ニコラスの冒険
本日2回目の更新です。
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──ニコラスの冒険
少数民族の多くが街に避難してきた。
ジャングルにいればメーリア防衛軍とドラッグカルテルに狩り殺される。
街ならば、そのような暴力から逃げられると信じて、彼らは街に逃げてきた。
だが、街はジャングルで狩り殺されるよりも悲惨な目に遭う場所だった。
逃げてきた避難民のうち女性は暴行された。食事を餌に誘き出され、子供すらも暴行を受けた。多くの女性が性的被害に遭い、それをどうすることもできず、子供ができてしまったものは自殺してしまった。
だが、一部の女性は自ら体を売った。
それしか彼らには財産がなかったのだ。ジャングルでの生活には多くのものは必要なかった。小さなコミュニティで暮らす分には僅かな財産でも問題はなかった。
だが、街は違う。
街では多くの財産が求められる。家を失い、働き手の男たちを失い、家財一切を失った少数民族が街で暮らしていくには全く足りないほどの財産が必要とされた。
女たちは暴行されたが、立ち上がった。
自ら体を売り、風雨を防ぐ場所で眠れるようにする。食事を手に入れる。
子供たちも女の子は体を売り、男の子と老人たちはゴミを漁った。食べられるものが手に入る時もあったし、街の仕組みを覚えた中で知った屑鉄屋に売れるようなものを見つけることもあった。
もちろん、全員がそうしたわけではない。
まだ若く、プライドのある男たちは徒党を組み、ギャングとして活動を始めた。鉄パイプで商店を襲って物を盗み、街の人間を襲って金を巻き上げ、同じ少数民族の売春婦たちからみかじめ料として金を差し出させた。
少数民族は瞬く間に厄介なギャングとなり、市民は彼らに同情などしなかった。商店街の店主たちは薄汚いドブネズミを取り締まるように警察に金を渡し、汚職警官は彼らを射殺した。まだ何の罪も犯していない子供まで殺した。
やがて、状況に変化が訪れる。
ドラッグカルテルが街にやってきたのだ。
その名は『ジョーカー』。最悪のドラッグカルテルと言われる集団だ。
その『ジョーカー』の兵士たちは少数民族のギャングを痛めつけ、それから手を取って、仲間になろうと言った。早い話が暴力で屈服させ、手下にしたのだ。
既に『ジョーカー』に参加している少数民族たちが仲間を歓迎する。
彼らはドラッグの運び屋であり、売人であり、ヤク中であり、兵隊だった。
今、“連邦”から多くの少数民族たちが“国民連合”に逃げようとしている。“連邦”で暴行を受け、犯罪者として射殺され、散々な扱いを受ける少数民族も自由の国“国民連合”に渡ればチャンスがある。そう思われていたからだ。
実際のところ、“国民連合”でも不法移民である彼らにまともな仕事はなく、“連邦”にいるときと同じようにギャングを作っているのだが。
少数民族のギャングは『オセロメー』と呼ばれ、猛威を振るっていた。その残酷さと、共産ゲリラと行動を共にしてきたことによる戦闘力の高さから、“国民連合”で幅を利かせ始めていた。
そして、その『オセロメー』こそが、現在の『ジョーカー』の密売ネットワークを構築していた。『ジョーカー』は不法移民の腹にドラッグを詰めて国境を越えさせ、国境を越えた先でドラッグを摘出し、『オセロメー』が売り捌く。
利益は5%が『オセロメー』に与えられ、残りは『ジョーカー』の軍資金になる。不法移民として拘束され、送り返されても、また腹にドラッグを詰めて国境を超えることを強いられる。
全ての運び屋が任務を達成できるわけではない。現地の『オセロメー』にドラッグを渡す前に警察に拘束され、腹からドラッグを取りだされ、ドラッグの売買目的の密輸の罪で刑務所に叩き込まれる人間もいる。
だが、それはまだ幸運な方だ。
一部の運び屋は腹の中でドラッグの袋が破け、オーバードーズで死亡する。あるいはドラッグを埋め込んだ際や、摘出した際の手術の不手際で苦しみながら死んでいく。
「おい、ニコ。男らしい仕事をしてみないか?」
「男らしい仕事?」
ニコ──ニコラスはジャングルから逃げてきた少数民族のひとりだった。背丈は年齢の割に小さく、肌は不健康な色をしている。最後にまともな食事をしたのは、もう3年も前の話だ。ジャングルが戦場にならず、ドラッグカルテルやメーリア防衛軍が攻め込んでくる前の話。
「そうだ。ゴミ漁りなんて男らしくないだろう?」
「それはそうだけど……」
今、ニコの家庭を支えているのはニコのゴミ漁りの成果だけだった。
父は共産ゲリラに加わって行方知れず、ジャングルにある故郷はメーリア防衛軍の攻撃を受けて壊滅した。兄と下の妹が戦闘で死んだ。生き残ったのはニコと母と上の妹だけだった。
彼らはもうジャングルでは暮らせないと思い、ジャングルを出て多くの少数民族がそうしたように街に向かった。
だが、街は彼らを歓迎しなかった。
母は10人の男から暴行を受けて、気が変になってしまった。妹は髪を短く切り、男の子の格好をして、何とか難を逃れているが、今は気が変になってしまった母親の看病で手一杯だった。
ニコが拾ってくるゴミだけが家庭を支えていた。
食料が手に入ることもあるし、屑鉄屋に売れるものが手に入ることもある。
今、ニコたちは教会の保護下にあった。
教会のボランティアだけはニコたちを受け入れてくれた。気が変になってしまった母と妹は教会のシェルターにいる。しらみの湧いていない毛布もあり、そこでは安らかに暮らせる。ただ、食べ物だけは常時不足していた。
教会のボランティアが悪いわけじゃないことをニコは知っている。ギャングが教会の神父さんたちを脅しているのだ。教会から金を奪い、ニコたちが満足に食べていけないようにしている。
仕事をさせるためだ。
仕事のことはニコだって知っている。友達の何人かはその仕事に加わった。
そして、誰も帰ってこなかった。
危険な仕事だと知っている。刑務所に入れられるかもしれないとも。刑務所に入れられることもなく撃ち殺されるとも噂されている。
それでもギャングはニコたちのような少数民族の仲間でありながら、その仲間に危険な仕事をさせる。ギャングとは関わり合いになりたくなかったけれど、一度妹が病気になった時、どうしても薬が必要で、そのためにギャングに頭を下げて金を恵んでもらっている。その時の借りを返さなければならない。
「ニコ。男になるんだ。立派な男にな。仕事に成功すれば“国民連合”に家が買える。そこで家族そろって暮らすこともできる。母親の面倒も見てくれる人を雇えるから、安心できるぞ。どうだ?」
「ど、どんな仕事なの?」
「簡単だ。“国民連合”に越境すればいい」
「“国民連合”に行けるの?」
「ああ。行ける。“国民連合”は夢の国だぞ。お前でも大金持ちになれるかもしれない。あそこはチャンスと自由の国なんだ」
ギャングの男が両手を広げて語る。
「け、けど、何か危ない仕事をするんでしょう?」
「危なくない。全然危なくない。ちょっと行って、荷物を届けるだけだ」
ギャングはそう言ってにやりと笑った。
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