ドラッグカルテル対市長
本日2回目の更新です。
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──ドラッグカルテル対市長
「フローラさんの管轄で選挙戦があるんですけど、『ジョーカー』の残党が脅迫状を送り付けているんです。パウラさんってご存じですか?」
「ああ。以前会ったことがある」
少し顔を合わせただけだが、とフェリクスは付け加える。
「しかし、フローラは無事なのか? 脅迫状は彼女のところにも届いてるんじゃないか? 危険なようなら、彼女には警察を辞めることも考えるようにと……」
「彼女は辞めませんよ。『ジョーカー』から爆弾を送り付けられても辞めなかったんです。今さら引き下がりはしません。彼女は信念の人です。我々にとってドラッグカルテルに対する抵抗のシンボルなんです」
よくない傾向だとフェリクスは思う。
彼女がただの警官だったならば、ドラッグカルテルどもも脅迫するだけで終わらせただろう。だが、それが民衆対ドラッグカルテルの構図を描く象徴になれば、ドラッグカルテルが黙ってみているとは思えない。
「まずはフローラに会おう。彼女のことが気になる」
フェリクスは車を警察署に向けて走らせる。
「フェリクスさん! 来てくれたんですね!」
「ああ。選挙の手伝いをすると約束したからね」
「選挙の手伝いを?」
フローラが首を傾げると、シャルロッテが車を降りて、フローラに向かっていく。
「ロッテ! もしかしてあなたが頼んだの?」
「そう、情報と引き換えにね。人手はあった方がいいでしょう? 未だにここはあなたひとりで回しているわけだし」
「それはそうだけれど」
「立ってるものは親でも使え、っていうでしょう?」
「だから、フェリクスさんたちを巻き込んだの? 酷いなあ……」
シャルロッテがフローラの肩を軽く叩くのに、フローラの方は心配そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫だ。元々そちらの仕事を手伝うと約束していただろう?」
「けど、選挙は大変ですよ?」
「ドラッグカルテルを追い回すよりも楽だろう。それにここでドラッグカルテルが尻尾を見せてくれれば引きずり出すまでだ」
フェリクスはそう請け負った。
「それでは頼みます。既に脅迫状が12通と爆発物が3通、家畜の臓物が4通届いているんです。本番では何が起きるか。戦々恐々としている状況です。候補者は3名で、どれも政党には所属していませんが、ドラッグカルテルにとっては無政府状態が望ましいようで」
「そのようだな。無政府状態は真空状態。統治と暴力の真空状態。そして、暴力は真空状態を嫌う。ドラッグカルテルがそれを埋め合わせる。ドラッグカルテルが統治者になり、唯一の暴力を握る。それが連中の狙いだ」
フローラの言葉に忌々し気にフェリクスが言う。
「真空状態は生ませません。我々がそれを埋め合わせます」
「我々というより君ひとりだろう。最後のひとりの警察官も辞めたと聞いたぞ」
「ええ。それでも“連邦”は民主主義国家です。ドラッグカルテルの暴力に屈して、全てをドラッグカルテルに委ねるようなことがあってはなりません。“連邦”の行政の代表は選挙で選ばれるべきです。銃や爆薬を使った方法ではなく」
「もっともだ。同じ民主主義国家の市民として同意する」
フェリクスもフローラもそれぞれの国家に宣誓した身だ。市民と民主主義を守ると誓ったのだ。その義務は果たさなければならない。
「選挙はいつ?」
「投票日まで4日です。皆が投票に来てくれるといいのですが」
「皆が安心して投票に来れるように手配しよう」
「はい!」
それからは警備の日々だった。
街の人間を安心させるために警察車両でパトロールを強化する。候補者の身柄の安全の確保のために同じようにパトロールを強化する。不審者を目撃したら、職務質問。相手が銃を持っている可能性に備えてフローラのバックアップにフェリクスかエッカルトかのどちらかが付く。
「こんなことで捜査に本当に繋がるのか?」
「他に方法があるなら聞くぞ」
「ヴァルター提督、と言いたいところだが、彼も情報が足りないで四苦八苦している。だが、もっとスマートな方法があるんじゃないか?」
「というと?」
「その、何か、ドラッグカルテルに直接踏み入るような……。ええい、こん畜生。分かってるよ。そういうものはないんだろう」
「ああ。ないんだ、魔法の弾丸はない。地道な捜査の積み重ねだ」
「分かってはいるが……」
エッカルトは麻薬取締局の捜査官が、こんな警備の仕事なんてことをしてることに耐えられない様子だった。それはそうだ。彼は“連邦”の市民を守るために宣誓したのではない。あくまで“国民連合”の市民をドラッグ犯罪から守るために宣誓したのだ。
「これで元シュヴァルツ・カルテルの構成員から情報が聞き出せると思えば安いものじゃないか。俺たちは選挙の実行を守る。彼女は俺たちに情報を渡す。どちらも損しないことだ。こういうのは信頼関係が大事。そうだろう?」
「確かにそうだが。しかし、あのお転婆娘のリクエストがこれで終わると思うか? 連中にとってみてすれば、銃を扱える貴重な戦力を自由に使えるんだ。これが終わってまた次のお願いになったらどうする?」
エッカルトが渋い表情でそう尋ねる。
「その時はその時だ。手伝えることなら手伝うし、そうでなければ正直に理由を話して断る。彼女たちは敵じゃない。そう身構える必要もないだろう。情報は必ず手に入る。これも情報を得るためだ」
「随分と遠回りしている気がしてならないんだけどな」
捜査とはそういうものさ、エッカルト。魔法の弾丸はどこにもない。
「明日はいよいよ投票日だ。ドラッグカルテルの奴らには屈しないということを示してやろう。それを示せば、あの子も満足するだろう」
「こんな田舎の地方選がここまで張り詰めたものになるとはね」
全くだとフェリクスは思う。
暴力と腐敗によって健全な民主主義を実行することができない。こんな田舎の地方選においてさえ。だが、ここが重要な場所ではないかというとそうではない。ここもまたドラッグが各地に運ばれるために通過する地点なのだ。
だから、ドラッグカルテルは真空を作りだそうとする。その真空によって自分のたちの暴力を送り込み、街を支配する。そうすればここは安全な拠点となる。
ただし、ここはドラッグカルテルの法と暴力によって支配されることになる。人を切り刻み、生きたまま焼き殺す連中によって支配されるのである。
それだけは許してはならない。
民主主義が絶対的な正義だとまでは言わないが、原始時代のような暴力こそが法であるという時代にまで遡る必要はないのだ。
「選挙、きっと市長が決まった後も、連中は市長を殺しにくるぜ。だから、大勢の職員が辞めたし、前の市長にしても逃げ出したんだ。いつまでもつことやら」
「それでもやるんだよ。そうしないと情報はなしだ。ドラッグカルテルの情報を欠片も得られず、市長が殺されるのと、ドラッグカルテルの情報が得られて、市長が殺されるのとどっちがいい?」
「分かったよ」
その晩、フェリクスとエッカルトはほぼ無人の警察署で眠った。
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本日の更新はこれで終了です。
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