売人のリクルート
本日1回目の更新です。
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──売人のリクルート
アロイスはハインリヒに言われた通りに、“国民連合”の留学生の中から売人を作った。大学内ではホワイトグラスを扱わせる。それで様子を見て、ヘマをしないようであれば、売人に“ボーナス”と引き換えにスノーパールを密輸させる。
売人たちは前に言ったが自分たちが扱っている商品の中毒者でもある。
売人たちは金が手に入り、よりドラッグが手に入るならばとスノーパールの密輸に合意した。月に1回、越境し、国境付近の街で“国民連合”にいる売人にスノーパールを渡して、帰国する。そして、ボーナスをもらう。
“国民連合”の国境線を越えて“国民連合”内に入ったスノーパールは様々なルートで売買される。だが、今のところ“連邦”から“国民連合”に移住したギャングが売買するぐらいで、纏まった量を処理できていない。
そのためアロイスの懐に入る金も予想していたより少なかった。
だが、着実に富は貯まりつつある。
月に1回、3キログラムのスノーパールが国境を越える。そして、それらは向こうにいるカルテルの構成員に渡され、末端の売人まで渡る間に資金が生じる。
まだ大規模な取引はないが、スノーパールは確実に“国民連合”を蝕みつつあった。
問題はもっと大規模な小売業者が必要だということ。
纏まった金を出せて、大規模な取引に応じてくれる取引先が必要だった。
ギャングたちでは不十分だ。連中は大規模な取引に向いてない。
ギャングは所詮はギャングだ。街のごろつきが徒党を組んで、暴力を振るい、みかじめ料を取り立て、一般市民から金を盗み、その金でドラッグを扱う。だから、取引の規模としてはそこまで大きなものではない。
今は、まだ。
これからギャングが本格的にドラッグを扱うようになれば、儲けは確実なものとなる。何せ100ドゥカートで仕入れたものを300ドゥカート、場合によっては400ドゥカートで販売するのだ。ギャングたちの取り分は大きい。
しかし、ギャングもいろいろとあって、チームが別れているのが難点だ。ひとつのギャングと取引していると別のギャングが妨害に入ることもある。連中がどれだけ喧嘩っ早いかはアロイスも知っている。ちょっとしたことで殴り合いと銃撃戦だ。
理想的な取引相手はライバルが少なく、資金力が潤沢で、暴力を持ち、警察にもコネがあり、それでいて信頼のおける相手だ。もっともこれは理想的過ぎて、高望みが過ぎるというのが現実だ。
警察。警察や麻薬取締局によるドラッグの押収は必要経費として換算している。
“国民連合”の警察や麻薬取締局の取り締まりは正直言って手ぬるいのが現状だ。彼らは50キログラムのドラッグを押収したと誇らしげに新聞に記事を掲載するが、その50キロを押収してる間にアロイスたちは500キログラムのドラッグを密輸している。
損害は損害だが、大した損害じゃない。
元をただせばスノーホワイトの製造には100ドゥカートもかかっていない。貧しい農家が糧を得るためにドラッグカルテルのボスたちに一束15ドゥカート程度で降ろしている。それが100ドゥカートになり、300ドゥカートになるのだ。
ドラッグカルテルもギャングも儲かる。馬鹿を見るのは農家だけだ。その農家も作物の中ではもっとも値段のつくスノーホワイトの栽培で食いつないでいるのだから、こういうのをWin-Winの関係というなのだろうなとアロイスは思った。
何にせよ、もっと大規模にドラッグを扱いたい。スノーパールを大規模に輸出したい。手段はあるのだ。問題は取引先だ。
「マーヴェリック。もしかして、ギャングに詳しかったりしないか?」
「ギャングに? あの馬鹿どもに何か用事でもあるのか?」
「ビジネスだよ」
マーヴェリックはアロイスのその一言で納得したように頷いた。
「どこのギャングにドラッグを?」
「まずは西部。それから南部。でも、君には悪いけど南部はあまり有望な市場じゃない。未だに人種差別主義者が活動してるんだろう?」
「純血種至上主義者。南部は確かに有望な市場じゃないし、手を出さない方がいい。今の政権の支持基盤は南部のエルフたちだ。イカれた宗教原理主義たち。今の政権が共産主義に対して強固な姿勢を見せているのは支持基盤のご機嫌取りだ」
南部に手を出せば、“国民連合”も黙っていないというわけだ。
それに南部は貧困層が多い。貧困層はある意味ではドラッグの有望な顧客だ。だが、アロイスは末端の小売りまで面倒を見る気はない。纏まった取引がしたいのだ。その点、南部にはギャングの代わりに純血種至上主義者が幅を利かせており、そいつらは大層なことを口にするが、金は持ってない。
となると西部。
「西部で有力なギャングは?」
「ブロークンスカル。一番デカいギャングだ。他のギャングとは比べ物にならない。取引するとしたら連中だね。他のギャングどもは弱小集団の集まりだが、ブロークンスカルを率いているのは元外人部隊のヴィクトル・バザロフで、タフな野郎だ」
「詳しいね」
「“国民連合”で一度でも西部に暮らしたことのある人間ならだれでも知ってるよ」
マーヴェリックはそう言って、ウィスキーのグラスを傾ける。
「だけど、交渉するなら用心しなよ。ヴィクトルは用心深く、それでいて獰猛な男だ。気に入らなければ相手がドラッグカルテルのボスだろうと撃ち殺す。逆に気に入られれば、家族のように扱うそうだがね」
「交渉か。やはり、俺が行った方がいいと思うか?」
「ヴィクトルのところに小間使いを送ったら神経を逆なでするようなものだ。誰が取引をしたがっていて、その根性を示さなければヴィクトルは相手にしないよ。いくらドラッグビジネスが儲かるとしてもね。それにヴィクトルと取引したがっているのはあんただけじゃないんじゃないかい?」
それもそうだ。西部の暗黒街でそれだけの影響力を持ってる人間を、シュヴァルツ・カルテルやグライフ・カルテルが見逃すはずがない。キュステ・カルテルの取引は東部に集中しているから出張ってはこないとしても、他2つのカルテルは分からない。
「ヴィクトルと会ってくる。護衛は必要?」
「ひとりで行った方がいいね。ヴィクトルは男らしい男が好きだ。正直、同性愛者じゃないかと思うぐらいに」
マーヴェリックの情報はやけに詳しかった。西部に暮らしているからと言ってそこまで情報は手に入るものなのだろうかと思った。
もし、一般市民でもそこまで情報が手に入るなら、ヴィクトルという男は捜査機関にマークされていてもおかしくない。ちょっとした損害程度ならば許容できるが、大規模取引となると、話は別だ。大損害は被りたくない。ハインリヒからの信頼も失う。
「あんたならきっと上手くやれるよ。あんたには度胸がある」
「どうだろうね。俺は平穏が欲しいだけの小市民なんだけどさ」
思えば平穏を求めて平穏とは程遠い場所にどんどんと向かっている。
この先に本当に平穏が待っているだろうか?
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