製造担当
本日1回目の更新です。
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──製造担当
アロイスたちによる『ジョーカー』排除は着実に前進しつつあった。
輸送担当であるヘルマン・ヒューンラインは排除された。
次は製造担当の排除だ。
製造担当の情報はまだ入手できていない。
いくら『ジョーカー』の捕虜を尋問しても名前は出て来ない。
「どうするかね?」
「製造担当はヘルマン・ヒューンラインも知らなかった。かなり高度な機密らしい。どうやって手に入れたものかな」
製造担当の名前と居場所は誰も知らないようだった。
「航空偵察を要請するか」
「うちに? それとも“国民連合”に?」
「両方に」
ドラッグの密輸ネットワークは明らかになっている。
そのネットワークを辿っていて、辿り着いた先が製造拠点となる。
だが、ネットワークを完全に辿るのは難しい。いくつかの候補に絞られるだけだ。
「いくつかの候補地点に対して航空偵察を実行する。だが、航空偵察実行後は、速やかに行動しなければならない。敵が航空偵察に気づけば、拠点は移動する。車両の通行量やスノーホワイトの搬入量で特定することも重要だ。『ツェット』は今、いくつ動かせる? 強襲可能なだけの規模を残しつつ、偵察にも人員を割きたい」
「2個小隊。1個小隊なら偵察に回せる。候補地点は?」
「4か所。そのうち3つは単なる倉庫だ。製造担当はいない」
「オーケー。部隊を配置しよう」
マーヴェリックがマリーと話し合って、地図を見ながら偵察ポイントを決め、人員を配置していく。
全ての偵察ポイントに部隊が配置されたのはアロイスの命令から7日後のことだった。彼らは位置に付き、運ばれて来る荷物を調べる。
同時に航空偵察が実行される。
航空偵察では施設内の状態。特に精製施設の有無が確認される。大規模な精製施設を有しているのが製造拠点で間違いない。偽装することは可能だが、完全に隠すことは不可能だ。送電線や煙突などを完全に隠してしまうのは不可能である。
地上と上空で偵察活動が実施される。
航空偵察は民間機の飛行に見せかけて行われ、レジャー目的の飛行ということで飛行許可を申請した。申請は許可され、カメラを取り付けた小型機が、4つの施設の上空を飛行して、精製施設の有無を確認する。
そして、結果が出る。
「航空偵察と地上の偵察から敵の製造拠点を割り出した。スノーホワイトが運ばれているのはこの2つの施設。この時点で他の2つはただの保管所だと分かる。輸送担当がくたばって、密輸できるドラッグ量が減ったから倉庫は必要だろう」
今の『ジョーカー』は商品あれど、それを売る場所に行けない状態だ。
ヘルマン・ヒューンラインの作った密輸ネットワークは壊滅した。麻薬取締局が壊滅させた。今では小規模な密輸しか行えていない。それでは大金は手にできない。
ドラッグはただ倉庫に収められて、輸送されるのを待っているだけになる。
そのための倉庫が2つ。
残り2つにはスノーホワイトが輸送されているのを地上偵察で確認できた。だが、製造拠点はどちらか1つ。
「そして、それを踏まえたうえでの航空偵察の結果だ。ここにあるのが精製設備だと思われる。いろいろと偽装してはいるが、隠しきれてはいない。スノーホワイトがここに入り、ホワイトフレークが運び出されているならばここが製造拠点だ」
「決まり。強襲する?」
「そうしなければならないだろう。敵が航空偵察に気づいたかどうかは分からない。むしろ、俺たちで強襲せずに麻薬取締局にやってもらう方が楽かもしれない」
「退屈だ」
「施設は厳重に守られている。君らが犠牲なく強襲できるなら賛同するけど」
「戦争に犠牲はつきものだよ」
「ほらね。兵隊を育てるのにも大金を使ったんだ。そう簡単に失いたくない」
「どうせ金はあるんだろう?」
マーヴェリックがにやにやと笑ってそう言う。
「あるにはあるよ。だが、キュステ・カルテルも援助しなければならないし、これから何が起きるかわからないし、慎重に金は使いたい」
またいつ抗争が起きるか分からないのだ。
そして、『ツェット』の兵士には一人前にするまでに大金がかかっている。訓練に使用したカートリッジの量は数えきれず、それだけ負担になっている。またいずれ『ツェット』のメンバーを更新するときが来るだろうが、無謀な作戦に投入して失うことは避けたいとアロイスは思っていた。
「使わない兵隊なら行進ができるだけで十分だ。だが、あたしたちは使える兵隊を作った。危険な任務に赴き、自分の命すら捨ててでも任務を実行する兵士たちだ。それも鍛え上げられている。使わなきゃ損だよ」
「仕方ない。そうしよう。麻薬取締局にご褒美をくれてやる必要もないし、製造担当からは聞きたいこともある。そう、ギュンターの今の居場所について。それから戦闘担当の幹部についても。お話をするために連れてきてもらおう」
「そうこなくっちゃ。すぐに準備に入る。こちらも重武装で行かないとね」
「武器弾薬は思う存分使ってくれていいよ。ただし、兵士の命は守ってくれ」
「あいよ」
マーヴェリックは軽く返事すると航空偵察で撮影された施設の状態を、マリーとともに念入りに調べ始めた。
こうなるとアロイスが口を挟む余地はなくなる。
彼女たちに任せるしかない。ジャンとミカエルはアロイスの身辺警護に当たっており、交代でキュステ・カルテルへの軍事教練も行っている。今の『ツェット』に余剰となっている人員は存在しない。
アロイスは新聞を眺める。
地元紙はドラッグカルテルに屈しない新米警官の記事を一面に載せていた。アロイスはわざわざ殺して欲しくてこういう記事を載せているのではないかと疑問に思い始めていた。ドラッグカルテルに屈しない勇敢な新米警官! ドラッグカルテルから逃げるように警官がいなくなった理由を分かっていないただの馬鹿なんじゃないかとアロイスは思う。
警官はほぼいなくなった。『ジョーカー』とキュステ・カルテルの間でどっちに立てばいいのか分からず、逃げるしかなくなったのだ。
その上『ジョーカー』は行政機関まで襲撃した。そのせいで市長や村長のいない街や村がいくつもできている。地方選挙に立候補する議員もいない。東部は完全な無法地帯と成り果てたのだ。
キュステ・カルテルのヴェルナーがこの焦土からビジネスチャンスを見つけ出してくれればいいのだが、とアロイスは思う。焦土と化した街でクソッタレな商売を続けなくては、キュステ・カルテルを生贄の羊に捧げても受け取り拒否だ。
軍は相変わらず、東部と西部を分断している。最近では地雷を使い始めたということだった。もちろん、ヴォルフ・カルテルの輸送車両だけは自由に東部と西部を行き来できる。軍の車列に偽装して、ヴォルフ・カルテルはキュステ・カルテルへの武器弾薬を輸送しているのである。
「作戦が決まったぜ、ボス」
「了解。実行してくれ」
そして、製造担当の首根っこをひっつかんで、俺の前まで連れてきてくれ。
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