自由の国
本日2回目の更新です。
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──自由の国
ニコはエメリナとともにボルソナを目指していた。
「畑ばかりだ」
「きっと“国民連合”では食事に不自由しないのよ」
確かにこれだけの作物が実っていたら、“国民連合”では誰も飢えていないに違いないとニコは思った。作物が豊富で、豊かな国。それが“国民連合”。自由とチャンスの国。それが“国民連合”だ。
だけれど、それだけ豊かなのにどうしてドラッグなんて必要とするのだろうかとニコは疑問に思った。ドラッグは貧しくて、明日に希望が持てない人間がやるものだと相場が決まっている。だから、貧しい“連邦”ではドラッグが横行しているのだ。
“国民連合”にはそういうことはないはずだ。なのに、ニコたちは腹にドラッグを詰めて、それを“国民連合”に運んできた。
どういうことなんだろうか? ニコは考えたが分からなかった。
“国民連合”にも明日に希望が持てない人がいるのだろうか? これだけの恵みがあるというのにそんなことがあるのだろうか?
ニコは静かにエメリナとともに道路を進む。
しっかりと舗装された道路をトラックが走っていく。
「ヒッチハイクしようか?」
「ヒッチハイクって何?」
「車に乗せてもらうの。ジャングルから出たとき、そうやって街まで行った」
「やめておきましょう。こっちの民兵を見たでしょう? 彼らは私たちが憎いのよ」
「そうか。なら、やめておこう」
確かに民兵たちは酷かった。犬を使い、銃を使い、ニコの仲間たちを殺した。
国境にあった鉄条網もニコたちを歓迎しない客だということを物語っていた。
「ボルソナに行って、腹の中のドラッグを取り出してもらったらどうする?」
「帰る。弟が待っているから」
「俺もだ。妹と母さんが待ってる」
ふたりとも帰る場所がある。“国民連合”に留まるわけにはいかない。ここがどれだけ恵まれた国であったとしても、ここではニコたちは歓迎されていないのだ。
ニコたちは歓迎されぬ客として、排除され、追いやられ、殺される。
それにニコたちが帰らなければ、置いて来た家族が飢えて死んでしまう。『オセロメー』の男はニコが留守の間は面倒を見てくれていると言っていたが、どこまで信用していいものか分からなかった。
ただ、報酬が手に入ればもう飢えずに済む。
「報酬が楽しみだ」
「本当に報酬がもらえると思っているの?」
「え? そういう約束だよ?」
「約束を守るような奴らに見えた?」
そう言われるとニコは不安になってきた。
自分は騙されているのかもしれない。5万ドゥカートなんて大金、ニコには渡されない可能性もある。そして、そうなったとしてもニコには『オセロメー』を相手に歯向かうだけの力はない。
「じゃあ、俺たちは何のためにここまで来たんだ?」
「家族を殺されないため。私の弟は体が弱くて逃げられない。あいつらが殺そうと決意したら、簡単に殺される。あなたの家族は?」
「同じだ。母さんも妹も無力だ」
結局、俺たちは騙されて危険な目にあわされただけなのか。
「5万ドゥカートが手に入ればな」
「5万ドゥカートなんてはした金だよ。『オセロメー』の連中は何十億ドゥカートも稼いでいるんだから。『ジョーカー』っていうのが『オセロメー』の上にいて、『オセロメー』も奴らには逆らえないみたいだけど」
「どうやってそんなこと知ったの?」
「あいつらの情婦だから。情婦なんてそこまで立派なものなのかは分からないけれど。だけど、奴らはベッドの上ではいろいろなことをペラペラと喋る。俺は本当の男で大金を稼いでいるんだって自慢したいのよ」
エメリナが『オセロメー』の情婦だと聞いてニコは少し驚いた。
だが、そういうものかとすぐに思った。あの街でエメリナのような少女が生き残るには体を売るぐらいしか方法がないのだ。ニコは妹にはそうい暮らしをさせたくなかったけれど、結局はそういうことをしなければ食べていけないのだろうなと諦めていた。
「とにかく、今はボルソナの街を目指さないと」
「帰りはどうするの?」
「“国民連合”は喜んで私たちを叩き返してくれるよ」
そうだな。“国民連合”はニコたちにいてほしくないのだ。
「ボルソナまであとどれくらい?」
「20キロほど」
「喉が渇いた」
「私も」
もう何時間も水も食料も口にしていない。
水と食料は水先案内人の男が持っていた。だが、彼は死んだ。彼の荷物は犬の餌になってしまっただろうか?
「教会だ」
ふと視線を遠くに向けると教会が見えた。
「水と食べ物を分けてくれるかも」
「やめておいた方がいいよ」
「じゃあ、俺が行くから、君はここで待ってて、ふたり分分けてもらってくるからさ」
「気を付けてね? 何かあったらすぐに逃げて」
「分かってるよ」
教会の人間はいつも集落に来ていた。
誰もが優しかった。珍しい品や彼らの神を崇めることに素晴らしさを語り、そしてニコのような子供たちの遊び相手になってくれた。
だが、彼らも殺された。
他の集落に向かったところを民兵に襲われ、皆殺しにされた。
今でもニコたちのような戦争難民を助ける仕事をしている教会関係者はいるそうだが、いくら教会でも民兵には勝てないし、村を取り戻してもくれないだろう。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
ニコが教会の扉をノックする。
暫くして、神父と思われるサウスエルフの男性が姿を見せた。
「豹人族か。わざわざ“連邦”から“国民連合”まで来たのかね?」
「はい。故郷は今では焼野原です」
「可哀そうに。泊っていくかね?」
「いいえ。水と食料をふたり分わけていただければありがたいです」
「分かった。準備させよう。そこに座っていなさい」
ニコは教会の椅子に腰かける。
ここには民兵は来ないのだろうかと不安になる。だが、ニコを優し気に見つめる聖人像を見つめると、少しばかり緊張がほどけるのが分かった。
「さあ、食料と水。それぞれ3日分だ。足りるかな?」
「十分です。ありがとうございます、神父様」
神父はわざわざ背負って運べるようにバックパックまで準備してくれた。
「……ドラッグを運んでいるのだろう?」
そう聞かれて思わずニコは飛び上がりかけ、すんでのところで平静を装った。
「私の知り合いの医者に頼めばドラッグを取り出してもらえる。医療費はかからない。清潔な環境で、傷が塞がるまで面倒を見てくれる。どうだ。そのドラッグを悪い連中の手に運ぶのではなく、捨てていかないか?」
神父は本当にニコを心配しているようだった。
ニコとしても神父のいうことに従った方がいいと分かる。その方が安全だし、ドラッグの密輸なんて犯罪に手を染めずに済む。
「でも、街には家族がいるんです。俺たちがドラッグを運ばないと殺されるかもしれないんです。だから……」
「そうか。分かった。だが、帰りに寄るといい。“連邦”に帰る前に傷を見てもらおう。そして、安全に“連邦”に帰れるように申請してあげよう」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「気にすることはない。神の家は常に開かれている」
神父はそう言って、ニコを送り出した。
ニコは茂みに隠れていたエメリナと合流する。
「神父さん。いい人だったよ」
「ドラッグのこと、話した?」
「向こうは知ってた」
「通報されるかも」
「そんなことはないよ」
「分からないでしょう」
ニコとエメリナはそう言い合いながら、ボルソナを目指す。
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本日の更新はこれで終了です。
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