反対運動
本日1回目の更新です。
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──反対運動
ドラッグカルテルのインフラ支援の申し出。
「我々はこれに反対します!」
パウラはそう主張した。
当然ながら、街の住民はドラッグカルテルによる報復を恐れていた。
だが、ドラッグカルテルに滅茶苦茶にされた街をドラッグカルテルがさも慈悲深いかのように振る舞って復興するというのは、正直に言って受け入れられない。それが街の住民の間での意見であった。
ドラッグカルテルの代理人は後悔することになると言って帰っていった。
街では自警団が結成され、フローラもパトロールの回数と範囲を拡大した。
だが、フェリクスにできることはない。
フェリクスはあくまで麻薬取締局の捜査官だ。ドラッグ犯罪を取り締まることについては認められているが、それ以上のことは認められていない。彼がこの街の問題に首を突っ込むのは、権限を越えている。“連邦”政府は内政干渉だというだろう。
だから、フェリクスはただシャルロッテの傍にいた。
傍にいれば、シャルロッテが襲撃されたとき、正当防衛として反撃できる。以前の抗争中では、ジャーナリストも殺されている。ドラッグカルテルを批判したからという理由で、『ジョーカー』やキュステ・カルテルからの攻撃を受けた。
今回もそうならないとは限らない。
シャルロッテが取材を止めてくれるのが一番いいのだが、彼女は報道することで、街の住民を助けようとしている。ドラッグカルテルに脅かされた街の現状を伝え、ドラッグカルテルが何をしようとしているかを伝えることで、“連邦”政府を、世論を、動かそうとしている。
だが、残念なことにその努力は実らないだろうとフェリクスは考えている。
“連邦”政府はドラッグカルテルの傀儡だ。“国民連合”の傀儡でもあるが、ドラッグカルテルの傀儡でもある。そして、“国民連合”もドラッグカルテルも、この小さな街がどうなろうと気にしはしない。
そして、事件が起きた。
市庁舎に火炎瓶が投げ込まれたのだ。
幸い、被害者はいなかったものの、市庁舎に火炎瓶が投げ込まれたという事実は、街の住民たちの神経を揺さぶった。
このままで大丈夫なのか? ドラッグカルテルを怒らせれば、もっと激しい報復が待ち受けているのではないか?
それでもパウラはドラッグカルテルの復興計画を蹴り続ける。
次は銃弾。市庁舎の市長執務室に10発の銃弾が叩き込まれた。9ミリ拳銃弾。魔導式短機関銃から放たれたものと推測される。
パウラが会議のために席を外していた時間に行われたので被害者はいなかったが、これもまた市民たちを不安にさせた。
本当に大丈夫なのか? 計画を飲むべきではないのか?
市民たちの間からそんな声が漏れ始めた。
それでもパウラは頑なにドラッグカルテルの要求を撥ね退ける。
だが、ついに死傷者が出た。
自警団とそれに同行していたフローラが撃たれた。
自警団のひとりが重傷を負い、フローラは……。
「どうだった?」
「ダメ、だったそうです。出血が激しくて……」
病院の待合室にいたフェリクスにシャルロッテがそう言う。
「そうか」
フローラは腹部に銃弾を受け、十数キロ離れた病院に運ばれ、緊急手術を受けたが内臓出血によって大量の血を失っていたフローラは助からなかった。自警団のひとりも辛うじて助かったという話だ。
「私がいけなかったんです。彼女をドラッグカルテルの抵抗のシンボルと持ち上げ、それに加えてあの街のドラッグカルテルに屈しない様子を伝えたから。だから、ドラッグカルテルの怒りを買って、フローラさんも」
「君のせいではない。悪いのはドラッグカルテルのろくでなしどもだ」
そうだ。報道の自由など当り前のことだ。事実を報道されたからと言って報復を行うのは暴力が支配するドラッグカルテルの世界の話だ。それは決して一般的ではない。
そう、ドラッグカルテルの身勝手だ。連中が暴力で連中の常識を押し付けてくるのは正しいことではない。それに従うのは間違っている。確かに武力を持つ国家が国際秩序を作るのは認められているが、その国家ですらも民族浄化や大量虐殺、生物化学兵器の使用を許されているわけではない。ルールはあるのだ。
「私、私、本当にこんなことしなければよかったって……」
「安心するんだ。君のせいじゃない。君が報道したことで他の市民たちも理解しただろう。ドラッグカルテルがいかに残虐なのかを。決してドラッグカルテルを信頼してはならないと皆が理解するはずだ。君はやるべきことをした」
「そう、だといいのですが……」
「報道することがジャーナリストである君の義務だ。義務を放棄してはならない。それはドラッグカルテルに屈したことを意味する。連中はジャーナリズムを屈服させ、自分たちに都合のいい世界を作ろうとしている。それはダメだ」
そう、ドラッグカルテルは情報統制を行おうとしている。自分たちにとって都合のいい情報だけを報道させて、自分たちの行動の自由を図っている。その末にできるのはドラッグカルテルの支配する世界である。
それはあってはならない。ドラッグカルテルが自由に行動するなどあってはならない。ドラッグカルテルの支配する世界などあってはならない。
抗議の声を上げ続けるのだ。ここまで来て引けば、それこそドラッグカルテルは大喜びすることだろう。
「俺たちはもう引けないところまで来ている。やるしかないんだ。ここまで来て君が引けば、ドラッグカルテルどもは自分たちのやり方が正しいと理解する。君のことは俺が守る。だから、報道し続けてくれ。この悲劇も」
「お姉ちゃんが言ってましたけど、ジャーナリストってハゲワシみたいですよね。死体に群がるというか、悲劇に群がるというか」
「違う。悲劇を知らせることで、世界を動かすんだ。悲劇がそのまま知られないまま、流されていたら、人々は何も学べない」
今のシャルロッテは酷く傷ついている。励ましてやらなければならない。
「さあ、行こう。ここにいるわけにはいかない」
ここはキュステ・カルテルの縄張りを出た新生シュヴァルツ・カルテルの縄張りだ。連中が何をするのか分からない。
連中がヴォルフ・カルテルの傀儡で、キュステ・カルテルによる戦争被害地域の復興計画にヴォルフ・カルテルが金を出しているというフェリクスの推測が正しいならば、ここはヴォルフ・カルテルの影響下にあり、かつヴォルフ・カルテルにとっての邪魔者がふたりして揃ってることになる。
まるでオーブントースターに入れられた七面鳥だ。
このままローストされるわけにはいかない。ここから移動しなければ。
だが、移動したところで大して変わりはないのも事実だ。どこもかしこもドラッグカルテルの影響下にあり、警官は買収されており、暴力がひしめき合っている。
フェリクスはSUVでシャルロッテを新聞社まで送り届けると、そのままその日は新聞社にシャルロッテとともに泊った。
本来ならばもっと情報を集め、ヴィルヘルムにそれを提供し、捜査を進めなければならないのだが、今はそんな余裕はない。
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