違和感の正体
本日2回目の更新です。
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──違和感の正体
フェリクスは再びオメガ作戦基地を訪れた。
「よく来てくれた。見せておきたい情報がある」
ヴィルヘルム・ヴァルター提督はそう言ってフェリクスとエッカルトを招き入れた。
「ギュンターの電話の盗聴記録だ。少しおかしな点がある」
ヴィルヘルムはそう言って、書類の束をフェリクスたちに手渡した。
「『ギュンター・グリュックス大尉。ヘルマン・ヒューンラインの屋敷を捜索しました。相手はかなり洗練された部隊のようです。キュステ・カルテルの構成員の仕業とは考えられません』と」
「その次だ」
「『ならば、『ツェット』か? ヴォルフ・カルテルか?』『分かりません。可能性はあります。使用されている銃弾はキュステ・カルテルが一般的に使っているものと違います。これは西側のものです』『畜生。ヘルマンの野郎の家族はどうした?』『拉致されています。いません』『クソッタレ! くたばれ、豚の臓物め!』」
「そうだ。そこだ。ヘルマン・ヒューンラインからの情報漏洩は我々は『ジョーカー』内にいる内通者によるものだと思っていた。ギュンターがヘルマン・ヒューンラインを殺したのもヘマをしたからだと」
「だが、違う。ヘルマン・ヒューンラインは拉致されて、家族を人質にされて尋問された。そして、その情報が……」
フェリクスがエッカルトを見る。
彼は青ざめた表情をして資料に目を通している。
「戦略諜報省の情報源として麻薬取締局に渡された」
「戦略諜報省が工作員を送り込んだのかもしれない」
「大規模な軍事行動が行えるほどの?」
「俺は元戦略諜報省の工作員だったから言える。戦略諜報省はヘルマン・ヒューンラインを拉致する程度の戦力は送り込める」
「では、戦略諜報省が尋問したと? 家族を人質にして?」
「……フェリクス。情報戦の世界は薄汚いんだ。正義が必ずしも勝利に導くとは限らない。時として卑怯者こそが勝利する」
エッカルトはこれまで様々な秘密作戦に関わってきた。ドラッグに関わる作戦に参加したことはないが、卑劣とも言える作戦に参加したことはある。それこそ情報提供者の家族を人質に取り、それをネタに脅迫することや、ハニートラップの類の作戦も。
情報戦は薄汚いものである。高潔な情報戦などというのは稀である。むろん、卑怯な秘密作戦なしの情報戦もある。オシントと言われるものは発行されている新聞などの情報を基に、情報分析を行うものだ。
妖精通信の傍受や海底ケーブルの通信の傍受などの電子情報戦は卑怯でないかと言えば、卑怯だろう。非合法な電子情報戦は決して卑劣ではないとは言えない。相手の話を盗み聞きしているのだから。
人的情報収集。ヒューミントに至っては騙し、騙されの世界だ。ハニートラップでも、脅迫でも、殺人でも、拷問でも何でもありの世界だ。
その情報戦を司る戦略諜報省にエッカルトはいたのだ。
そのエッカルトは戦略諜報省がヘルマン・ヒューンラインの家族を人質にし、情報源として利用したことを何とか納得しようとしていた。
「もうひとつ、仮説がある。戦略諜報省の情報源はヴォルフ・カルテルだということ。連中の私設軍は『ツェット』という名前だったと記憶している。西側の武器を使うとすれば、連中である可能性はあるだろう。戦略諜報省ではなく、ヴォルフ・カルテルがヘルマン・ヒューンラインを拉致した」
「戦略諜報省はヴォルフ・カルテルを情報源にしていると?」
「あるいはヴォルフ・カルテルが戦略諜報省を資産としているか」
「あり得ない!」
フェリクスの言葉にエッカルトが叫ぶ。
「本当にあり得ないのか、エッカルト? 戦略諜報省は本当に信用できるのか?」
「……そのはずだ」
エッカルトは目の前の事実を信じられずにいるようだった。
「まだ資料はある」
ヴィルヘルムが続ける。
「これだ」
「『ティボル・トートが拉致されただと?』『はい。精製施設は爆破されました。ティボル・トートの死体はありません』『次はどこの誰の仕業だ? また『ツェット』か? ヴォルフ・カルテルの連中の攻撃なのか?』『可能性としては。かなり高度な訓練を受けた集団に襲撃された可能性があります』『クソッタレ……。クソッタレのヴォルフ・カルテルめ!』」
「どうもヴォルフ・カルテルが『ジョーカー』を攻撃しているようだ。それから連中の作ったブルーピルの技術もヴォルフ・カルテルに渡ったと思われる」
「ブルーピル?」
「新しいドラッグだ。スノーホワイトと合成ドラッグを調合した新種の薬物だ。もし、ヴォルフ・カルテルがそれを得たならば情報が入ってくるだろう。君たちの下に」
ヴィルヘルムはそう言って、フェリクスの反応を見た。
「麻薬取締局に問い合わせましょう。他に不審な情報は?」
「ギュンターは戦争を続ける金をどこからか得ている。奴が装甲車や銃火器を得ているのは収入源があるからだ。陸軍の司令官も暴力で脅されたとはしても、ただで武器を与えるほど愚かでははないはずだ」
「ギュンターの隠れた収入源か」
果たしてそんなものがあるのだろうかとフェリクスは疑問に感じる。
今ある金だけで回しているのではないか?
そのブルーピルというのはどれほどの価値があるのかということだ。
もし、その価値が膨大なものならば、『ジョーカー』の得てきた利益は途方もないものになる。その資産が貯えられているのであれば、今も収入があるように見えているだけなのではないか?
「ギュンターは新しい取引については?」
「何度かカルタビアーノ・ファミリーに電話している。だが、向こうは乗り気じゃないようだ。何度誘っても断っている」
「おかしいな。カルタビアーノ・ファミリーはドラッグビジネスに手を出したと聞いているが、『ジョーカー』とは取引しないということか?」
マフィアが取引相手を選ぶということは無差別な取引を行っているわけではないということになる。どこかのドラッグカルテルがビジネスパートナーで、『ジョーカー』と対立しており、取引を行うなと圧力をかけているわけなのか?
「何にせよ、ヴォルフ・カルテルは力を持っている。油断ならない力だ。あのギュンターが訓練された軍隊として思い浮かべるのがヴォルフ・カルテルの『ツェット』なのだ。影響力は強く残っていると見て間違いないだろう」
「こちらの情報源はヴォルフ・カルテルは弱体化したと言っている。どっちを信じればいいんだ? 奴らは弱体化したのか? それとも今もドラッグカルテルに大きな影響力を有しているドラッグカルテルなのか?」
ドミニクから得られた情報とヴィルヘルムが盗聴で得た情報は異なる。まるで正反対だ。どっちが正しいのか分からなければ捜査の優先順位にも影響を及ぼす。
「私にも分からない。だが、君たちは一度自分たちの情報源を確認した方がいいのではないか?」
「そうだな。そうしよう」
フェリクスとエッカルトはオメガ作戦基地を去る。
ヴィルヘルムの盗聴データとドミニクの情報のどちらが正しいのかを確かめに。
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本日の更新はこれで終了です。
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