殺戮と降伏
本日2回目の更新です。
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──殺戮と降伏
フローラの死はきっかけに過ぎなかった。
フローラと自警団の死傷を受けて、街の世論は二分された。
徹底抗戦か、それとも降伏か。
徹底抗戦は街のかなりの割合を占めている。
良くも悪くも犠牲者数が中途半端だったことが、徹底抗戦に火をつけた。市民は怒りに燃え、報復を叫んでいる。ドラッグカルテルによる復興などクソくらえだと、彼らは市長の擁護に回った。
一方、これ以上の戦いは犠牲者を増やすばかりだと降伏を訴えるものもいた。ドラッグカルテルの暴力性については以前の抗争で彼らも学んでいる。ドラッグカルテルの本気の暴力にさらされれば、あれだけの犠牲者では済まないということも分かっている。
市民の間で意見が割れる中、パウラは徹底抗戦の旗を振っていた。
“勇敢な警察官の死を忘れるな!”というスローガンの下に。
今はまだドラッグカルテルの動きはない。
だが、様子を見ているのは確かだ。フェリクスがシャルロッテの取材に同行していると、見慣れぬピックアップトラックが停まっていたりする。恐らくはそれがカルテルの偵察だろう。そして、示威行為も兼ねている。
警察はフローラが死んだことでついにいなくなった。
市民は警察に保護されない。他所から警察が派遣されてくる様子はないし、軍が介入するような様子もない。“連邦”政府は完全にこの街を見捨てていた。他の街と同じようにドラッグカルテルによる復興計画を受け入れろという圧力に近い。
徹底抗戦派は街頭デモを行い、市長への支持を訴える。
降伏派は静かに家の中に閉じこもっている。
そうして数週間が過ぎ、フローラの死の衝撃が弱まってきたころ。
それは起きた。
街頭デモを繰り広げていたデモ隊に向けてピックアップトラックに乗った3人組が魔導式短機関銃を乱射し、多数の死傷者が出た。
街頭デモが行われた広場は血の海になった。
死者6名、重軽傷者32名。
このこともシャルロッテによって報道された。
本来ならば衝撃を受けるべき数字だ。“国民連合”ならば数か月はニュースとして扱われ、犯行の残虐性やその年一杯語られるだろう。
だが、“連邦”ではそうではない。
もはやこの国は暴力に慣れてしまっている。『ジョーカー』とキュステ・カルテルの抗争では死者の数が違った。3桁の死者が当り前の抗争では、2桁の死傷者など気にもならない。そんな嫌な常識が根付いてしまったのである。
しかし、市長のパウラはこの惨劇を前に、方針を改めなければならなくなった。
すなわち、ドラッグカルテルに降伏することになったのである。
パウラはドラッグカルテルの復興計画を受け入れ、彼らを街に入れた。
やってきたのはごく普通の労働者たちで、彼らは学校や病院を建設していく。道路も舗装しなおされ、車ががたがたと揺れることもなくなり、同時に病院で働く医師や看護師たちも移り住んできた。
そして、頃合いを見計らったように無人になった警察署に警官たちが派遣されてきた。まるでパウラが折れるのを、市民が恐怖を覚えるのを待っていたかのようにして。
学校では授業が始まり、病院にはこれまで遠くの病院に通っていた患者たちが訪れる。それで全てが上手く回っていくかのように思われた。
パウラが殺された。
彼女が市庁舎に向かっている途中に彼女は横付けしたSUVから30発の9ミリ拳銃弾を受けて、車内で死亡した。警察は通り魔的犯行として、捜査を行うとしたものの、何ら捜査が行われる様子はなかった。
シャルロッテはそれも報道した。
シャルロッテはフローラの死と、広場での虐殺と、パウラの死について報じた。
それはシャルロッテがドラッグカルテルの意に背いた行動をとっていることを意味していた。遅かれ早かれ、シャルロッテは襲われるだろう。それか彼女の姉か、会社での上司が代わりに襲われるかだ。
ドラッグカルテルがジャーナリストを殺すのは珍しいことではなくなっていたのだ。
「シャルロッテ。亡命するんだ」
フェリクスはある日、シャルロッテにそう言った。
「ここにいてはいずれ殺される。ただ殺されるならばまだ幸運な方だ。ドラッグカルテルの連中がどういう風に人を殺すかは君だって知っているだろう」
「けど、あなたが言ったんですよ。報道することが義務だって!」
「そう義務だった。その義務を君は果たした。役目は終わったんだ。あの街はドラッグカルテルのものになった。今さらもうどうにもならない。フローラは死んだ。パウラも死んだ。そして、君まで死ぬつもりか?」
フェリクスは断固とした姿勢でそう言う。
「まだ義務は果たせていません。この国に暮らす全ての人々が安心して暮らせるようになるまで報道し続けなければならないんです」
「この国の悲劇を、か? シャルロッテ、君の記事に対する反響はどうだった? 俺も報道することで変えられることがあると思っていた。少なくとも“国民連合”においてメディアは強力な存在だった。大統領の首だって挿げ替えられた」
“国民連合”のマスコミは確かに強力だ。
彼らに目を付けられれば大抵の人間は血祭に上げられる。だが、“連邦”においてはその事情が異なる。
「だが、“連邦”ではそうではない。“連邦”のマスコミにはそんな力はない。少なくともドラッグカルテルの暴力を前にしては敗北している。あの街はドラッグカルテルの支援を受け入れた。君がフローラやパウラの死を報道しても。俺は変えられるかもしれないという思い違いをしていた。何も変えられないんだ。この状況を変えるには奴らと同じ暴力で対抗するしかない」
フェリクスはシャルロッテを焚きつけてしまった自分を呪った。
自分がシャルロッテを焚きつけず、フローラの死の時点でこの業界から身を引かせていれば、こんなことにはならなかっただろう。
最悪を想定する。フローラが死に、パウラが死に、シャルロッテも死ぬ。
それだけは絶対に避けなければならない。
「まるで原始時代です」
「そうだ。暴力こそが法。原始的だ。現代国家のあるべき姿ではない。だが、連中は実際に暴力を持っていて、好きなようにそれを振るえるんだ。残念だが『ペンは剣よりも強し』という格言はここでは当てはまらない。それが当てはまるのはきちんと法と法執行機関が機能している場合のみだ」
「私は何も変えられないというのですか?」
「俺も言葉で状況を変えられるなら、喜んで変えるのを手伝いたい。だが、そうはいかないんだ。少なくとも今の“連邦”では」
そう言ってフェリクスは首を横に振った。
「……私は無力です」
「俺もだ」
その日からシャルロッテはドラッグカルテル絡みの報道をすることを止めた。
ドラッグカルテルはまたひとつ勝利を手にした。
だが、いつまでも連中に笑わせておくつもりはない。
フェリクスはそう決意していた。
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