない。人間の世界は人間が動かし、人間が望むように動いていくんだ」
マーヴェリックはそういうと、コーヒーカップをサイドテーブルに置き、下着姿でうんと伸びをすると、太陽の光が差し込む窓際に立った。
「だろうね。俺も神なんて信じちゃいない。この世に神がいるとしたら、人を痛めつけて喜ぶサディストだ。『神は我々を試されておられるのです』、か。とんだサディストだ。俺は古今東西のあらゆる神を否定する。そんなものは存在しないと」
「あたしはヴァルキリーなら信じていいと思っているよ。イケてる女たちみたいだし、あいつらの好みはあたしみたいな人間のようだし?」
「そして、ラグナロクに備えるのかい?」
「イエス。人類最後の破滅的な殺し合い。世界の終わりは第五元素兵器の投げ合いで終わるっていうけれど、あたしはそういうシンクタンクが好きそうな“机上における数字の戦争”より、肉と肉がぶつかり、血が流れる本物の戦争の方が好きだ」
「君らしいよ」
アロイスはそう言ってテレビをつける。
テレビはいつものようにニュースをやっている。最近ではドラッグカルテルに関する報道は減った。アロイスたちがジャーナリストに圧力をかけ続けてきた結果である。
そんな中で興味深いニュースが報道されていた。
「神なんて信じないと言った矢先からこれか」
アロイスは呆れたようにテレビを眺める。
テレビでは以前から西南大陸各地で資本主義者、共産主義者を問わず、慈善活動を行ってきていた司教の様子が報道されていた。
その男はサウスエルフとノースエルフの混血で、西南大陸で親を失い孤児になった子供たちに孤児院を建てたり、少数民族への医療支援などを行っているそうだった。今は“連邦”でメーリア防衛軍によって迫害された少数民族の集落再建を行っているそうだ。
どうやら政界にもコネがあるらしく、“国民連合”の前大統領夫人と一緒に写っている写真などが掲載されている。擦り切れた祭服を纏っている司教の横で、着飾った前大統領夫人が写っているのは滑稽ですらあった。
「こいつはアカだね」
「聖職者がアカ?」
「世の中、売春婦から聖職者まで、皆等しくアカになる可能性があるのさ」
マーヴェリックはそう言って、アロイスの飲み終わったコーヒーカップを流しに持っていった。
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