工事計画
本日2回目の更新です。
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──工事計画
シャルロッテからその話を聞いたのは2日前だった。
それから動くのに時間がかかったのは、ヴィルヘルムを説得していたからだ。
「提督。確かです。もう『ジョーカー』の心配をする必要はないんです。今はヴォルフ・カルテルを追うべきなんです」
「そうは言うが、君が思っているより『ジョーカー』は勢力を維持しているぞ」
ヴィルヘルムはそう言って渋い表情を浮かべていた。
「ですが、ヴォルフ・カルテルこそが“連邦”最大のドラッグカルテルなんです」
「いいか、フェリクス。私が君の上司と話しをしていないと思ったら大間違いだ。私は君の上司であるハワード・ハードキャッスル局長とも話している。彼は君たちにヴォルフ・カルテルを追えなどという命令は出していないぞ」
忌々しいハワードめ! 現場のことを何も分かってないじゃないか!
「確かに本局の分析官はキュステ・カルテルこそが最大のドラッグカルテルだと分析しています。我々にもそれを追うようにと」
「では、何故君たちは私に見当違いな目標を追わせようとしているんだ?」
「見当違いではありません! 決して見当違いなどではないのです。ただ、本局の分析官たちには正しい情報が届いていないだけなのです」
フェリクスがそう言うと、ヴィルヘルムは続きを促した。
「まずはっきりさせておきましょう。私は独自の情報源を持っています。信頼できる情報源です。元シュヴァルツ・カルテルの構成員。ドミニク・ディートリヒのボディガードもしていました。そいつがヴォルフ・カルテルこそ最大のドラッグカルテルだと吐いたのです」
「そいつは拘束しているのか?」
「あいにくですが泳がせてあります。新しい情報のために」
ヴィルヘルムはそこでため息をつく。
「フェリクス。そいつはただの金目当てのでたらめなことを言っている奴だ。この国に何人の“自称ドラッグカルテルのボスのボディガード”がいると思う? 連中は情報源にはならない。決して。使えない情報だ」
ヴィルヘルムは聞き分けのない子供をなだめるようにそう言う。
「いいえ。使えます。そのボディガードの情報は麻薬取締局本局のデータベースにもありました。そして、現に新生シュヴァルツ・カルテルのボスであるジークベルト・シェレンベルクはドミニクの妻子を拉致するのに手を貸した男です。ヴォルフ・カルテルが分裂したなんて話は連中が注意を逸らすために作ったストーリーです」
「ふうむ。だがな、そいつが今も最新の情報を手に入れているわけではないんだろう? ドミニクは死んだ。その男の仕事もなくなった。得てしてドラッグカルテルの人間は怠惰だ。そうでなければ残酷な働き者か。そういう人間のいうことを真に受けるというのは些かリスクが大きいように思われるのだが」
「確かにそうです。最新の情報については疑問符が付きます。ですが、これまでの情報だけでもヴォルフ・カルテル弱体化説を打ち消すには十分です」
ヴィルヘルムは頭を悩ませるように抑え、フェリクスは資料を差し出す。
「これまで確認された情報です。この情報源が現役だったときの情報も含まれています。お確かめください」
「分かった。見ておこう。分析もこちらで行う。真実ならば、君の言う通りヴォルフ・カルテルが最大勢力だというならば動こう、ただし、『ジョーカー』の残党を処理してからだ。我々は『ジョーカー』を殲滅するために動員されている」
「よろしくお願いします、提督」
なんとかヴィルヘルムを説得して、ここまで来た。
“連邦”における腐敗していない捜査機関は少ない。第800海兵コマンドはそのひとつだ。フェリクスたちにとっては重要な同盟相手になる。
フェリクスは一仕事終えて、ホテルに戻る。
ホテルで仕事をしてもいいし、大使館で仕事をしてもよかったのだが、件の“国民連合”の内通者の情報が引っかかっていたので、本局との連絡が必要なことに限って連絡のために大使館で仕事し、普段はホテルで仕事をすることになった。
大使館のアタッシェたちは戦略諜報省の職員であったり、国防総省の職員であったりする。その中にドラッグカルテルの内通者がいるのだろうかということがいつも気になる。いたとすればどうして“国民連合”を裏切ったのだろうかと思う。
「おう。フェリクス。ヴァルター提督はどうだった?」
「一応の理解を示してくれた。だが、まだ分からない」
「そうだよな。地方の新聞社の情報源で、ドラッグ戦争をやるなんてどうかしてるって話だものな」
「それもそうだな」
だが、情報源は情報源だ。そして、信頼できると分かった。敵は思わぬところから足を取られることになるのだ。
「そうそう、ロッテから電話だぞ。相談したいことがあるそうだ」
「シャルロッテから?」
「ああ。どうしても話しておきたいことがあるそうだ」
どういうことだろうかと思いながら、フェリクスはシャルロッテから渡されていた連絡先に電話をかける。
「シャルロッテか? フェリクスだ。相談というのは?」
『大変なんです! ドラッグカルテルが病院や学校を立てるって……!』
「落ち着いてくれ。どういうことだ?」
『ええっと。街にドラッグカルテルの代理人という奴が来て、街の復興に力を貸したいっていうんです。破壊された学校や病院を整備し、インフラも立て直すって。けど、ドラッグカルテルですよ? 後で何を要求されるか分からないし、断っても報復があるかもしれないってみんな悩んでいて……』
「分かった。そっちに今から行く」
『待ってます!』
フェリクスは受話器を置くと装備を確認する。口径9ミリの魔導式拳銃。それがいつでも抜けるようにレッグホルスターに収まっている。これ以外の装備はない。フェリクスにできるのはあくまで、自衛のための戦闘だけだ。ドラッグカルテルと正面から戦うには、ヴィルヘルムの第800海兵コマンドの支援か、本局の特殊作戦部隊の支援が必要だ。
無謀な戦いをするつもりはない。ドラッグカルテルと戦う時には、念入りに準備を整えてから戦うつもりだ。
フェリクスはSUVでシャルロッテたちが取材中のフローラがいる街を訪れる。
住民たちの姿は見えない。
どこかに集まっているのか。それとも隠れているのか。
フェリクスはシャルロッテとの待合場所である市庁舎を目指す。
「フェリクスさん!」
「シャルロッテ。どういうことなんだ?」
「ドラッグカルテルが来たんですよ。この街に学校や病院を整備するって。それでドラッグカルテルの申し出を受けるのか、それとも断るのかで揉めていて。他の街は受け入れたそうで、残るは私たちだけだと」
「ドラッグカルテルが学校や病院の整備を?」
フェリクスは考える。
マフィアが住民の機嫌を取り、財力を示すために孤児院にプレゼントを送るようなことがあるとは聞いたことがある。だが、病院や学校を整備するなんて話は聞いたことがない。目的は同じだろうが、規模が違う。
「他にもこの街の周辺のインフラ整備もって」
「パウラ市長は受け入れたのか?」
「だから、揉めてるんです。受け入れればドラッグカルテルの影響を受けるようになりますし、受けなければ報復も考えられますから」
「そうだな。しかし、ドラッグカルテルの人間が来ているわけではないんだろう?」
「ええ。代理人だそうです。早く決めるようにって言って帰っていきました」
「ふうむ。問題だな」
どうあってもドラッグカルテルの影響を受ける。
彼らには警察の支援もない。
ここは受け入れるべきなのか?
だが、それはフェリクスの信条に反することだった。
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