エルニア国にて
本日2回目の更新です。
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──エルニア国にて
フェリクスたちが選挙に奮闘している間、アロイスたちはエルニア国を訪れていた。
「半分はバカンスみたいなものだけど、仕事はしなければね」
「バカンスなら休ませてくれよ」
「仕事が終わったら思う存分」
笑いながら文句を言うマーヴェリックにアロイスがそう返した。
「ベスパの連中とはどんな取引を?」
「基本的にはチェーリオやヴィクトルと変わらない。向こうがこちらの言い値で買って、向こうは好きな値段で売る。最近はブルーピルも扱い始めたところだ」
アロイスがそう言うとマーヴェリックが渋い表情を浮かべる。
「ブルーピルには用心しろよ。扱っているのはあんたとちんけなシュヴァルツ・カルテルだけなんんだ。そういう特定の組織しか扱っていない品は、マーカーの役割を果たすことになる。あんたを追跡するための猟犬の臭いの素に」
「注意はしている。ブルーピルはまだ少量しか扱っていない。この利益の独占を図るべきか、それとも皆に分け与えて独占を放棄する代わりに麻薬取締局の追求を逃れるべきか。悩んでいるところだ」
ブルーピルはヴォルフ・カルテルの独占商品だ。
シュヴァルツ・カルテルは扱いはしているが製造方法まではしらない。キュステ・カルテルにおいては扱ってすらいない。
確かにブルーピルの独占は多大な利益を生む。競争相手がいないのだ。儲けられるだけ儲けられる。だが、その分、麻薬取締局の目も引くだろう。確かにこの独占は猟犬にとっての臭いの源になる可能性があるな。
だからと言って、この独占状態をあっさりと放棄するのも考え物だ。
「ベスパにどれくらいブルーピルの需要があるか聞いてから判断しよう」
“国民連合”ではヴィクトルがマーケティングリサーチに協力し、ブルーピルが売れるということを示している。そして、今、もうひとつの独占的市場である東大陸でもある程度の需要があるならば、アロイスはブルーピルの独占を手放してもいいと考えていた。
「しかし、ベスパの連中にドラッグをくれてやるのに“大共和国”を使うとは」
「彼らは確実に仕事を果たしてくれる。いいパートナーだよ」
「だが、共産主義者だ」
マーヴェリックが鋭く指摘する。
「そうとも共産主義者だ。だから、何だっていうんだ? ドラッグの密売を手伝ってくれるなら、俺は悪魔とでも手を結ぶよ」
「そういうところは嫌だ」
マーヴェリックは熱心な反共主義者であることをアロイスは知っている。
だが、ここまで強固に反対するものなのだろうか?
「マリーはどう? 君も気に入らない?」
「私はどうでもいい」
マリーはルームサービスで頼んだ紅茶を味わっている。
東大陸は西は紅茶、東はコーヒーになる。エルニア国はその中間だ。
エルニア国はかつては巨大な帝国の中枢だった。だが、それも過去の話。今では経済規模で完全に“国民連合”と“社会主義連合国”に抜かれ、辛うじて列強の地位にいるだけだった。第五元素兵器についても保有していない。
ただ、第五元素兵器分与協定により、有事の際には“国民連合”から第五元素兵器が提供される。これで攻撃する目標は無停止攻撃で突き進んでくる“社会主義連合国”のスチームローラーか、第五元素兵器の開発に成功し、弾道ミサイルについても保有を完了した“大共和国”のいずれかだ。
その時は世界が終わるだろう。
アロイスは終末論など信じないが、第五元素兵器による終焉は信じかけている。だが、その時もなるようになれと思っていた。シェルターなど作って、不毛の大地となった世界の地下で細々と暮らし続けるのは馬鹿らしい。みんな死ぬときは一緒になって死んでしまえばいいのだ。
「日和見主義者2名と反共主義者1名だ。君の負けだな、マーヴェリック」
「けっ。共産主義者どもを甘く見ていると痛い目を見ることになるぞ」
「そうかもしれない」
事実、共産主義者はそこまで信用のおけるものではない。
サイード将軍などはあれは共産主義者ではない。立派な拝金主義者だ。金のために指揮下の部隊を動かして密輸を手伝うなど、共産主義のイデオロギーに反している。
だが、西南大陸の共産ゲリラたちは?
連中はジャングルでの不自由な生活に耐え、ドラッグを売って、武器を買っている。そう、武器を買っているのだ。現金を受け取って豪遊するのではなく、戦うためにドラッグを売っているのである。
そんな連中がいつまで信用できるか。
今はメーリア防衛軍が優勢だが、今後の情勢がどう動くか分からない。
既に共産ゲリラは『オセロメー』という狂犬を生み出している。これからもビジネスを続ける相手がそういうものを生み出すのは些かいただけない。飼い犬には予防接種をして、首輪つけて、ちゃんと繋いでおいてもらいたいものだ。
「まあ、俺たちは資本主義社会に暮らしている。消費こそ崇高な世界だ。俺たちはヤク中たちが消費するドラッグを売り捌き、ヤク中たちは俺たちにもっと有益なものに投資する資金を与えてくれる。それで十分」
「くたばれ共産主義」
アロイスが言うのに、マーヴェリックが笑いながらそう返した。
「では、ベスパの友人たちに会いに行こうか」
アロイスたちはベスパとの会談場所に向かう。
レンタカーを借り、尾行に注意し、道を迂回しながらベスパとの会談場所である、古いオフィスビルまでやってきた。ここはつい最近、倉庫兼事務所にするためにベスパが購入した物件ということだった。
ここにきてエルニア国の国家憲兵隊や麻薬取締に関する捜査機関が動いていたらお手上げだ。強行突破して“大共和国”にでも急いで逃げ込むしかない。まあ、それも向こうが受け入れないだろうから無理だろうが。
ここはベスパを信頼するしかない。
信頼。信頼。信頼。
扱っているのはドラッグなのに熱心な信仰者並みに他者を信じることになるとは滑稽な話だとアロイスは思う。まあ、神もドラッグを禁止した覚えはないだろうから、神がそのことで腹を立てる義理はないだろう。
「よう。久しぶり」
「マーヴェリックさん? あんたがどうして……」
「今はこいつと組んでるんだよ」
そう言って親指でアロイスを指差すマーヴェリック。
「ああ。あんたか。マーヴェリックさんと組んでるなんて聞いてないぞ」
「聞かれなかったからね。入っても?」
「ああ。車はそこに停めておいてくれ」
アロイスが尋ねるとベスパの構成員はそう言った。
マーヴェリックは車を建物の正面前に停めると、悠々と降りて建物に入っていく。
「マーヴェリック姉さん!?」
「おお。厳つい男になったな。鍛えてるか?」
「はい。言われた通りに」
どうやらベスパの構成員とマーヴェリックは知り合いのようである。
「彼女、彼らとどういう知り合い?」
「知らない。けど、彼女は以前、東大陸での秘密作戦に関わっている。その際のものかもしれない。私から言えることはそれぐらい」
「そうか」
謎が多い女は魅力的。そんなことを出会った時に、マーヴェリックは言っていた気がする。確かに彼女には人を夢中にさせるものがある。
ずるいものだとアロイスは思う。
彼女は人を夢中にさせるのに、アロイスはそれに応じるだけの魅力がないのだ。
「行こうぜ、アロイス」
「ああ」
マーヴェリックの後にアロイスは続く。
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