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新聞社が明かす事実

本日1回目の更新です。

……………………


 ──新聞社が明かす事実



 ここ数日で状況が一気に変わったことをフェリクスたちも感じていた。


 あの『ジョーカー』は潰れ、キュステ・カルテルは領土を奪還した。そして、ヴォルフ・カルテルが奪ったと思われていたシュヴァルツ・カルテルの縄張りで、新しくシュヴァルツ・カルテルの後継者──とはいっても同じシュヴァルツ・カルテルだが──が行動を始めたのだった。


「キュステ・カルテルを狙え、と?」


『そうだ。ヴォルフ・カルテルは結局シュヴァルツ・カルテルの独立を阻止できなかった。今の最大勢力はキュステ・カルテルだ。連中を追え、フェリクス』


「その情報は本当なのですか?」


 キュステ・カルテルはついこの間までヴォルフ・カルテルの援助で戦争をしていたところだぞ。それがそう簡単に最大勢力に返り咲けるのか?


 だが、ハワードと本局の分析官たちはそう言っている。


『状況は変わったんだ、フェリクス。良くも悪くも。最悪だった『ジョーカー』が消え、次に最悪のキュステ・カルテルが生き残った。ヴォルフ・カルテルは他所の戦争に首を突っ込みすぎて、シュヴァルツ・カルテルの独立を許している』


「しかし、それはどうも怪しい話ではないですか? ヴォルフ・カルテルはあれだけの潤沢な資金力がありながら、いきなり組織力が低下するとは思えないのですが」


『受け入れたまえ。本局の分析官の分析結果だ。情報源は潜入捜査官のみならず、大使館のアタッシェからもたらされるものも含まれてる。君の事実と我々の事実が異なるようなことがあってはならない。私の言っていることは分かるな?』


「ええ。分かります。了解しました」


 フェリクスは荒々しく電話を切った。


「おーい。ピザとビールだぞ。『ジョーカー』の壊滅を祝して! ってどうした?」


 エッカルトが帰ってきて、怪訝そうにフェリクスを見る。


「今度はキュステ・カルテルを追えだと」


「もう次の仕事か。休む暇なしとはこのことだな」


「俺は休みがないことに腹を立ててるんじゃない。キュステ・カルテルよりヴォルフ・カルテルを追うべきじゃないかと思っているだけだ」


「またそれか。ヴォルフ・カルテルは自分の縄張りになった土地でシュヴァルツ・カルテルの再独立を許してしまっているような連中だぞ?」


「確かにそれはそうだが、辻褄が合わない」


 フェリクスは苛立ったようにそう言う。


「どう辻褄が合わないかは聞かない。ただ本局が追えというのならば追うのが猟犬の仕事だ。こういう仕事で不条理な命令はよくある。戦略諜報省でもそうだった。だが、結果としてそれが正しい答えになるときもあるんだ」


「そうかもしれないな」


 フェリクスは肩をすくめた。


「それから新聞が。お前が好きそうな記事が載ってるぞ。だが、地元紙の情報を基に行動するなんていうなよ」


 エッカルトはそう言って、新聞の束をフェリクスに投げ渡した。


「地元紙か?」


「ああ。ついでに買ってきた」


 フェリクスは紙面を広げる。


「『『ジョーカー』の後釜に座るのは?』『シュヴァルツ・カルテルの壊滅の裏にヴォルフ・カルテルの存在』『ヴォルフ・カルテルは勢いをなくしていないだろう』『キュステ・カルテルは次の生贄か』と」


「陰謀論染みてるよな。証拠も根拠も何もないんだぜ」


「確かにここには証拠も根拠も何も記されていない。だが、記事の内容そのものは驚くほどに込み入った分析をしている。何か独自の情報源があるようだな……」


「おいおい。勘弁してくれよ。こんなちんけな地元紙の情報で動くとは言えないだろう。ただの小さな地元紙が、麻薬取締局や戦略諜報省より上の情報源と分析力を持っているだなんて言ってみろ。明日には首だぞ」


「だが、興味深い。一度会ってみたい」


「誰と?」


「編集者と」


「冗談だろう」


「冗談じゃない」


 フェリクスは熱々のピザと冷たいビールを放っておいて、地元紙の会社に向かった。


「あら。フェリクスさん」


「ああ。フローラ。久しぶりだね。元気にしていたか? カルテルからの脅迫などは? そういうものはない?」


「『ジョーカー』はもう潰れたでしょう?」


「だが、ドラッグカルテルが絶滅したわけじゃない。ヴォルフ・カルテルも、キュステ・カルテルも生き残っている。それに今ではシュヴァルツ・カルテルも。油断してはいけない。連中がどんな脅しをかけてくるかは分からない」


「気を付ける。けど、前より酷くはならないよね?」


「そうであることを祈りたいよ」


 地元紙の会社の前でフローラと話すと、フェリクスは会社の中に入った。


「誰だね?」


 気難しそうな老人の受付嬢がフェリクスを出迎える。


「この新聞を発行している部署の人間に会いたい。編集長でもその下の人間でもいい。会わせてくれないか?」


「あんた、どこのドラッグカルテルの人間だい?」


「逆だ。麻薬取締局だ。俺はフェリクス・ファウスト特別捜査官。そっちの新聞の愛読者でもある」


「へえ。そうかい。最近のドラッグカルテルはそういう偽装をするのか?」


「正真正銘の麻薬取締局だ。バッヂを見てくれ」


 フェリクスは老婆にバッヂを見せる。


「分かったよ。そこまでいうなら信じようさ。編集部は2階の角だよ」


「ありがとう」


 フェリクスは階段を上る。


「もしもし、入っても?」


「あんたがドラッグカルテルの関係者でなければね」


 部屋の中からそう声が返ってくるのにフェリクスは扉を潜る。


「あなた方はあの新聞を?」


「そうだけど、あんたは?」


「麻薬取締局だ」


「“国民連合”。新植民地主義者たち」


「その意図はない。純粋に君たちの仕事に惹かれてやってきた」


「そう。で、何か用?」


 フェリクスを出迎えたのはスノーエルフとサウスエルフの混血の女性だった。その年齢は30代前半。ウェーブした黒髪を背中に流している。


「そちらの情報源が知りたい。我々の捜査にも役立つと思われる。君たちのためにも」


「はっ。冗談でしょう? “国民連合”の人間が私たちのために?」


「全体の利益のためにと言い換えようか?」


 フェリクスはこの新聞の編集者は一筋縄ではいきそうにないなと思い始めた。


「けど、私たちの情報源は明かせないよ。麻薬取締局だろうが、“国民連合”大統領だろうがね」


「そこをどうにかしてもらえないか?」


「無理なものは無理。そもそもあんたたちの撒いた種でしょう? なんで私たちが責任を取らなくちゃいけないわけ?」


「責任など背負わせるつもりはない。情報源を明らかにしてくれて、話し合いに応じてくれるなら証人保護を適用してもいい」


 フェリクスは必死に訴える。


「証人保護ね。はっ。ドラッグカルテル相手に証人保護なんて通じないよ」


 畜生。何を持ち出せば取引してくれる?


「客人をいじめるのもそこら辺にしておけ」


「了解」


 女性が黙ってタイピングを始める。


「編集長のブルーノ・ボンヘッファーだ、若いの。そっちの名前は何と?」


「フェリクス・ファウスト特別捜査官です。よろしく」


 編集長は50代後半ごろの所領の男性だった。


「それで聞きたいことというのは?」


「この新聞の情報源です。この新聞の解釈は俺個人の解釈と一致する。本局や局長には相手にされなかったがこの情報源に証言してもらえば話は分かる」


「それは難しいな」


 ブルーノが眉を歪める。


「何故です?」


 フェリクスが斬り込む。


「この情報源はシュヴァルツ・カルテルの残党からだからだ」


……………………

これにて第五章完結です!


面白かったと思っていただけたら評価・ブクマ・励ましの感想などよろしくお願いします。

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