エルニア国でのバカンス
本日2回目の更新です。
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──エルニア国でのバカンス
エルニア国南部には美しい海岸がある。
この季節は温かく、大勢の観光客が訪れている。
だが、リザードマンなどの有鱗族はいない。エルニア国はかつてのようなハイエルフ至上主義ではなくなったものの、有鱗族とは“大共和国”と民族的冷戦状態にある。無駄なトラブルを避けるために“国民連合”の有鱗族もエルニア国にリゾートに行ったりはしない。ベスパのような極右民族主義的ギャングに絡まれるのはごめんなのだ。
それに有鱗族は海よりも森や山を好む。特にドラゴンはそうだ。
金のあるドラゴンは避暑のための別荘として山を保有している。冷たい洞窟でクラシックミュージックを聞きながら、横になるのがドラゴンの夏のバカンスの在り方だった。彼らは酒で酔わないし、激しい音楽に興奮しないし、水が嫌いだった。
エルフたちは海や湖で水着になり、アップテンポの曲を聞き、音楽に合わせて踊ったり、音楽を流しながらカクテルを楽しむのが夏の過ごし方だった。
「いい景色だ」
「誰のケツ見て言ってるんだ?」
「魅力的な女性も多いけど、海そのものが綺麗だ」
エルニア国ではポイ捨てなどは懲役刑や罰金刑になる。だから、海岸はきれいに保たれている。アロイスも老後はこんな海岸の見える別荘で過ごしたいと、今から老後のことを考えていた。
それもそうだろう。彼は1度目の人生では29歳という若さで殺されているのだ。老後のことを夢見ても文句は言えまい。
もっとも2度目の人生を送る彼にも老後があるかは怪しいところだが。
今のところは順調。問題がないわけではないが、解決の見込みはできている。キュステ・カルテルが順調に生贄の羊になってくれているし、『オセロメー』なども麻薬取締局の注意を引いている。
対するヴォルフ・カルテルはノーマーク。衰退したカルテル。捜査する価値のないカルテル。エリーヒルではそう思われている。それで結構。
これからブルーピルを新生シュヴァルツ・カルテルやキュステ・カルテルにも扱わせ、ブルーピルから辿られることを阻止する。
しかし、東大陸へのパイプラインだけは独占しておく。今のところは新生シュヴァルツ・カルテルは生まれたばかりで碌に動けず、キュステ・カルテルは抗争からの立ち直りと、『ジョーカー』残党の件でそれどころじゃない。
金の生る木である東大陸へのパイプラインはしっかりとヴォルフ・カルテルが握っている。他人にこれを使わせてやるつもりは今のところ、アロイスにはなかった。
「さて、リゾートを楽しもうか」
アロイスたちは宿泊しているホテルのビーチに移動する。
ホテルは高級なところだったので、ビーチには上品な空気が漂っていた。
「どうよ、この水着」
「似合ってるよ」
マーヴェリックはチューブトップのセパレート型の水着を纏っていた。
健康的な褐色の肌に、うっすらと割れた腹筋。マーヴェリックのスタイルは思わず目を引くものだった。チューブトップの水着の間から覗く谷間には思わず息を飲まされる。彼女の機嫌がよかったならば、今晩はこの水着で楽しみたいものだとアロイスは思った。
だが、今回は大学時代と違って連れがいる。
マリーはまるで飾り気のないワンピ―スの競泳水着姿だった。
「マリー。お前は相変わらずだな」
「吸血鬼にとって日光は劇薬。日焼け止め、塗って」
「はいはい」
苦笑するマーヴェリックにマリーが日焼け止めを渡す。
「実際のところ、吸血鬼というのはどれくらい日光に弱いの?」
「なんてことはない。日焼けしやすく、その日焼けの痛みが凄いってことだ。だが、“国民連合”陸軍の訓練ではそこまで障害にならなかった。だろ?」
アロイスが興味を持って尋ねると、マーヴェリックが笑ってそう言った。
「寝返りを打つたびに激痛がした。もっと軍は吸血鬼をいたわるべき」
「あたしたちのころは吸血鬼への配慮なんてかけらも存在しなかったからな」
公民権運動で問題になったのは各種族に存在する吸血鬼の存在だった。吸血鬼は遺伝子疾患だと分かるまでは感染するものだと思われていた。
だが、1971年にトート・アーロン遺伝子クラスタにより引き起こされる病気であることが明らかになる。太陽の光に弱いのも、夜型の体内時計をしているのも、血液によって魔力が増大したり、欠損部位が回復したりすることも一連の遺伝子クラスタによる症状であることが判明した。
そうなると吸血鬼たちは差別撤回を訴えてデモを行う。
吸血鬼を感染症として収容した国と病院に対する訴訟が数十万件発生し、最終的に政府は『吸血鬼救済基金』を創設して、全ての吸血鬼の救済を約束した。
ザルトラント自由都市以外。
ザルトラント自由都市は宗教的な自由都市だ。厳格な宗教の教えに従って生きている。流石の反共保守政権ですら支持層には選びたくないほどに過激で、端的に言えば『イっちゃってる』政策を押し通している自由都市だった。
彼らは吸血鬼は悪魔の病気であると主張して止まず、未だに吸血鬼の隔離治療を合法とする法律を残している。ザルトラント内でもこれには様々な批判と議論を呼んだが、結局のところ、法律は今も残っている。
「さて、海水浴か日光浴か、あるいはバーで日の高いうちから一杯か」
「全部だな」
「君は欲張りだな」
「エンジョイする時はエンジョイするもんだぞ」
アロイスたちは日光浴をしながら吸血鬼の公民権運動について語り合い、海水浴でマーヴェリックが陸軍上がりの腕前を披露したり、バーで冷たいカクテルを味わったりした。マリーは持ってきた本をずっと日傘の下で読んでいた。
リゾート地での満足いく休暇を楽しみ、アロイスは思う。
このまま上手く進んでくれれば、と。
このまま何もかも上手く進んでくれたら文句はない。今のアロイスは大金持ちで、暴力も持っている。それらは権力を構成する。アロイスはつまり今、かなりの権力を保有している。
だが、国家という権力を相手に勝利できるほどのものではない。
ブラッドフォードと繋がっている間はいいが、糸が途切れた場合、悲惨なことになる。麻薬取締局の本格的捜査。“連邦”の捜査機関の追求。そして、資産凍結。
全てが悪夢だ。だが、1度目の人生ではそうだったのだ。
今は1度目の人生より上手くやれているか?
やれている。恐らくは。
だが、今後のことなど誰にも分からない。バタフライ効果だ。アロイスの取った行動が違ったばかりにシュヴァルツ・カルテルのドミニクは裏切った。アロイスはドミニクを切り刻み、ミディアムレアに焼き上げるところを見る羽目になった。
「どうかしたのか?」
「いいや。考えごと」
「今晩のこと?」
「マリーがいるだろう」
マリーはバイセクシャルではない。彼女は女性のみを好んでいる。
「部屋は別だ。この水着、相当気に入ったんじゃないか?」
水滴が胸の谷間を通って水着の中に吸い込まれて行く。
「君には負けるよ」
「安心しろよ。楽しませてやる」
アロイスとマーヴェリックはそう言葉を交わして、ホテルに戻った。
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本日の更新はこれで終了です。
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