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青い錠剤の配分

本日1回目の更新です。

……………………


 ──青い錠剤の配分



 アロイスは機嫌がよかった。


 キュステ・カルテルに派遣していた連絡員からの報告によれば、アロイスたちの復興計画案は少しばかりのトラブルはあったものの、概ね受け入れられたそうだ。


 これまでドラッグカルテルを恐れ、嫌っていた人間も考えを改める。『ドラッグカルテルも一概に悪だとは言えないのではないか?』と。


 ヴォルフ・カルテルは潤沢な資金力を発揮し、貧しい農村や街に病院や学校を整備する。そして、カルテルの雇った医師や教師を派遣する。彼らは表向きにはドラッグカルテルとは無関係で、善意の気持ちから地方に赴任したものたちだった。だが、彼らには密かに大金がドラッグカルテルから回されてる。


 少なくともこれで“ドラッグカルテルによる人道危機”は終焉した。


 いや、今も人道危機が続いている地域もある。


 あの『ジョーカー』や『オセロメー』の残党が幅を利かせている地域では、少数民族に対する暴力と一般市民への脅迫が続いている。


 だが、人々は思うだろう。『キュステ・カルテルやヴォルフ・カルテルの支援してる地域はなんて平和なんだ。我々もキュステ・カルテルたちの支援を受けよう』と。


 そして、『ジョーカー』や『オセロメー』の構成員が売られ、キュステ・カルテルは完全に縄張りを回復する。


 いつまでも『ジョーカー』や『オセロメー』という制御されていない暴力が存在するのは望ましくない。奴らは排除されるべきだし、暴力は理性的な頭脳が支配しておくべきだ。すなわち、今の3大カルテルのボスたちが。


 もちろん、彼らはアロイスの友人たちではない。彼の飼っている羊だ。生贄に捧げられるべき羊だ。いずれは切り捨てて、新しい人間を再度ボスに任命する。


 3大カルテル体制は維持され続ける。ボスだけが交代する。


 ドラッグカルテルのボスなどというのは儲かる仕事だ。思う存分贅沢ができて、権力が振るえる。なりたがる人間は後を絶たない。


 アロイスは密かに古いボスを麻薬取締局に売り、新しいボスを王座に導けばいいだけだ。そして、そいつがまた不要になったら麻薬取締局に売る。


 ドラッグビジネスに友情なんてない。あるのは利益を巡る争いだけだ。


 そして、今、新しい利益の分割が始まろうとしていた。


「諸君、ブルーピルの価値についてはよく知っているかと思う」


 アロイスは勿体ぶって話す。


 それはこの会合の主導権がアロイスにあることを示すものだった。


 会合には新生シュヴァルツ・カルテルのジークベルトとキュステ・カルテルのヴェルナーが出席している。それぞれが護衛を引き連れ、アロイスもマーヴェリックとマリーを待機させておいた。


「ブルーピルは売れる。中毒性の高さ。その薬効。オーバードーズの頻度の低さ。全てにおいて既存のドラッグを上回っている。末端での市場取引価格は800ドゥカート。そして、卸値は200から300ドゥカート。それも1ミリグラム当たりだ。原価は100ドゥカート。これが如何に利益を上げるかは簡単に想像がつくだろう」


 ヴェルナーたちは無言でうなずく。


 彼らもブルーピルの価値については理解していた。たった1ミリグラムで3ミリグラムのホワイトフレークより高値で売れるのだ。輸送のコストは低く抑えられるし、保管場所の料金も低く抑えられる。出費はかなり減る。


 まさにドラッグの新たなる王者だ。


「今は我々ヴォルフ・カルテルが製造を独占している。だが、我々は強欲じゃない。利益は分かち合うつもりだ。我々3大カルテルは兄弟のようなものなのだから」


 いつ裏切るか分からない兄弟だが、とアロイスは心の中で付け加える。


 未だに『ジョーカー』や『オセロメー』がドラッグビジネスをやれているのは、連中にドラッグを横流ししている存在を示唆している。それがどのカルテルなのか。今はまだ分からないが、分かり次第処分を下すつもりだ。


「我々は利益を分かち合う。ヴォルフ・カルテルが5、キュステ・カルテルが3、シュヴァルツ・カルテルが2という具合ではどうだろうか?」


 アロイスはヴェルナーたちに問いかける。


「待て。シュヴァルツ・カルテルは裏切ったんだぞ。そして、キュステ・カルテルは立て直すのに金が必要だ。もっと配分を増やしてくれ」


「裏切ったのはドミニクです。シュヴァルツ・カルテルはその借りをちゃんと返しました。ドミニクを妻子ごと捧げることで。そして、金が必要なのは、以前の半分に縄張りが減ってしまったシュヴァルツ・カルテルも同様です」


 ほら、始まったとアロイスは思う。


 だが、これこそが俺の望んだ状況だとも思う。カルテル同士で奪い合い、憎み合い、誰が裏切ってもおかしくない状況を作り出す。アロイス以外、つまりジークベルトとヴェルナーのふたりが裏切り合うことが必要なのだ。


 ブルーピルはそのための起爆剤。


 アロイスは確かにジークベルトとヴェルナーを売るつもりだ。だが、売ったのが自分だと思われるのは困るのである。ジークベルトとヴェルナーには互いに疑心暗鬼になってもらい、アロイスは公平な仲介者として振る舞うことが必要なのだ。


 せいぜい憎み合えよ、クソ野郎ども。ドラッグビジネスなんかに手を出す奴に碌な奴はいない。クソ野郎だ。そいつらがどんな目に遭おうと、アロイスの良心は痛まないし、大笑いしてやれる。


 自分の性格がネジくれていくのをアロイスは感じていた。だが、こんな状況で1度10年を過ごし、さらに数年を過ごしているのだ。性格が歪まない方がどうかしている。


「まあ、公平にやろう。2.5と2.5でも構わない。俺にとって重要なのは、ブルーピルをみんなで分かち合うことだ。ヴォルフ・カルテルだけがブルーピルを扱っている状況というのは望ましくない。新商品というのは麻薬取締局の注意を引くものだ。儲かる商品ではあるが、リスクは全員で負うべきだろう?」


 あくまで気のいい叔父さんという具合に、アロイスは両者を宥める。


「規模から考えれば4:1が妥当だ。今のシュヴァルツ・カルテルにはそこまでのドラッグを捌くだけの能力はない。対する俺たちは能力があるし、ともにヴォルフ・カルテルと『ジョーカー』に対して戦ったことは評価されるべきだ。裏切者ではなく」


「裏切りは清算された。裏切っていたのはドミニクたちだけだ。そして、そのドミニクは始末された。私はヴォルフ・カルテルとの友好を重視しているし、彼の計画に賛同して、ドミニクの妻子を拉致することにも貢献した」


「はっ! 裏切者じゃないか。裏切者は裏切りを誇るのか?」


 いいぞ。その調子だ。憎み合え。お互いを疑え。そして、来るべき時が来た日に真っ先に疑うのはジークベルトとヴェルナーの両者であれ。


 まるでコロシアムの剣闘士の殺し合いを見るような気分でありつつ、いつものような完璧な無表情でアロイスはふたりのあり様を眺めていた。


「ブルーピルは大量生産はできない。2.5:2.5にするにせよ4:1にするにせよ。きちんと選んでくれ。渡せるブルーピルの数は限られている。分かってくれるよな? だから、よくふたりで話し合って決めてくれ」


 さあ、せいぜい互いを罵り合い、疑い合えよ。


 アロイスはそう思ってふたりを眺めていた。


……………………

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