ベスパの恐れるもの
本日1回目の更新です。
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──ベスパの恐れるもの
べスパのボスとの会談が始まった。
「やっぱりドラッグは混血に?」
「最近は純血にも売っている。買いたい人間には売る」
「それはあんたのイデオロギーに反しないのか?」
「知ってるんだぞ。あんたらだって、“大共和国”の共産主義者の手を借りているんだろう。あのヘリや潜水艇は軍のものだ。それも“大共和国”のものだ。あんた、共産主義者とつるんでいるんだろう」
「ああ。そうだ。それがどうした? 俺はドラッグを売るためならば、何だろうと利用する。あんたらもそうでいいんだな?」
アロイスはなんら気にすることなく、そう言ってのけた。
これには流石のベスパのボスも黙らざるをえなかった。
アロイスは次第に10年後のアロイスになりつつあった。
アロイスの1度目の人生では誰もがアロイスを恐れた。ドラッグカルテルのボスたちでさえも彼を恐れた。一般人や取引相手はいうに及ばず。とにかく、人々はアロイスを恐れた。残忍な帝国の統治者として。
誰もが恐るべき相手としてアロイスを捉える。そうしない人間は殺されるだけだった。それも冷酷無比に。残酷極まりなく。
その様子が既に見え始めていた。
残忍な統治者としてのアロイスの姿は既に見え始めている。
彼は大量の殺人を命じ、拷問を命じ、あらゆる蛮行を命じてきた。平然と、良心の呵責もなく。彼の両手は血で真っ赤に染まっているにもかかわらず、彼自身はそういう態度を全く見せなかった。
今も彼が一言命令すれば、ベスパでアロイスを舐めた口を叩いた奴をマーヴェリックにミディアムレアに焼き上げさせることができる。そうしてもアロイスは顔色のひとつも変えないだろう。
「そ、そうだ。利益のためだ。純血でもドラッグを買うのは堕落した連中だ。気高いハイエルフの純血はドラッグなんかに手を出さない。手を出す奴はどこかで穢れた血が混じっているんだ。そうに決まっている」
「結構。それはそうと、混血との商売も続けておくといい。あんたらのイデオロギーこそがこの組織の結束力なのだろう? 組織が結束力を失って瓦解するのは困る。我々の東大陸における重要なビジネスパートナーが君なのだから」
アロイスはそう言って、手を差し出した。
「そうだな。俺たちが理想を掲げなくなったら終わりだ」
ベスパは民族系極右ギャングだ。政治的なギャングなのである。彼らはこの偉大なるエルニア国を再び偉大な国にすることを掲げ、混血を排除し、ハイエルフによるハイエルフのための国家を作ることを目標に掲げている。
その目的の割にやっていることは混血の商店への放火であったり、混血のホームレスへの暴行であったり、混血からのかつあげであったりするが、今では組織の規模も拡大し、以前より過激になっている。ドラッグマネーのおかげだ。
今では極右政党への多額の献金や新聞社の設立など、めきめきと政治的な力を強めている。アロイスとしては組織が巨大になり、結束力が強固になるのは望ましいことだった。彼と同じ混血が迫害されていようとも、彼は金が稼げるならばどうでもいいのだ。
「ところでブルーピルの売り上げと評判はどうかな? いい感じかい?」
何事もなかったかのようにアロイスが尋ねる。
「ああ。売れてる。売れまくってる。あれは最高だとヤク中どもはいう。何でも宇宙の真理が分かるそうだとさ。それによほど馬鹿をしない限りオーバードーズで死なないから、リピーターができる。リピーターは大事だろ?」
「そうだな。どんな商売でもリピーターがいる方が望ましい。顧客は大事に。ドラッグビジネスでは顧客なんて大抵いつかはオーバードーズで棺桶に入るものだが、うちの科学者が開発したブルーピルは依存性と高揚感はホワイトフレーク以上で、安全性も上々と来ている。なかなかいい商品なんじゃないかな?」
「いいなんてもんじゃない。ブルーピルは高く売れる。ホワイトフレークよりもだ。これからはもっと取扱量を増やしたいんだが、どうだ?」
「それは無理だな。まだ供給側が少ない。“ブルーピル=我々”という認識で捜査が進められる恐れもある。今は密かに、あまり当局の注意を引かないように慎重に進めていってもらいたい。いいか、この取引が失敗して損をするのはあんたらだけじゃない」
アロイスは今後はブルーピルを扱うカルテルを増やし、当局の目を攪乱することにした。儲かると分かったのだ。他のドラッグカルテルが参入しても、儲けを失うことはない。それに東大陸は事実上、ヴォルフ・カルテルの独占市場だ。
「あんたがそういうなら。あんたの言う通りにするよ」
「賢明だ。お互いにヘマはしない。裏切らないだ。物事を着実に進めていこう。時間も金もある。そう急ぐことはない」
アロイスは両手を広げてそう言った。
「では、そろそろ失礼するよ。これから休暇なんだ」
「ドラッグ取引に来てついでに休暇を楽しむのはあんたぐらいだぜ」
アロイスと話しているベスパのボスは呆れたような、感心したような口調でそう言う。旅行気分でドラッグの取引とは、と。
「あの“連邦”にいると自分たちが腐敗していく気がしてね。ちょっとばかりのバカンスさ。ビーチに行って日光浴でもして、冷たくて甘いカクテルをバーで味わうさ。ああ。安心してくれ。ハイエルフ用のビーチには入り込まないからな」
「あなたたちだったら、ハイエルフ用のビーチに案内するぜ」
「どうも。だが、本当にいいんだ。仕事ではなく、ただの休暇だからね」
アロイスはそう言ってベスパのボスに手を振った。
アロイスたちが出ていったのを確認してから、ベスパのボスが椅子にドスッと腰を下ろす。彼は急に出てきた冷や汗を拭う。
「やっといったか。全くぞっとさせられる」
そうベスパのボスが呟く。
「マーヴェリック姉さんですか? 確かにぞっとさせられますよね」
「もうひとりのスノーエルフの吸血鬼もそれ相応の魔力を持っているんでしょう」
部下たちがそう言う。
「分からないのか? 一番おっかないのはあのカルテルのボスだ。あのふたりの化け物を従えて、平然としてやがる。恐れることなど何もありませんってぐらいに。ここで銃撃戦が始まってもあの野郎は平然とした顔をしていただろう」
思えばベスパのボスに接触してきた時点からアロイスは異常だった。
銃口を向けられても眉のひとつも動かさず、交渉を続ける。そして、相手が銃口を降ろさざるを得なくする。
このベスパのボスは極右ギャングとして大抵の悪人やろくでなしには会ってきたつもりだが、アロイスのベクトルは異なる。まるでブギーマンだ。ベッドの下に潜んでいる怪物。アロイスはそれを連想させた。
ヤク中や警察は殺せる。だが、ブギーマンは殺せない。
「何はともあれ、これからも俺たちはドラッグを扱える。これから勢力を確たるものにするだろう。ドラッグマネーとは言え、金は金だ。我々の同胞を支援する金になる同胞だ。左派のリベラリストどもを薙ぎ倒してくれることを祈りたいな」
「次の選挙は俺の勝ちですよ」
「ああ。勝利を我らに」
ベスパのボスはそう言って、ウィスキーを飲み干した。
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