ドラッグビジネスにおける慈善活動
本日1回目の更新です。
……………………
──ドラッグビジネスにおける慈善活動
アロイスたちはエルニア国におけるビジネスの確認とバカンスを終えて、再び“連邦”に戻ってきた。色鮮やかな観光地を擁するエルニア国と“連邦”を比較すると、残念な気持ちになるが、こここそがアロイスの故郷なのだ。
アロイスは空港に出迎えに来ていた『ツェット』の護衛を受けて、自分の屋敷に戻る。マーヴェリックはご機嫌で喋りっぱなしだったが、マリーの方は頷いたり、『そう』と相槌を打つぐらいで大して喋っていない。
それでよく付き合ってられるなとアロイスは少しばかり感心する。
屋敷に戻ると同時にヴォルフ・カルテルのボスとしてのアロイスの仕事が始まる。
ヴィクトルからブルーピルの増産の要請。これには応えるつもりだが、流通させるのは新生シュヴァルツ・カルテルになるだろう。西部では新生シュヴァルツ・カルテルや、東部ではキュステ・カルテル。そういう分割案をアロイスは提示していた。
ヴォルフ・カルテルはあちこちに恩を売っている。誰も彼らが求めるのに断ることはできない。アロイスの率いるヴォルフ・カルテルは“連邦”政府や“国民連合”政府にさえ、恩を売っているのだ。
そして、今、新たにアロイスは恩を売ろうとしていた。
「『ジョーカー』とキュステ・カルテルの戦闘地域になって荒廃した地域に、病院や学校を整備しようと思う。必要ならば道路も」
「それに何のメリットが?」
マーヴェリックが首を傾げる。
「俺たちは思う存分恐怖を示した。だが、恐怖だけでは統治はできない。恐怖はやがて薄まり、そして別の暴力によって上書きされる可能性がある。従順な羊たちを飼いならすには、ちゃんと餌を与えてやらないといけないわけだ」
「なるほどね。まあ、人を焼いてるだけで統治ができれば、帝国はどこも崩壊していないか。連中は恐怖を振るったけど、やがてはそれは恐怖による人々を縛るものではなく、反発を覚えさせるものに変わった、と」
「そういうこと。俺たちは同じ間違いを起こす必要はない。飴と鞭だ」
アロイスは民衆たちに思う存分鞭を振るった。ならば、そろそろ飴を与えるべきだ。
「復興事業をノルベルトが纏めている。これは俺たちにとっても利益になる。業務を請け負うのはうちのフロント企業だからね」
「ノルベルトがねえ。あいつが費用を着服しているのに600ドゥカート賭けるよ」
「そういうなよ。古参の幹部連中を俺が戴冠するときに纏めたのはノルベルトなんだから。確かに奴は卑怯者で、二枚舌で、コバンザメかもしれないけれど、ほとんどの幹部はそれを知らない。古参の立派な幹部だと思っている」
マーヴェリックとノルベルトとの関係は良好とは言い難かった。互いが互いを嫌っている。ノルベルトは古参の幹部である自分の意見こそ尊重されるべきものだと思っているし、マーヴェリックはアロイスと同じくノルベルトを無駄に年を食っただけの無能と考えていた。
実際のところ、彼は誰かに忠誠を誓うという“作業”以外は優秀な面を見せる。彼の作った復興事業はきちんとまとまっており、実行されるならば、12の街と35の村が恩恵を受け、ヴォルフ・カルテルに感謝するはずだった。
もちろん、アロイスは功績をキュステ・カルテルのヴェルナーと分かち合うつもりだった。戦場になったのは彼の縄張りだし、彼らは今もそこを縄張りにしている。
いくらヴェルナーが戦争の最中、暗殺に怯えてまともに動けなかったとしても、アロイスにとっては大事な生贄の羊だ。それに今は麻薬取締局もキュステ・カルテルを追っているはずである。ならば、大々的にキュステ・カルテルの宣伝をしてやろう。
「キュステ・カルテルによって喧伝され、ヴォルフ・カルテルによって施行される慈善事業。誰もがハッピーだ。抗争で荒れた街は活気を取り戻せるし、ドラッグカルテルは住民から愛される」
「愛、ねえ。そんなものが必要か?」
「愛されるということは必要だ。ゲリラ戦について書いた共産主義者がいる。それによればゲリラ戦を繰り広げるには住民との結束が必要だそうだ。ある意味では俺たちもゲリラだ。犯罪集団とゲリラの違いは目的が金にあるか、イデオロギーの実現かだ」
「あたしたちも訓練で同じことを習ったよ。共産主義者の思想を学ぶなんて馬鹿げていると思ったけれど、実際にゲリラ戦と対ゲリラ戦ではこの手の戦術は役に立った。自分たちがゲリラ戦を繰り広げるには医療提供やインフラ整備などの施し。対ゲリラ戦の場合は、相手から地元の人間の人心を離反させてやればいい。相手の振りをして、村を襲う。連中にはそれがよく効いた」
「そう、まさにそれだ。ドラッグカルテルも人心を掌握しておかなければならない。人々から愛されるというのはいいものだよ。金の使い道としては有益だ。住民に愛されていれば、トラブルは少なくなる。汚職警官も抱き込みやすくなる」
アロイスは知っている。
住民すらも買収することはできると。むしろ、住民を買収していなければ、汚職警官たちは袋叩きにされるし、いざというときに住民からのタレコミも受けられない。地元住民のタレコミというのは重要な情報リソースだ。
地元住民は麻薬取締局が思うよりも重要な情報リソースなのだ。地元住民はどこにでもいるし、どこにいても怪しまれない。彼らは汚職警官が他のカルテルや麻薬取締局に協力していないか確認し、売人が縄張りを間違っていないかと確認し、些細なことから何まで確認してタレコミを行う。ドラッグカルテルはそれに報酬を支払う。
住民を味方に付けておけば、思わぬ幸運が訪れることもあるというわけだ。
そして、住民が味方に付かないのであれば、情け容赦なく殺せばいい。
飴と鞭の使い分けだ。今は抗争という鞭を振るった。そろそろご褒美を上げなければ、地元住民は主をドラッグカルテルから麻薬取締局に変えてしまうだろう。
バランスは重要だ。一連の抗争は地元住民にドラッグカルテルへの負の印象を与えた。そろそろ気前のいい親戚の叔父さんの顔をしなければならない。
「概ねノルベルトの案で進める。正直、地元住民なんてどうでもいいと思っているが、このビジネスではそういうわけにはいかない。暴力だけでは戦争に負ける。そのことは他でもない“国民連合”が証明している。あれだけ泥沼の戦争を繰り広げて、結局彼らは負けたのだ」
「頭に来るけど同意するよ。あの戦争は進め方が不味かったね」
年齢的に“国民連合”陸軍に所属していたら、マーヴェリックたちもあの戦争に加わっていたろう。超大国が共産主義に敗れるのを間近で見たはずだ。
「だが、我々はそうはならない。我々は地元住民に飴を与える」
「相手が受け取らならなかったら?」
「その時は飴の代わりに鉛玉だ。まだ恐怖で支配できる余地は残っている。恐怖を振るうさ。もっともそこまで馬鹿な住民がいないことを祈るがね」
アロイスはため息をつく。
こういう場合に限っているのだ。こちらの親切を受け取ろうとしない人間が。
だが、そういう人間がいてもアロイスたちは手を汚さない。
これはヴォルフ・カルテルの金と人材で行わえるキュステ・カルテルとの合同事業だ。それに反対するというのならば、始末はキュステ・カルテルにやってもらう。
連中が住民を殺せば殺すほど、キュステ・カルテルへの麻薬取締局の注意は高まる。
まあ、連中にはせいぜい踊ってもらおう。そうアロイスは考えた。
……………………




