廃墟と化した街で
本日2回目の更新です。
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──廃墟と化した街で
“連邦”東部の情勢は日に日に悪くなるばかりだった。
フェリクスたちはこの状況を終わらせるために派遣されていたはずなのに、この状況は全く終わりそうにない。
連日のように死体が吊るされ、まき散らされ、この世の地獄のような光景が広がっていた。『ジョーカー』は攻勢を強めており、装甲車を武器にキュステ・カルテルを押している。キュステ・カルテルも装甲車を持ち出し、対戦車ミサイルまで持ち出して相手に叩き込んでいる。
航空戦も繰り広げられていた。
小型機に機銃を装着したものがキュステ・カルテルを銃撃するのに、キュステ・カルテルは高射機関砲を動員して対抗すると同時に、“大共和国”制のCOIN機まで持ち出した。キュステ・カルテルのCOIN機は敵機を撃墜するとともに、地上に対してロケットポッドや魔導式機関銃で支援を実施する。
戦況は泥沼。
どちらも決定打に欠け、戦争は膠着状態。
死体だけが積み重ねられてゆき、カラスが死体をついばみ、ネズミが肥え太る。
「こいつはちょっとした地獄だな」
エッカルトが6体の死体が吊るされた歩道橋を見て呟く。
「ちょっとした? ここは本物の地獄だ」
「ですが、私の故郷でもあるんです」
「悪かった」
フェリクスたちはフローラと行動を共にしていた。
ヴィルヘルムから新しい情報はなし。地道な捜査の積み重ねが勝利に繋がるというトマスの言葉を信じて、フェリクスたちは地道な捜査を続けていた。
「今日の目的は?」
「また末端の売人を叩く」
「またそれか」
「他に何がいい手があるのか?」
「ヴァルター提督からの知らせを待つ」
エッカルトが人差し指を立ててそういう。
「提督の情報だけで行動するわけにはいかない。我々も行動しなければ」
「だがな、無駄足だと思うぞ?」
フェリクスに対してエッカルトはややうんざりした様子でそう言った。
「どうしてだ?」
「俺がギュンターだとしよう。自分に直結している売人がいなくなった。と、思ったらドミニクを襲う作戦は失敗し、今度は輸送担当まで裏切った。ここまで来たら、自分に繋がるような売人を無防備に残しておくと思うか?」
「それは確かにそうだが……」
そうなのだ。
フェリクスたちが末端の売人を押さえて、上に進んでから、あまりに多くのことが起きた。ドミニクの妻子を襲う作戦を頓挫させ、戦略諜報省の情報源が『ジョーカー』の輸送担当の情報を麻薬取締局にもたらした。
こうなってはギュンターも末端の売人が自分を売ったと考えるだろう。それが事実であるか、違うかはどうでもいいのだ。何かが起きたから、何かしらの対抗手段を講じる。ごく当たり前の反応を示しただけなのだ。
これから末端の売人から上に上がる方法をとっても、もはや対策は施されているだろう。有益な情報は手に入らないはずだ。
「分かった。お手上げだ。フローラを手伝うだけにしよう」
「お嬢さん。今日は何を取り締まるんですかね?」
エッカルトがそう尋ねる。
「パトロールです。警察がいるんだぞということをドラッグカルテルに示します。交通違反に切符だって切るし、速度違反も取り締まるし、万引きだって取り締まります」
フローラはそう言って、警察車両を走らせる。
「警察がいるという安心感、か」
「そんなところです。脅迫状は数えきれないほど送り付けられています。『ジョーカー』からもキュステ・カルテルからも。けれど、警察がそれに屈したら、誰が市民を守るんですか? 私はあの母親が焼き殺されたニュースを見て思ったんです。『誰かがやらなければいけないことがある』って」
「立派だ。俺たちもそう宣誓して麻薬取締局に入った」
ちっとも犯人を上げられない麻薬取締局の捜査官よりも、フローラの方がよほど職務に忠実だなとフェリクスは自嘲した。
「じゃあ、パトロールを始めよう。俺たちはただ手伝うよ」
「銃は抜かないでくださいね。暴力は暴力を呼びますから」
「場合による」
もう既にここは暴力が暴力を呼んでいる状態だ。
キュステ・カルテルと『ジョーカー』の抗争はこの街を崩壊させた。今や市長はいないし、市議会ももぬけの殻だ。予算がつかなくなり、給料が支払われなくなった市役所からも人が消えた。
それでもフローラは努力している。
「フローラ! フローラ!」
パトロールを続ける警察車両に30代前半ごろの女性が駆け寄ってきた。フェリクスは思わず腰のホルスターに手を伸ばすが、フローラが手を振り返しているところを見て、ホルスターから手を遠ざけた。
安心しろよ、フェリクス。この世の全てがドラッグカルテルというわけじゃないんだとフェリクスは自分に言い聞かせる。
「パウラさん。どうしました?」
「私、市長をやることにしたわ。あなたの活動を見ていたら勇気が出てきて。この街には市長が必要でしょう。あなたにもお給料を支払わないといけないし」
「危険ですよ」
「あなただって危険でしょう?」
「それはそうですが……」
フローラは困った表情を浮かべた。
「市長選はもうすぐだから選挙には行ってね」
「あなたの他に立候補する人がいるですか?」
「いるかもしれないわ。ここは民主主義の国ですもの」
ああ、そうともここは民主主義の国だ。
そのはずなんだ。
イカれたドラッグカルテルが暴力で国を支配しているなんて間違っている。この国は、この街は民主主義によって統治されていなければならないのだ。
それが狂っている。
この街は今や廃墟同然。商店には火炎瓶が投げ込まれる。誰にみかじめ料を支払ったかどうかで。ただそれだけの理由で商店が燃やされる。
銃弾も撃ち込まれる。敵の縄張りにいる人間だからという理由だけで、ピックアップトラックに乗った『ジョーカー』やキュステ・カルテルの人間が魔導式短機関銃を通行人に向けて乱射する。
ここは主に『ジョーカー』に狙われていた。
今も『ジョーカー』は街にやってきては銃を乱射する。
キュステ・カルテルがそれに応戦することもあり、その戦闘に巻き込まれてまた大勢が死ぬ。死んで、死んで、死んで死にまくる。
街の建物には銃痕が刻まれ、焼け跡が刻まれている。一部の死体は片付けられたが、血の跡は残っている。雨ですら、抗争の跡を消し去ることはできなかった。死体についてもどうせ新しい死体が出てくると、放置されていることがある。
さっき吊るされていた死体も、いつ埋葬されるか分からない。
もはや、葬儀社は休業だ。死体は無縁墓地に纏めて葬られる。検死解剖も何もなし。死因は分かっているし、犯人はどうせ『ジョーカー』かキュステ・カルテルかのいずれかだ。調べるまでもない。
この廃墟と化した街で、市長になろうという人間がいることは奇跡だし、警官をやろうという人間がいることは信じられない。
だが、ここに警官はいるし、市長になろうという人間もいる。
フェリクスはこれこそが抵抗だと思う。ドラッグカルテルには屈しない。それを示す抵抗だ。麻薬取締局がやるよりも遥かに高度な抵抗だ。非暴力の抵抗だ。
だが、この抵抗は非暴力であるが故に成功が難しいとフェリクスは思う。
ドラッグカルテルが本気で潰しにくれば、砂糖菓子を潰すより簡単に潰せる。そして、ドラッグカルテルは恐怖で街を支配する。
クソッタレのドラッグカルテルめ。
いつかお前たちの方を叩き潰してやる。
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本日の更新はこれで終了です。
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