戦闘担当
本日1回目の更新です。
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──戦闘担当
アロイスは少しばかり後悔していた。
ドミニクはどうせこんなことになるなら、もっと早く生贄の羊にしておけばよかったと。そして、ドミニクを殺したことでシュヴァルツ・カルテルをキュステ・カルテルとともに二分し、麻薬取締局にとって目につく存在になってしまったことを。
どうにかして視線を逸らす方法を取らなければならないなと思う。
有名になることはいいことではない。有象無象の中に紛れて、そこでひっそりと富を貯めこむのが望ましいのだ。ひっそりと、確実に、着実に、かつてのドラコ帝国の皇帝のように金貨をベッドにして眠るのだ。
だが、今はそれとは対極的な状況になっている。
目立ちすぎた。まだどの情報源もドミニクを殺したのがアロイスたちだとは把握していないが、判明すればシュヴァルツ・カルテルの残党からの報復にも怯えなければならない。麻薬取締局に目を付けられることにも警戒しなければならない。
いずれにせよ、シュヴァルツ・カルテルの消滅は望ましくない。
アロイスはこの点に、あるていどの解決策を準備している。
「それで『ジョーカー』の戦闘担当だけど」
「おいおい。友達とその家族を拷問して、殺して、すぐにそういう話に行くのか?」
「俺たちは忙しいんだよ、マーヴェリック。それにあいつは死んだ。それで終わりだ」
結局のところ、どう拷問してもドミニクはアロイスたちを売っていないと主張し続けていた。恐らくは事実なのだろう。
ならば、問題はない。
戦争を続けるだけだ。
「戦闘担当は今、徴募を行っているって聞いたけど」
「そうだ。警官はもう逃げたし、シュヴァルツ・カルテルをヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテルが二分したことで、『ジョーカー』は追い詰められていると考える人間が増えて、『ジョーカー』の徴募に応じなくなった。チンピラたちですら、『ジョーカー』の負けを悟っている」
「だが、未だに『ジョーカー』は戦闘力を有しているし、脅威だ」
ここ最近の戦闘で敗北が続き、輸送担当と製造担当が消えた『ジョーカー』は明白に弱体化していた。街のチンピラですら『ジョーカー』の敗北を予想してる。
だが、『ジョーカー』が無視できる存在になったわけではない。
未だに『ジョーカー』は戦闘力を有している。いわば、手負いの獣だ。そして、古来より手負いの獣ほど獰猛なものはないという。
ならば、アロイスたちも用心して『ジョーカー』を仕留めよう。
「『ジョーカー』はあちこちで徴募している。街のチンピラから共産ゲリラに所属している少数民族まで」
「手あたり次第だな」
「まさに」
アロイスが頷く。
「戦闘担当はどうやって押さえる? 名前も顔も分からないんだろう?」
「ああ。分からない。どうしたものかと思っている。『ジョーカー』の人間をいくら尋問しても、戦闘担当の顔も出て来ない。どうやら戦闘担当は訓練はしていないらしい。徴募とか兵站とかそういうものが専門の様子だ」
「戦闘担当なのに戦闘を担当してないとは」
マーヴェリックは呆れたように肩をすくめる。
「とにかく、これ以上兵士を増やされても困る。連中は未だに武器を持っている。ここから形勢逆転される可能性もある。それだけはごめん被りたい。手負いの獣は用心して殺せというが、確かにそうするべきだろう。これ以上、無駄な損害はなしに仕留めたい」
「だとすると徴募を止めさせないとな」
マーヴェリックはそう言う。
「徴募はどこで行われているかだ。共産ゲリラの少数民族なら簡単に主を変えて尻尾を降るだろう。金払いがいい限りはな。連中の一部は本気で公民権運動をやっているが、一部はそれに乗じて暴れたいだけだ」
「じゃあ、あんたの友達に頼まないとね」
「そうなるな。些か心もとない友人だが」
アロイスはメーリア防衛軍に電話する。
「ネーベ将軍。そちらでドラッグカルテルが共産ゲリラから、兵士を雇っていないか? 共産ゲリラと戦えとは言わないが、共産ゲリラから外れた奴は殺してほしい」
『普通は逆だぞ。我々は反共民兵なんだ。共産主義者を殺し、そうでないものを保護する。それなのに共産ゲリラから抜けた奴を殺せと?』
「あんたが共産主義者とつるんでるってのをブラッドフォードにばらされたくなかったら言われたとおりにやれ。それに少数民族ってのがトラブルの原因だ。そいつらがドラッグカルテルに入ったら、何をすると思う? 武器を持って好きなだけ暴れまわるだろう」
『……分かった。手を打とう』
「我々もそちらに向かう。進捗状況を確かめたい」
『いつでも歓迎しよう』
アロイスは礼を言って電話を切った。
「さて、反共民兵組織のお友達に手伝ってもらおう。それだけの投資はしてきたつもりだ。その金の一部が共産主義者に流れているとしても」
「最悪」
マーヴェリックは嫌悪感を露にする。彼女は根っからの反共主義者だ。
「しかし、共産ゲリラも手を結ぶ相手を間違ったな。よりによって『ジョーカー』に付くとは。普通、沈む船からはネズミは逃げ出すものなんだがな」
「『ジョーカー』は自分たちに都合のいい情報だけを与えていると考えられる。自分たちの勝利を喧伝し、私たちの敗北を喧伝する。共産ゲリラ。特に少数民族にはその手の知識はない。騙そうと思えば簡単に騙せる」
「そうだな。マリーの言う通りだ。連中は一種の情報統制下にある」
ネズミたちは船が沈みかかっていることを知らない。
もう『ジョーカー』という船は沈みかかっているのに、それに気づいていない。
いや、状況によっては『ジョーカー』の逆転もあり得る。相手は元共産ゲリラだ。戦闘の腕前は警官たちよりも上だろう。“社会主義連合国”や“大共和国”が軍事顧問を送り込み、彼らを教導している。
戦えば厄介な相手になる。
「少数民族にはこの際だからいなくなってもらった方がいいかもしれない」
アロイスはぼそりとそう呟いた。
「そういって世界を敵に回して、最後には拳銃自殺した奴を知ってるよ」
「俺も知っている。だが、それとはレベルが違う。それに少数民族の公民権運動はこれまで軍が弾圧してきた。連中が公民権を手にして、入植者たちが開拓した土地の所有権を訴え、政府がその賠償に応じなければならないことを忌み嫌っている」
“連邦”は“国民連合”同様に入植者たちが作った国だ。それも元からいた少数民族を迫害して成立した国家である。
その少数民族の公民権運動の行きつく先は“連邦”政府による少数民族への賠償問題となる。それは受け入れられない。国民の大多数が納得しない。
だから、これまで軍は少数民族の公民権運動を弾圧してきた。
「それにさ。連中は共産主義者のいい手先だ。死んだって誰も困らない。権利ばかりを主張して義務を果たさない連中を見せしめに殺すのは良い機会だと思うけれど?」
「確かにね。口だけの平和や平等を口にして、暴力を振り回す連中は排除されてしかるべきだ。その話、乗らせてもらおう」
「決まりだ。メーリア防衛軍だけじゃどうもに頼りない。ここは俺たちが支援してやるべきだ。武器弾薬の支援だけではなく、直接的軍事支援を」
「燃えてきたね。危険な臭いがする」
マーヴェリックはにやりと笑った。
「『ツェット』も1個小隊動員する。それからCOIN機と輸送ヘリ、汎用ヘリも」
「本格的に潰しに行くんだな」
「もちろんだ。『ジョーカー』が少数民族を動員しているなら、少数民族は俺たちの敵だ。敵は徹底的に潰さなければならない。一切の例外なく」
これから『ジョーカー』を叩くと言うのにゲリラとして訓練された少数民族を敵に回すことなんてごめんだ。もう既に徴募は始まっているだろうが、それを踏まえても、『ジョーカー』が少数民族のゲリラ部隊を手にするのは防がねば。
「さて、では皆殺しの雄叫び上げよう」
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