疑念の芽生え
本日2回目の更新です。
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──疑念の芽生え
最近、ドミニクの様子がおかしい。
参戦はしないと言い続けているのに、こちらの情報をやたらと探ってくる。
アロイスは疑念を感じていた。ドミニクは裏切ったのではないかと。
だが、イカれたドラッグカルテルのボスであるドミニクが麻薬取締局に協力などするものだろうか? そういう裏切りはもっとも嫌っている人間のはずだ。それが麻薬取締局に協力を?
あり得ないと思いながらもアロイスは疑念を封じきれずにいた。
ドミニクとは上手くやっていたし、1度目の人生でもドミニクが裏切ったことはなかった。何せ、ドミニクは裏切られる側だったからだ。アロイスの父ハインリヒに裏切られ、軍と警察に追い回され、早くにいなくなっている。
だが、アロイスはドミニクを生かした。代わりにグライフ・カルテルを生贄の羊として捧げた。そのことが何か影響しているだろうかとアロイスは考える。
バタフライ効果という言葉があることはアロイスも知っている。ちょっとした入力値の違いで大きな変化が生じるというもの。蝶の羽ばたきが、台風を起こすというもの。それをポップカルチャーではちょっとした行動の違いが、全く異なる結果を呼ぶとされている。そのことはSF小説などにもネタにされていた。特に時間を遡って行動するような作品においては。
まさに今のアロイスのような状況だ。
2度目の人生ではアロイスは様々な行動の変化を起こした。ハインリヒに逆らい、カールを嵌め、共産主義者と取引し、あらゆるものごとを変えて来た。
それは今まではいい結果を生んでいた。
だが、悪い結果も生むものではないのか?
アロイスの行動の変化が思わぬ変化を生むものだ。
例えば、ヴィクトルとの取引を実行した際には州警察の刑事を殺す羽目になったし、レニ自由都市の酒場ではフェリクスと出会うことになっていた。行動の変化は思いがけぬ変化を呼ぶことになる。
これまでの行動の変化がバタフライ効果として何かしらのトリガーとなり、ドミニクを裏切りに走らせた可能性はゼロではない。
だが、どうやってドミニクが裏切っているか、いないかを確かめる?
電話を盗聴する? いいアイディアだが、ドミニクも裏切っているならば電話の盗聴には用心するだろう。となるとそれと並行して別の手段を考えなければならない。
「『ジョーカー』を使うか」
そうだ。『ジョーカー』にドミニクの妻子を拉致させて、情報を聞き出せばいい。
幸いにして“決済待ち”の捕虜は多くいる。そいつらを武装させて、ドミニクの家族に差し向ければいい。そして、『ジョーカー』の仕業に見せかけて、ドミニクから情報を引き出す。もし、ドミニクが裏切っていなければ、妻子は解放し、『ジョーカー』の捕虜は始末してしまえばアロイスたちの関与は判明しない。
早速だ。マーヴェリックたちと話し合おう。
「マーヴェリック。捕虜の処刑をストップしてもらえるか?」
「はあ? なんでまた……」
「やらせたいことがあるんだ」
アロイスは捕虜収容所となっている倉庫の中にいる捕虜の数が、襲撃可能な数であることをしっかりと確認した。
「やらせたいこと?」
「ドミニクの妻子を襲わせる」
「そして参戦させる?」
「いいや。彼らはどうあっても参戦しないつもりだろう。だが、裏切っている可能性はある。麻薬取締局に協力している可能性があるんだ」
「なるほどね」
マーヴェリックはその言葉だけで納得したようだった。
「だけど、『ジョーカー』の連中ならもう既にドミニクの妻子を襲ったって言っているよ。ギュンターの命令で派遣された部隊が壊滅させられたのを報告した兵士がいる」
「なんだって? そいつはどこに?」
「まだ生きてる。もう一度お喋りしよう」
マーヴェリックは『ツェット』の部隊が監視している捕虜収容のための鉄の柵を開く。捕虜たちは何日も風呂にもトイレにもいけず、食事や水はたまに与えられる程度で酷く疲労し、抵抗する意欲を失っていた。
マーヴェリックは柵の中から拷問の痕跡がある『ジョーカー』の兵士を連れ出す。
「こいつだ。さあ、ボスにあたしに喋ったのと同じことを言ってみろ」
マーヴェリックはそう言って捕虜を椅子に座らせる。
「あ、ああ。俺たちはドミニクの妻子を襲った。全員で10名の兵士が突入した。俺は狙撃手として後方から支援する任務を任されてた」
「続きを。早く。さもないと彼女に生きたままミディアムレアに焼き上げてもらうぞ」
アロイスが脅しを滲ませてそう言う。
「分かった! 分かった! そしたらヘリが飛んできたんだ! ヘリだ! そのヘリから兵隊が降りてきて、部隊を全滅させちまった! それからドミニクの野郎が戻ってきて、その前にヘリはいなくなり、暫くしてから男たちが出ていった!」
「そうか」
この“連邦”において、ヘリを保有しているカルテルは『ジョーカー』とヴォルフ・カルテルだけだ。シュヴァルツ・カルテルはヘリを保有していない。
だが、ヘリが下りてきて、兵士たちを降ろして突入させ、『ジョーカー』によるドミニクの妻子襲撃を阻止した。
考えらるのはひとつ。
腐敗していない軍の部隊がドミニクの家族を救った。そして、恐らくその軍の部隊には麻薬取締局が協力していた。
そのことに恩を感じたドミニクはそれ以降、麻薬取締局の犬になった。
クソッタレのドミニクめ! ふざけるなよ! 俺がお前を生かしておいてやったんだぞ! ハインリヒがあんたを潰そうとしたのを阻止してやったのは俺なんだぞ! それなのにその礼がこれか!?
「マーヴェリック。『ツェット』の技術部隊にドミニクの電話を盗聴させてくれ」
「いいのか?」
「構わない。俺は準備が出来次第、ドミニクと話す」
盗聴の準備は7日で完了した。
そして、アロイスはドミニクに電話をかける。
「ドミニク。調子はどうだ?」
『あまりよくはない。そっちの抗争が響いている』
「なるほど。ところで、いい知らせがあるんだ。前に『ジョーカー』が使っていた密輸ネットワークを俺たちで利用できるようになるかもしれない。イーグルネスト運輸という会社がまだ残っていて、それを使えばドラッグを大量に“国民連合”に流せる」
『そいつは凄いな。俺たちも使えるのか?』
「まあ、待て。俺が安全を確かめてからだ。使えるようなら連絡する」
『分かった。楽しみにしている』
ああ。楽しみにしているがいいさ。貴様が裏切者かどうかが分かるんだからな。
そして『ツェット』の技術部隊がドミニクの城から電話が掛けられるのを傍受した。
『フェリクスか? ヴォルフ・カルテルが『ジョーカー』の密輸ネットワークを利用できるかもしれないと持ち掛けてきた。どうすればいい?』
『今は乗ってくれ。だが、この件が持ちかけられたのがあんただけならば、こちらは手出ししない。あんたがこっちについているのがバレる』
『分かった。また何かあれば伝える』
電話はそこで切れた。
ドミニク、ドミニク、ドミニク。クソッタレのドミニク。豚の臓物め!
俺が助けてやった命を俺を裏切るために使うのか?
いいだろう。貴様に地獄を見せてやる。
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本日の更新はこれで終了です。
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