人間ドラッグ袋
本日2回目の更新です。
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──人間ドラッグ袋
ニコは仕事を受けることになった。
そうしないと『オセロメー』は母と妹を痛めつけて、殺すと言って脅したからだ。
ニコは『オセロメー』に連れられて、病院に来た。
「何をするの?」
「いいから大人しくしておけ。男らしくしろ」
ニコは不安で不安でたまらなかった。
彼らの仕事を受けて帰ってきた友達はいない。いや、恐らくは誰も帰ってきていないのだ。この先に待ち構えているのは地獄のような死と苦しみなのだと、ニコは怯えながら考え込んでいた。
「ニコ。これを吸え」
「これは何?」
「ホワイトグラスだ。気分を楽にしてくれる。いいから吸ってろ」
ニコは押し付けられたホワイトグラスに火をつけて煙を吸った。
嫌な感じのする臭いだった。だが、気分は楽になった。脳がマヒしていくような感覚で、吐き気がしたが、吐き気をこらえて、『オセロメー』の男には分からないようにドラッグをごみ箱に捨てた。
仕事に行った他の人間は誰も帰ってきていない。ニコはそれが心配だった。
「母さんと妹の面倒を見てくれる?」
「ああ。見てやるよ。安心しろ。向こうで大金を稼いだら、向こうに家族も呼ぶといい。きっと豪邸に住めるぞ。誰も帰ってこないのは、向こうの生活が楽しいからだ」
「そうなの?」
「ああ。そうとも。それとも俺を疑うのか?」
「いいや。疑わないよ」
ニコが下手に疑ったら、やはり報復の手が母親と妹を襲う。
「さあ、準備はできたな? いくぞ」
男はそう言って、ニコを手術室に連れて行った。
「今度はその子供か?」
「ああ。そうだ。ばっちりやってくれよ」
「分かっている。ホワイトグラスは吸わせたか?」
「もちろんだ」
「なら、麻酔は最小限でいいな」
薄汚れた白衣を纏った男はそう言って、ニコニ手術台の上に乗るように促した。
「ほら、さっさとしろ。金を稼がなきゃいけない。そして時は金なりだ」
ニコは『オセロメー』の男に無理やり手術台の上に乗せられる。それから手足をベルトで縛られ、身動きができなくなった。
「麻酔はこの程度でいいか」
医者はそう言ってニコの腹に注射器から液体を流し込んだ。
「それでは始めるぞ。今回は何グラムだ?」
「このサイズのガキなら100グラムが限界だろう。まあ、詰め込めるだけ詰め込んでくれ。頼むぜ。ドクター」
「分かった」
医者はにこの腹部を丸出しにさせると、消毒液を塗った。冷たい感触がニコの皮膚から感じ取られる。
「ねえ、何をするの?」
「黙ってろ。死にたくはないだろう」
ニコの質問に『オセロメー』の男はそうえして、ニコの腹部に視線を向ける。
「始めるぞ」
そう言って、医者はニコの腹部にメスを入れた。
痛い! ニコの感覚に激痛が走る。
「痛い! 痛いよ!」
「すぐに終わる。我慢していろ」
男たちは暴れようとするニコの体を押さえつけ、医者は黙々と作業を続ける。腹部にビニール袋に包まれた白い粉が入れられ、ニコはすぐにそれがドラッグだということを理解した。
「嫌だ! ドラッグなんて埋め込まれたくない!」
「なら、まっすぐ向こう側にいる売人に会え。そうすればドラッグは取り外してもらえるだろうからな」
「傷が痛くて走れないよ」
「ホワイトグラスを分けてやる。それを吸いながら、国境を目指せ、国境警備隊に注意しろ。連中は警告したらすぐに発砲してくる。もし、向こうでサツに捕まって、その傷はなんだと聞かれたら、盲腸の手術をしたと言え。いいな?」
「わ、分かった」
まさかドラッグの密輸をやらされるなんて。
これまで誰も帰ってきないのは、国境で射殺されたか、腹の中に入れられたドラッグの袋が破けて、そのままあの世に行ったからだ。ニコはようやく仲間たちに何が起きたのかを理解するようになった。
「じゃあ、今から国境に向かえ。国境警備隊が来たら、身を隠せ。絶対に見つかるな。それから激しい運動も禁止だ。腹の傷が開くし、ドラッグの袋が中で破れる可能性がある。お前だって、まだ死にたくはないだろう?」
「もちろんだよ」
「なら、用心することだ。僅かな間違いが致命傷になるぞ」
「気を付けるよ」
ニコはそう答えて、腹を摩った。自分の腹の中に致死量のドラッグが入ってくることを忘れようとしたが、無理だった。
「いいか。国境線には川が流れている。泳いで渡らないといけない。泳げるな?」
「うん。泳げる」
「じゃあ、問題は何もないな。痛みがしてきたらホワイトグラスをキメろ。痛みをある程度取り除いてくれる。ただし、荷物はちゃんと宛先に届けろよ」
「宛先って?」
「国境を越えたら、ボルソナって街を目指せ。そこに俺たちの仲間が待っている。全員が同じ入れ墨をしているから簡単に分かるはずだ。この入れ墨だ。覚えたか?」
「覚えたよ」
入れ墨は槍を持った戦士の文様をしていた。
「そいつらに『宅配に来た』と言え。そうすれば腹の中のものを取り出してくれる、そうすれば報酬が支払われる」
「いくら?」
「5万ドゥカートだ」
5万ドゥカート! 大金だ!
まだ金銭感覚が子供であるニコにはそれだけあれば一生食べていけるような気がした。それほどまでに『オセロメー』の提案は魅力的に映っていた。
実際のところは5万ドゥカートという金額はさして高くはないのだが。
「仕事内容は頭に入ったな? じゃあ、越境だ。安心しろ。ひとりで越境しろとは言わない。他にも数名、同じような立場の仲間たちと一緒に越えてもらう。国境地帯に詳しい人間もいる。そいつに案内してもらって、国境を越えろ」
「分かった」
そして、少しニコがたじろいだ。
「俺がいない間、誰が母さんと妹の面倒を見てくれるの?」
「俺たちが金を渡しておいてやる。安心したか? なら、さっさといけ!」
ニコはそう怒鳴られて、追いやられた。
ニコはトラックに乗せられ、街を離れていく。母と妹に事情を説明することもできなかったが、ふたりとも心配してないだろうかとニコは不安に思った。
だが、無事に仕事ができれば5万ドゥカートだとニコは自分に言い聞かせる。5万ドゥカートなんて大金を稼ぐ機会はいまぐらいしかないじゃないかと。
ニコたちはトラックに乗せられたまま北に向かう。“国民連合”との国境線に近づいているのだ。だが、トラックは国境のかなり手前で止まった。
「ここからは歩きだ」
集めらた人間たちの中でも筋肉のある男がそう言った。
「歩き?」
「そうだ。国境線沿いには“国民連合”の国境警備隊がいる。トラックで不用意に近づけば警戒させる。ここからは用心して進むぞ」
男はついてこいというように手招きする。
国境地帯は静寂に包まれていた。
国境線には地雷が埋められているとか、国境警備隊に見つかると射殺されるとか、そういう恐ろしい話を聞いていた。ニコは今にも逃げ出したい気分になっていた。ここでは虫の鳴き声すらしない。
「あれが国境を隔てる川だ」
男が国境を指さす。
「あそこを通過して、国境を越える」
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本日の更新はこれで終了です。
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