60年代風ナイトクラブ
本日2回目の更新です。
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──60年代風ナイトクラブ
フェリクスたちは『ジョーカー』の資金源が少数民族のギャングたちだと知った。
問題は方法だ。どうやってドラッグを密輸しているのか。
「国境警備隊からの情報だ」
エッカルトが宿泊先のホテルでフェリクスに書類を渡す。
「連中、腹にドラッグを詰めて密輸しているのか?」
「そうらしい。子供を主に使っているようだ。子供なら怪しまれない」
「畜生。クズどもめ」
フェリクスたちが注目するギャング『オセロメー』は働き手の父親たちを共産ゲリラとして失い、孤児になった子供たちに報酬を約束して、腹にドラッグを詰めて、“国民連合”に密入国させているようだった。
「腹でドラッグの袋が破れたら死ぬぞ」
「損失の範囲内なんだろう。子供が何人か死んでドラッグが幾分かダメになっても、それ以上のリターンがあるというわけだ」
「暗黒時代だな」
「ドラッグ暗黒時代」
エッカルトはそう言って、電話をかける。
「大使。国境警備の強化は適切です。敵は密入国者にドラッグを密輸させています。確認できていますか? それではお願いします」
エッカルトは大使館に電話をかけるとフェリクスの方を向いた。
「大使館に警告しておいた。国境警備はさらに強化されるだろう」
「それで、壁でも作るのか? 地雷も埋めるか? 必要なのは国境警備の強化じゃない。少数民族への支援だ。彼らはジャングルから追い立てられて、慣れない都市部で半分難民になっている。彼らを支援しない限り、どんな警備があっても『オセロメー』は人間ドラッグ袋を“国民連合”に送り続けるぞ」
「落ち着けよ、フェリクス。そもそも少数民族への支援は“連邦”政府が拒否している。民族問題への内政干渉だと。内政干渉はできないだろう?」
「俺たちはドラッグの件で散々、“連邦”に内政干渉してきた。それなのに民族問題となるとダメなのか?」
「政治だ、フェリクス」
「政治か、エッカルト」
フェリクスはそう言ってため息をついた。
「最近、家族とはどうなんだ?」
「妻は俺が浮気していると思っている。仕事を口実に厄介払いされたと思っている。その方がいいのかもしれない。家族というのは弱点だ。麻薬取締局にとっても、ドラッグカルテルにとっても」
「子供がいるんだろう?」
「ああ。だが、俺の顔を覚えているかどうか」
最後に家族に会ったのはいつだろうかとフェリクスは考える。
「きっと覚えているさ。親の顔というのはそう簡単に忘れられるものじゃない。そう悲観的になるなよ、フェリクス。何なら交代の人員を要請したっていいんだぞ?」
「ダメだ。奴らは俺が追い詰める」
既にフェリクスのたどってきた道には死体の山が築かれている。今さら歩みを止めるわけにはいかない。進み続けなければ。
「ヴァルター提督に『ジョーカー』について新情報がないか聞いてみよう」
「あれば向こうから電話してくる。仕事のことは少し忘れろ。お前、凄く疲れているぞ。相棒がそんなんじゃ、俺も背中を安心して任せられない」
「……すまない。だが、分かるだろう? 俺たちがやらなければならないんだ」
「思い込みだ。俺たちがいなくとも麻薬取締局は回る。俺たちの交換部品は本局に大量にある。自分を追い詰めるな、フェリクス。お前のことは少し調べたが、お前に過失があるものはなかったよ」
嘘だ。
俺がしくじったからギルバートは死んだ。スヴェンも死んだ。拷問されて死体爆弾にされた。その責任を取らされてスコットの首も飛んだ。
俺は間違ってばかりだ。
「今日は仕事のことは考えない。気晴らしに飲みにでも行こう。俺たちにだって休暇は必要だ。そうだろう?」
「ヴァルター提督から連絡があるかもしれない」
「忘れろ。どうせ情勢はすぐには動かない。今は放置しておいていい。それより飲みに行こう。ここいらでいい店を見つけたんだ。お前も気に入るぞ」
「分かった。降参だ」
フェリクスはやれやれというように両手を上げる。
「ヴァルター提督には暫く電話に出れないと伝えておこう。それぐらいはしておかないとな。俺たちの留守中に何かあっては困る」
「とはいえ、ドラッグカルテルは24時間365日営業だがな」
「全くだ」
フェリクスはヴィルヘルムに暫くは電話に出れない旨を伝えるとエッカルトと外に出た。メーリア・シティは夜でも賑わっている。
メーリア・シティはかつてはシュヴァルツ・カルテルの縄張りだと考えられていたが、今この“連邦”の首都を治めているのが誰かは分からなかった。
「で、どこの店なんだ?」
「ここから少し行ったところだ。タクシーで行こう」
「物騒だからな」
既にフェリクスとエッカルトは麻薬取締局の捜査官だと知られている可能性があった。迂闊に路上をうろうろしてるところを刺されたり、撃たれたりする可能性はあった。
なので短い距離でもタクシーを使う。
安全に。そして、着実にというのが、今の麻薬取締局局長ハワード・ハードキャッスルのモットーだった。彼は海外で任務に当たる麻薬取締局の捜査官が犠牲になれば、血祭に上げられるのが自分だと理解しているのだ。
事実、ハワードの前任のスコットは議会で吊るし首にされた。
フェリクスたちにとっても誰かが犠牲になって、海外における作戦の幅が狭まるのは勘弁してもらいたかった。
「この店だ」
「いい感じだな」
店は60年代風のナイトクラブだった。
懐かしい雰囲気のする場所だ。子供のころはこういう場所に憧れていた。陽気な音楽とアルコールに女性。学生だったフェリクスたちにはこういう場所が憧れの場所だった。こういう店で女の子とデートが出来る男こそ真の男だと思っていた。
まあ、それは幻想で、フェリクスはロースクールで出会った妻と結婚したのだが。
「行こうぜ。今日は羽目を外していこう」
「ほどほどにな」
店は健全で、ギャングなどはいない。60年代で時が止まったかのような店の内装に、最新のディスコミュージック。踊っている客もいれば、静かに酒を楽しんでいる客もいる。フェリクスは店内を見渡し、この場で銃撃を受けるかどうかを考えていた。
「この店のセキュリティーは大丈夫だ。以前、確認した」
「ああ。すまん」
「それより飲もうぜ」
フェリクスとエッカルトはカウンター席に腰かける。
「マティーニを」
「ジントニック」
エッカルトとフェリクスがそれぞれ注文する。
「では、我々の今後を祈って」
「我々の今後を祈って」
フェリクスとエッカルトが乾杯する。
その様子を警備の人間と店の人間が見ていた。
「はい。間違いありません。フェリクス・ファウストとエッカルト・エルザーです。どうしますか?」
『何もするな。酒を出してやれ。連中の注文通りに』
「畏まりました、ボス」
電話先の人物は他でもないアロイスだった。
「酔えよ、酔えよ、捜査官ども。俺はその間に戦争を進めるんだ」
もう少しで『ジョーカー』を叩き潰せる。
ヴェルナーとともに『ジョーカー』を、ギュンターを犬の餌にしてやろう。
地獄を見ろ、ギュンター。アロイスはそう思いながら、甘めのカクテルを味わった。
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