暴力と暴力
本日2回目の更新です。
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──暴力と暴力
「だったら、新生シュヴァルツ・カルテルのボスについては知ってますか?」
「知ってる。ジークベルト・シェレンベルクって男だ。裏切者だ。忌々しい豚の臓物め。あの野郎はヴォルフ・カルテルがボスの妻子を拉致するのに手を貸したって話だ」
ジークベルト・シェレンベルク。
新しいドラッグビジネスのプレイヤーの名前をフェリクスは記録する。
「ありがとう。これは俺からのお礼だ」
「ありがとよ。また機会があったら飲もうぜ、シャルロッテ」
そう言って男は手を振った。
「何か収穫はありましたか?」
「ああ。少し。やはりヴォルフ・カルテルが中心にいる。あの男の名前は分かるか?」
「分かりますけど……。今は彼を売る気はないんです」
「その心配は必要ない。名前は公にはしない。ただ、確認するだけだ。本当にあの男が元シュヴァルツ・カルテルの構成員で、それなりの地位にあったかどうかを」
「分かりました。名前はラルス・ルッツェ。元ドミニクのボディガードのひとりです。ドミニクが失脚してからは落ちぶれましたけれど」
「分かった。その名前で照会する。ヒットしたら、この情報はある程度信頼できるということだ。そうでなければアル中の妄想だ」
「私たちの新聞の情報源ですよ?」
「まだ君たちを情報源にするわけにはいかないんだ」
「全く。失礼しちゃいますね」
シャルロッテは機嫌を損ねたようだが、気にせずフェリクスは本局のデータベースに該当する人物がいるかを確かめる。
『該当する人物1名。殺人と暴行罪で“連邦”で指名手配されています』
「ありがとう」
データベースのオペレーターにフェリクスは礼を言う。
「確認できた。君が話していた相手は殺人と暴行の罪で指名手配中だぞ」
「まあ、お金を渡している分には害はないですから」
「だといいんだが」
後日、本局から顔写真のファックスが送られてくる。それを確認して、ラルスの身元が確認できれば、今回得た情報をヴィルヘルムに渡し、彼の指揮下の部隊にヴォルフ・カルテルに対する諜報活動を行ってもらうつもりだった。
だが、どこから調べればいい?
ヴォルフ・カルテルは西部一帯を支配している。西部はそのおかげで戦争から難を逃れたのだ。ヴォルフ・カルテルは忌々しいが、連中が平和をもたらしているのもまた事実。だが、ドラッグカルテルの平和などクソくらえだ。
いずれにせよ、戦争において拠点などが明らかになったキュステ・カルテルなどと違って、ヴォルフ・カルテルはどこが拠点なのかすらも分からない。これではどこから調べればいいのか頭を抱えなければならない。
「“連邦”からのドラッグ撲滅は我々の悲願でもあります」
シャルロッテが語る。
「だけれど、“国民連合”の農家が機械化され、大規模に作物を出荷して、市場価格をどんどん下げるのに、“連邦”の農家は耐えられないんです。だから、スノーホワイトを栽培する。スノーホワイトは食べていける作物だから」
「しかし、犯罪は犯罪だ」
「分かっています。何も私はドラッグカルテルを擁護する気はないんです。ただ、原因はドラッグカルテルだけにあるわけではないことを分かってもらいたいんです」
「そう、だな……」
あの『オセロメー』が思い出される。
国際社会は、“国民連合”は少数民族の難民に何の支援もしなかった。そのために『オセロメー』というギャングが生まれた。もし、“国民連合”が彼らを支援してれば、状況はまた違ったものだったかもしれない。
安価な人件費というだけで、“連邦”に拠点を置く車のパーツメーカーは少なくない。だが、全ての人間がその恩恵を受けているわけではない。“国民連合”で安価に量産された作物は市場価格を破壊し、“連邦”の農家に打撃を与えているのも事実だ。
“連邦”の人件費や物価が安くても限度がある。あまりに安い作物は農家を立ち行かせなくなる原因であり、彼らをスノーホワイト栽培に追い込む原因だ。
「だが、“国民連合”だって神様じゃない。できることは限られている」
「私たちだって何から何まで“国民連合”の世話になるつもりはありません。“国民連合”の大量消費主義とドラッグカルテルにとって需要と金づるを生み出している点においては“国民連合”に意見を申し上げる次第です」
「君は共産主義者か?」
「まさか。私だって知ってますよ。共産主義でもっとも迅速に制圧されるのが報道の自由であることぐらい。私は報道の自由が規制された国家には住みたくありません」
もっとも、反共主義者も大概ですけどとシャルロッテは付け加える。
「そういえば少数民族迫害のきっかけは反共民兵組織からだったな」
「ええ。共産ゲリラが無思慮にも彼らを使い始めたばかりに、このありさまです。ジャーナリストの中には共産ゲリラを礼賛する人もいますけれど、私は反対ですね。結局は彼らも人殺しで、立場の弱い少数民族をいいように使っている点でドラッグカルテルと変わりないですから」
「辛辣だな、君は」
「編集長の教えですよ。何事にも否定的目線から観察せよ。まあ、そういう編集長の考え方も否定的に観察されるべきなのかもしれないですけど」
シャルロッテはくすくすと笑う。フェリクスも何かがおかしくなって笑ってしまう。
「久しぶりに笑ったよ。こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「こんな冗談で? あなた病気ですよ、フェリクス」
「そうかもしれない。前の相棒が殺されてから、復讐することだけを考えてきた。復讐はひとつ果たされている。ただし、俺の望まない形で」
スヴェンが殺されてから、スヴェンの復讐のことだけを考えて生きてきた。冗談に笑うことすら忘れていた。同僚の軽口は鬱陶しいとさえ思っていた。だが、今は笑えている。大した冗談でもなかったのに。
「うちの会社も記者が殺されることがありました。カメラマンも。ドラッグカルテルによる支配の一端ですよ。奴らはなんでも暴力で解決しようとします。暴力に続く暴力。暴力で作られた王座には暴力を示し続けない限り、座っていられないというのに」
「そうだな」
暴力は一時的な効果しか発揮しない。永続はしない。何故ならば人々は暴力が示されれば、それに対抗しようとするからだ。警察、軍。そういうものに頼って、ドラッグカルテルが一方的に暴力を振るわせないようにする。
これの行き過ぎた例が“国民連合”の銃火器問題だ。悪辣な中央政府による抑圧には抵抗することができるとされた銃所有の権利によって民兵が国内で組織されている。銃規制はそのせいで上手くいかず、スーパーマーケットで銃が売られてる始末だ。
“国民連合”の国民たちは武器を持って抵抗する。強盗や殺人に対して。
だが、“連邦”の国民は?
彼らも銃を持てる。だが、ドラッグカルテルの組織された暴力はコンビニに強盗に入る程度の“国民連合”の犯罪者とは異なる。圧倒的火力と組織力で叩きのめされ、見せしめに惨殺さるだろう。
そして、警官や軍が腐敗しているのは前の抗争で分かっている。
結局のところ、彼らには頼るべき暴力はないのだ。
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